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この浜辺でキミを待つ。【1日目】

あらすじ

 少女「シロ」は見知らぬ砂浜で目覚めた。
 彼女は自分の名前以外に思い出せなかったが、前向きに楽園のような海辺を探索する。
 お掃除ロボット「アクア」と出会い、シロなりに宝物を見つけてスローライフを過ごしながら、シロが目覚めた島の謎を解いていく。
 誰もいなくなって久しい街、不思議な結晶を生やして眠るヒト、そして破壊の痕跡。
 シロが喪失の痛みを乗り越え、自らの道を選んだその時、シロは自らの正体を知り、島の秘密が明かされるのであった。

1日目

 シロが目覚めたのは砂の上であった。
 頭上には青空が広がり、太陽が燦々と射している。
 すぐ近くから寄せては返す波の音がした。
 海だ。

「私、どうしてここに?」
 身体を起こすと、自分の肌についた砂がぱらぱらと落ちた。絹糸のように白い髪が海風に揺れる。
 自分がいる場所は、穏やかな波が打ち寄せる砂浜だ。陽光を受けてキラキラと輝く浅瀬では、カモメが呑気に浮かんでいた。
 疑問に答える者は、いない。

 自分が「シロ」と呼ばれていたことは辛うじて思い出せるのだが、どこから来たのか何者なのか、全く思い出せない。
 自分のすぐ近くには通信機が落ちていた。弄ってみたものの、応答するのはノイズばかりだ。
「困った」
 シロはぽつりと呟くと、背後を振り向く。
 すると、風にそよぐヤシの木陰に、小さなコテージがあるではないか。
 その背後にもヤシの木がずらりと並び、更に遠くには大きな山が見えた。火山なのか、白い煙をもうもうと出している。
 シロは通信機をワンピースのポケットに突っ込むと、砂浜を踏みしめてコテージへと急ぐ。

 木で作られたコテージは、三角屋根を彩る空色のペンキが剥げかけていて、長年手入れをされていない様子であったが、雨風をしのぐには充分であった。
 幸い、鍵は開いている。
「おじゃまします」
 シロは律義に断りを入れた。
 眩しい陽光は室内にも入り込み、木造りの家具が並ぶ空間をあたたかく照らし出していた。
 やはり人が入るのは久しぶりのようで、埃がかすかに積もっている。
 ソファのファブリックは日焼けをしているし、キッチンの調理器具はいくつか錆びついていた。奥に寝室があるものの、ベッドは埃をめいっぱい吸っている。
 だが、シロはそのコテージが気に入った。
 ハイサッシからは海がよく見えたし、窓を開ければヤシの葉がそよぐ音が聞こえる。
「ここを拠点とする!」
 シロはひとり宣言する。
 彼女は満足したのか、意気揚々とコテージ内を探索することにした。
 と言っても、リビングダイニングキッチンと寝室。そして、バストイレがあるくらいだ。
「むむむ?」
 シロはキッチンの木床に扉があるのを見つけた。床下収納にしては大きなそれを開いてみると、地下に向かう階段があった。
「おおっ!」
 シロは目を輝かせ、闇へと続く階段をおりていく。
 電気が来ていないようで、照明はつかない。しかし、キッチンから漏れる日差しがぼんやりと足元を照らしてくれた。
「地下倉庫、かな?」
 錆かけたアイアンラックに、ダンボール箱や木箱がずらりと並べられている。手前のダンボールを開けてみると、中には缶詰が入っていた。
「食料だ!」
 缶詰には賞味期限が印字されていたが、今が何年何月何日なのか全くわからない。見た目と匂いが悪くなければ食べられるだろうと判断し、シロは他の箱の中も漁った。

 しばらく夢中になっていたが、シロは缶詰を漁るのをやめた。キッチンから漏れる光がなくなったからだ。
 両手いっぱいに缶詰を抱えながら、シロはのろのろと階段を上る。
 そこで、カウンターキッチン越しに見た海の風景に息を呑んだ。
「わぁ……」
 太陽は、沈むところだった。
 昼と夜が交わるマジックアワーだ。鮮やかなオレンジとパープルの空が海に覆い被さり、太陽は海面に光の尾を揺らしていた。
 きれいだ。
 シロの感動は言葉にならなかった。
 ただ、太陽が昼のマントを翻して去り行くのを見送ることしかできなかった。
 太陽がすっかり見えなくなり、ほのかな光だけが残されると、シロはハッと我に返った。
 このままでは真っ暗だ。なにせ、照明がつかないのだから。

 しかし、シロは地下倉庫から電池式のランタンを持ってきていた。ランタンをつけると、室内はぼんやりと明るくなった。
 シロはきょろきょろと室内を見回す。
 ダイニングテーブルはある。そこで食事ができそうだ。
 だが、シロは缶詰を抱えたまま外に出た。
 砂浜にランタンを置き、ビニールシートを敷いた。
 コテージの裏に積み上がっていた薪を持ってきて、マッチで火をつけた。  スープの缶詰を開けて鍋の中に入れ、火にくべて温める。
 ほこほこと湯気が立ち、食欲をそそる香りが漂ってくる。海と同じ磯の香りを発するクラムチャウダーであった。
 温まったクラムチャウダーを木の皿によそった頃には、シロのお腹はぺこぺこだった。
「いただきます!」
 シロはクラムチャウダーに口をつける。
 おいしい。
 味は問題ないどころか美味しくて、クラムチャウダーを掬う手が止まらなかった。
 ココロが満たされるのを感じる。先ほどまで鳴いていた腹の虫も、すっかり満足そうだ。
 海は夜の闇に包まれても尚、波の音を奏でていた。シロは海の子守歌に身を委ね、身体をゆっくりと揺らす。
 ヤシの木もまた、さわさわと演奏に加わった。遠くからは虫の声も聞こえる。
「素敵なところだなぁ」
 シロの口から素直な感想が漏れた。

 明日は、ここがどんな場所なのか調べよう。こんな素敵な海が見られるのだから、住民もきっと素敵な人だろう。
 知らない場所、よく分からない状況だけど、この幸福感は確かだ。
 今夜はいい夢が見られそうだ。

機能停止まであと9日


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