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後輩書記とセンパイ二人、 会計の奪還に挑む

 開架中学一年、生徒会所属、かわいい書記のふみちゃんは、時代が違えば幼名を『牛若丸』と呼ばれた源義経と一緒に山寺で学業に励む人にだってなれました。ふみちゃんは小学生時代、義経を主役にした『鞍馬天狗(くらまてんぐ)』という能の演目に稚児(ちご)で出演したことがあるほどの上級者みたいです。そんなふみちゃんと一緒に、見晴らしのいい京都の鞍馬山の露天風呂でぱちゃぱちゃとお湯をかけ合っている一年先輩の生徒会所属、一応副会長のわたしは、英語が得意なのんびり屋で、男風呂でやんちゃな屋城くんが無茶をして、数井くんが合宿用に新調した和テイストの眼鏡が割れたりしないか気になる程度でした。それくらい北山の空は気持ちいいのです。
 八月二十四日、今日は「地蔵盆」の日だそうです。京都で有名な大文字焼きは「送り火」と言うそうですが、その一週間くらい後の八月二十三日、二十四日を「地蔵盆」といって、京都の各町内で子どもたちの夏祭りがあるらしく、それと同じタイミングに、京都の北山の山中で『松上げ』という火の祭りがあるそうです。そうです、みたいです、と人に聞いた感じばかりなのは、実は後輩のふみちゃんから全部聞いた話なので、わたしは日本文化が大好きだけど、詳しくないので、もうずっと頼りっぱなしです。
 そして――生徒会長は、三年生の屋城世界くんです。わたしはこの人に憧れて生徒会に入りました。わたしは一年留学したから、歳は一緒でも学年は彼のひとつ下でした。それまで全然知らなかったけれど、彼の演説に憧れて、そばにいて話せるならどんな役割でもいいと思いました。
 生徒会室で初めて直接話したら、想像を何倍も超えていました。彼は、わたしに『副会長』というバラの飾りをあしらったネームスタンドをくれたのです。次の週、わたしはよく似たバラの髪飾りを付けて行きました。早速、彼から「バラが好きなのか?」と聞かれました。違うんです。彼がバラのネームスタンドをくれたからです。でも、彼はわたしのことをすごいバラ好きだと思っています。
 いいんです。それで構わないんです。だって、言えないから。――恥ずかしくて、言えないから。
 ちなみに、京都には屋城くんのお姉さんの銀河さんに車で連れて来てもらいました。ただ、銀河さんはお風呂に入らず、松上げの準備を見ると言い、わたしたちを『くらま温泉』で降ろして山奥にある会場へ車で向かいました。
 そして、残ったわたしたちは、見晴らしがすごいと評判の露天風呂に入りました。そんな流れで、わたしはお風呂でふみちゃんの肌を撫でながら日本文化の話を聞くだけの、のんびりした副会長なのです。
「英淋センパイ、くすぐったいです」
 反論は認めません。副会長権限で襲われ放題のふみちゃんは、黒髪を両サイドに分けて、いつもは白いリボンを神棚の飾りみたいに不思議な形に結んでいますが、お風呂ではリボンを外していたので、前髪がぺたっとおでこに貼りついていました。湯船から出た頭に、ちゃぱっとお湯をかけます。
「えいいんせんふぁい、溺れふぁす」
 反論は認めません。かわいいから問題ないのです。中学生に見えないほどちっちゃいふみちゃんが溺れてしまう前にぎゅっと抱き締め、せっかくだからこの機会に聞こうかなぁ、と思っていたことをいきなり尋ねました。
「ふみちゃん、数井くんとキスしたの?」
「えっ……!!」
 雷に撃たれたように目を丸くする。あれっ、知らないと思ってたのかな。屋城くんだって、銀河さんだって、もうみんな知ってるのに。
「数井くんから聞いたの」
「はっ?! ちょっと数井センパイッ!!」
