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【咎人の刻印】ハロウィン 特別掌編

《作品紹介》
『咎人の刻印』は小学館文庫より刊行。
主人公の神無は、愛を探すゆえに殺人を繰り返し、「令和の切り裂きジャック」と呼ばれていた。彼は美貌の吸血鬼である御影に拾われ、贖罪の道を歩み出す。現代の池袋が舞台のダークファンタジー小説。

†掌編† 切り裂きジャックとカインのハロウィン


 起床した神無が部屋から出ると、御影の声が出迎えた。

「トリックオア、トリート」
 悪戯っぽい笑みを浮かべた御影が、神無の顎をするりと撫でる。
「僕にお菓子を与えるか、それとも、僕に悪戯されるか……。どっちがいい?」
「……朝っぱらから何かと思ったら、ハロウィンだったね」
 今日は十月末日だ。ハロウィンのことは頭の隅にあったが、まさか、起き掛けに仕掛けられるとは思わなかった。

 神無は、返答を待つ御影の手を取り、自らの首筋に触れさせた。
「俺の血じゃあ、おもてなしにならない?」
「最高のトリートだよ」
 うっとりした表情で、御影は言った。
「でも、その前に朝食かな。君の分も、もう出来てるから」
 御影は神無と手を繋いだまま、食堂へと向かおうとする。
「それは賛成。飯を食わないまま血を吸われたら、絶対に貧血になるし」
 神無もまた、苦笑しながらそれに従った。

「それにしても、御影君はマジでそのまんまでイケるね。仮装しなくてもハロウィンパーティーに行けるんじゃない?」
「このままでは芸がないから、マントくらいは羽織って行くよ」
 御影は、冗談っぽく肩を竦めた。
「神無君は、今日はどうするんだい?」
「渋谷のハロウィンには毎年行ってるんだけど、御影君はどうする?」
「君が行くなら、僕も行くに決まってる」
 声を弾ませる御影に、神無は思わず顔がほころんだ。

「御影君は、まんま吸血鬼でいいとして、俺はどうするかな」
「狼男とか。狼の耳と尻尾、似合ってると思うけど」
「なんかそれ、皮肉にならない?」
 比喩的な意味では、あながち間違ってはいないので、神無は心底複雑だった。
「失敬。単純に、君が獣の耳と尻尾を付けている姿を見たかったんだけど」
「そういう、ちょっと可愛い路線は御影君がやったら?」
「僕のようなおじさんがやるより、君のような若い子がやった方がずっといいよ」
「よく言う。自分の方が、見た目が若いくせに」
 神無は苦笑する。
 だが、ふと思い立って足を止めた。

「神無君?」
「あのさ。俺も吸血鬼ってどう?」
「えっ……?」
 振り返る御影に迫り、壁際へと追いつめる。目を丸くして見上げる御影の顎を、そっと持ち上げてみせた。
「今夜は、俺も吸血鬼になって、君の首に牙を立ててみようか?」
 神無は、挑発的な眼差しで御影を見つめる。
 どんな反応をするだろうか。いつも澄まし顔の彼は、少しでも慌ててくれるだろうか。

 好奇心と悪戯心に胸を躍らせる神無であったが、御影は、くすりと微笑んだ。
「僕は伝説上の吸血鬼とは違うから、相手を噛んでも仲間に引き込めないけど――」
 御影はするりと、襟元を緩めてみせる。
 そして、雪花石膏のような首筋を晒しながら、こう言った。
「君が伝説上の吸血鬼になって、僕を君色に染めてくれるのならば、――僕は喜んでこの首筋を差し出すよ」

「え、ちょ……」
 予想外の反応に、神無は思わず固まってしまう。
 だが、御影は神無の懐に潜り込むようにして、彼を上目遣いで見つめた。
「ほら、甘く噛んでよ。君の牙で僕を弄んで。誘惑するように――」
 紅水晶のように艶やかな唇が、神無を誘うように微笑んでいる。その唇から漏れる吐息が、神無を甘くくすぐった。

「こ……」
「こ?」
「これ以上無理だから……!」
 神無は、御影の肩を引っ掴んで制止する。
 心臓がバクバクと高鳴り、顔が火照ってしようがなかった。
「くそっ、負けた! こっちの方が変な気持ちになったし!」
「ふふっ、楽しかったよ」
 御影は、駆け引きは楽しめたと言わんばかりにニコニコしていた。
「青少年の心を弄び過ぎでしょ……」
「君が先に仕掛けて来たんじゃないか」
 そう言われてしまえば、神無は反論出来なかった。妙に火照った頬を、汗でべたべたになった手で煽って冷ます。
「で、神無君も吸血鬼を? 衣装が必要なら、これから作るけど」
「いや……、やっぱりイイや」
「それは残念」
 御影は肩を竦める。
「じゃあ、一方的に悪戯される側になってもいいわけだね」
「これ以上悪戯したら、血をあげないし」
「分かった。血を貰ってから悪戯をするよ」
「やべーこと口にしてるし……」
 朝から疲れてしまった。
 御影に対して、迂闊に悪戯を仕掛けるものではないなと神無は反省する。結果的に、倍返しをされてしまった。

 もし、立場が逆転して自分が吸血鬼になったら。
 神無の頭から、その妄想が離れなくなってしまった。
 自分の牙を至福の表情で受け止めてくれる御影を想像すると、心臓の奥がぎゅっと掴まれたような気持ちになる。
 しばらく、この感覚は消えないだろう。
「あーあ、サイアク……」
 神無はぼやく。
 悪戯が成功したためか軽い足取りで食堂へと向かう御影は、ジャック・オー・ランタンのようにすら見えた。

あとがき。

現実世界では、今年は渋谷ハロウィンがありませんが、物語の中ではきっと盛り上がったんじゃないかと思われます!
なお、担当さん公認です。

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