シン・短歌レッスン6
今咲いている花と言えば水仙。よく目につくがあまり顧みられないのは地味な花なのかもしれない。ナルキッソスの神話は他の者に顧みられないから自分自身で見るしかないナルシストということかもしれない。今日の一句。
塚本短歌
「蟻とキリギリス」の寓話から「冬キリギリス」を「綺語」を詠う歌人に模しているのか?カ行の音韻が散りばめれているのが特徴だという。
模範十首
今日は穂村弘X堀本裕樹『短歌と俳句の五十番勝負』から短歌と俳句の違いを見るのも興味深いと思いまして。以前短歌と川柳をやったので。「お題」形式。
「椅子」の勝負は俳句かな。短歌はど近眼の穂村弘は風呂に入ると透明な椅子とか洗面器がどこにあるのかわからなくなるという。色付き買えばいいと思うだけだった。俳句は椅子の脚は確かにひんやりしているような気がする。
「動く」はいい勝負というか。両方とも面白い。でも「駄目な詩をひとつ殺した消しゴム」の斬新な表現と、その消し滓が動き出すという幻想性が素晴らしい短歌かな?「いとど」も不気味さがあるんだが、消しゴムのファンタジーが勝るような。
これもいい勝負だが「百葉箱」の解説がないとよくわからない歌とよくわからんけど「たまゆら」のリフレインがいい俳句の勝ちか?「たまゆら」が接続するものによって意味が変わるというのも面白い。
穂村弘の短歌はカフカ的なパロディみたいな。堀本裕樹のは自註解説を読まないと意味を汲み取れなかったので、短歌の勝ち。
穂村弘のは言葉遊びの世界だが、情景句としての堀本裕樹の不同性が風見鶏の句としては異質だと思うので俳句の勝ち。
今日やること
特になし。映画短歌を作ろう。
映画短歌
今日の映画。
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