 ふみちゃんは手をばたつかせてアワアワ言ったけれど、もちろん隣りの男湯には聞こえません。
「何でって聞いたら、つい夏の勢いで……って言ってたよ。そこはどうなの?」
 ふふふ、実はちょっと盛ってます。けれど、ふみちゃんがかわいいから問題ない。数井くんがある日、ふみちゃんのいない生徒会室で、屋城くんとわたしに真顔で報告してきたのは、まあ、本当なんだけどね。
「英淋センパイ、私は……お風呂から上がったら、あの人を蹴っていいですか?」
「うん、蹴っていいんじゃない?」 
「もうっ、何のために……あの人からしてきたのに……」
 あっと。ふみちゃんが耳まで顔を真っ赤にして湯の中に沈没しそうになったので、両脇を持って引っ張りあげ、またぎゅっと抱き締めました。ダメです、離脱も認めません。
「数井くんが、好きでもない女の子とキスすると思う?」
 わざとらしく聞くと、ふみちゃんは見つめ返して来ました。さっきまでふにゃふにゃだったのに、急に真剣な眼差しになって、こっちが逆に焦るくらいです。ふみちゃんは仕返しっぽくわたしの胸にぱちゃっとお湯をかけました。
「英淋センパイは、屋城センパイと……あの、付き合ったり……しないんですか?」
 きゅっと胸が痛む。でも、顔では笑いました。
「いやハハハ、それを言われると。向こうがどう思ってるかわかんないしね」
 はい。後輩が相手でも、あっさり本音を白状してしまう副会長です。まあ、ふみちゃんはかわいいから仕方ない。純粋なこの子の前に、誰も戸は立てられないよ。
「センパイ、片想いなんですか?」
「――なんだろうね、知らない。確かめられない。彼はさ、時々、変にやさしくしてくれるけど、時々だからね。数井くんみたいにずっと大事にしてくれそうではないし」
 わたしは先輩らしくなく、少し吐き捨てるように、溜め息まじりに言ってしまいました。だって、後輩二人の相性の良さがいつも羨ましくて。昔から一緒にいたんじゃないかと思うほど、ふみちゃんの伝えたいことを数井くんは把握し、逆に数井くんが知らないことをふみちゃんがすぐ埋めるんだもん。パズルピースがピタッとはまるみたいに、悔しいほどお似合いなんです。数井くんが「ふみちゃんとキスをしました」と超ストレートに報告した時、別に驚きもしなかったし、どうせ時間の問題だと思ってました。
 黙り込んでいると、ふみちゃんがわたしの肩にゆっくりお湯をかけました。
「私は……屋城センパイが頼りにしている人は、英淋センパイだけだと思います」
「頼りにしてる?」
「私もそうですけど、みんな、ついつい屋城センパイを頼りにしてしまいます。でも、あんな強い屋城センパイだって――きっと、誰かに頼りたいときはありますよね」
「……ま、時々ね」
 そんなにないとも思うけど。少しはあると思いたい。
「その『時々』は、英淋センパイがそばにいるときじゃないですか」
 ――う、言われちゃった。
 そんな上手な言い方、ダメだって。……ダメだよ、ふみちゃん。
 息がつまるほど胸が苦しくなる。ああ、ふみちゃんにすごい励まされちゃった。どうしよう。こんな昼間から泣きたくないけど、泣いちゃいそう。返す言葉が浮かばなくて、どうしようもなくなって、お湯を何度か生意気な後輩の顔にかけ返す。ふみちゃんは両手で顔を隠したけれど、髪はびしゃびしゃだ。
「べいりんでんぱい、おぼればず」
 濡れた髪をゆっくり撫でてあげました。ごめん、少し目が赤くなってるね。
「ふみちゃん、お風呂上がりにアイスおごるね」
「抹茶小豆がいいです」
 ほんと、ふみちゃん、そんなドンピシャな和の味が好きなんだ。わたしは笑顔で頷きました。

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