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飛行機恐怖症

飛行機に乗る事を避けてきた。プライベートで海外に旅行したのはもう20年以上前、大学の卒業旅行で行ったイタリアだ。

記憶を辿ると、このイタリア旅行まで飛行機に対する恐怖心はあまりなかったように思う。しかし、イタリア国内を小さな飛行機で移動した際に強烈な揺れに襲われ、そこから徐々に飛行機を避けるようになった。

大学を卒業して就職した会社では、年に1度社員旅行があった。ハワイやグアムに行くために、恐怖心を抱えながら飛行機に乗った。その後転職した事で社員旅行もなくなり、そこから7年ほど、飛行機と距離を置く事ができた。

ところがだ。3年前に1度、そして今年の1月初めに、仕事で海外に行かねばならない事態に陥った。久しぶりに味わった飛行機地獄は忘れていた恐怖を思い起こさせ、やはり治せるものなら治しておこうと強く決意したキッカケとなった。


飛行機恐怖症の人は、鉄の塊が何故飛ぶのかわからないから怖がっている、と思われがちだが、それが恐怖の原因ではない。飛行機の素材が鉄の塊ではない事はもう調べ済みだし、飛ぶ仕組みも多少知識を持っている。それでも怖いのだ。

その怖さを和らげるために、まずは海外へ行く事が決まったその瞬間からXデーに向けて、とにかく安心材料をネットでかき集める。

飛行機事故率、事故率の低い乗り物、安全なエアラインランキング、飛行機の安全な席、元パイロットの記事、飛行機恐怖症克服、ありとあらゆる検索ワードで自分のお守りを探すのだ。

そうしているうちに、Xデーはやってくる。

空港は国際色豊かで、たくさんの人が大きなスーツケースやバックパックを携えて、とてもイキイキと、楽しそうにしている。私のように死相が顔に出ているような人はいつも見当たらないが、そういう人は表情に出していないだけだろうか。

私はそんな活気溢れる空港が大好きだが、飛行機に乗るという一大イベントが待ち受けているため、心の底から楽しめたことがない。

搭乗案内が始まれば、もういよいよ腹を括るしかないのだがそうもいかず、徐々に心臓の鼓動が激しくなってくる。順番に機内に案内されると周りを見渡しながら、この人々と運命を共にするのかと思い、「皆さん、無事に現地に参りましょう!」という勝手な連帯感が湧いてくる。

機内の客室乗務員さんの笑顔を見て泣きそうになるが、大人なので我慢だ。

荷物の棚が閉められ、シートベルトのチェックなどが行われながら、いよいよ滑走路に向かって飛行機が動き出す。ゴトゴトゴト、バウンバウンバウン、と上下左右に不安定そうな動きがまた怖い。

「そっかそっか、飛行機は空が得意で陸は苦手なのかもしれないね!」と自らを鼓舞し、1人ごちてみる。

次に、動き出した飛行機の中で、映像と客室乗務員さんによる機内安全の案内が始まる。ここで恐怖ボルテージがまた1つあがるのだ。自分の身を守るためには必ず見ておかなくてはならないのだが、最悪の事態が起こる可能性を直視せねばならず、耐えられない。

そして、離陸態勢に入る。滑走路を真っ直ぐに見つめ、飛行機がいよいよ飛び立とうとしているのがわかる。

すると間もなく、「エンジンかかったよー、徐々に上げてくよー!みんなスタンバイオッケー!!??さあ行くよー!!!!」とあからさまにテンションが上がっていくエンジン音の後、強烈なGからの〜優しい“フワッ“。

何やこの強さと優しさみたいな感じ。

ああ、もう陸に足、着いてないわ。

この瞬間しばらく陸には戻れないと悟り、「この命、其方に預け申した…」と心の中で機長に全てを捧げるのだ。

そして、斜めに上昇しながら雲を突き抜けフライアウェイ。それに合わせるように、ギシギシと無防備に揺れる棚や内壁。こんなに軋んで大丈夫なのか、左右上下かなりの自由度で動いてるけど、棚や内壁にこんな自由を許していいのか。

窓の外には人工物と思えぬしなやかさで動く羽。生きた鳥のようにバッサーバッサーと上下にバタバタしている。念のための確認ですが素材は本当に人工物でしょうか。

極め付けはウィーンガッコーン!という音とともに、格納される車輪。こんな大きい音出してちゃんとしまえてる!?着陸の時また出て来てくれる?アイルビーバックしてくれる?

さらにいつまでたっても消えないシートベルトサイン。まだ危ないって事か、まだ気を緩めるなって事かとひたすらマイナス思考のループ。

大体人に「私、飛行機が怖いねん」とカミングアウトすると「離陸と着陸の時だけやろ?」と言われる。

いいえ、飛行中の全てが怖いのです。

確かにシートベルトサインが消えると少しはホッとする。そして、安定飛行をしている間は多少鼓動も遅くなる。しかし、いつ襲ってくるかわからない揺れや、地に足をついていない状況で閉鎖的な空間に閉じ込められている事実が、恐怖の沼から這い上がらせてくれないのだ。

機内食も一度も味わえた事がない。一応口にしてみるものの、何を食べても味がしないのだ。食事中揺れが起ころうものなら、それ以降食べる気も失せてしまう。

極力「無」の境地をキープし、一睡もせずに時計と飛行マップを見ながらやり過ごすのだ。

いよいよ着陸というタイミングになると、嬉しさが込み上げてくる。しかしまた、あの不安定な飛行態勢になるのかと、多少落ち着いていた鼓動がまた早くなる。しかし、ここを乗り越えれば大好きな陸地だ。

左右にヨロヨロと傾きながら高度を落とし、またもや雲を突き抜け、大きく旋回し、ウィーンガッコーンと車輪が無事アイルビーバックしてくれて、着陸。

陸に着いた瞬間は、いつも機長と客室乗務員の皆様に最大限の拍手を送っているし、そして勝手に運命を共にした人々と喜びを分かち合っている、脳内で。

4年前のフライトは14時間だった。前日徹夜し、機内で寝るしかないという結論に達した。しかし機内で一睡もできず、結果48時間以上起き続ける事となり、現地初日の記憶はほとんどない。

そして今年のフライトは最長12時間、最短1時間、乗り換え3回。

嘘やろ神様、と泣いた。

今年は部下も一緒で、弱っちい私は、通路を挟んで横の席を取った。彼女は、離陸までに爆睡状態というメンタルの持ち主だが、時々目を開き、私を気にかけてくれた。途中機長から「気流の乱れでしばらく揺れますがご安心ください」とのアナウンスがあり、その揺れにいたたまれなくなった私は、「めっちゃ揺れてない?普通こんなに揺れる??」と矢継ぎ早に彼女に話しかけた。

すると眠そうな目をしながら「aotenさん、こんなん、携帯のバイブレベルの揺れっス。大丈夫です」と通路の向こう側から手を伸ばし、私の腕をさすって励ましてくれた。この恩は一生忘れまいと誓った。

そしてその直後、また眠りについた。私は心底彼女が羨ましかった。丁度一回り干支が違う、彼女のその強さと優しさに憧れた。

私はこの時、この飛行機恐怖症と向き合おうと心に近い、メンタルクリニックに相談へ行った。色々治療法はあるらしい。

次に海外へ行く予定は見えていないが、それまでにクリニックで相談しながら少しずつでもできる治療をしようと思う。そして、いつか空の旅を楽しめるまでになりたい。

#日記 , #エッセイ , #飛行機恐怖症 , #海外




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