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動物園へ行く

動物園に行きたいと思っていた。

その昔、大人になってから行った動物園はデートという名のもとに訪れたもので、動物そのものを見る事が目的ではなかった。

普段目にする事のない、ありとあらゆる動物をじっくり間近で見たい、そんな衝動に駆られこの連休に1人で行く事にした。

動物園は、混雑緩和のためネットでの事前予約制を取っている。日中はまだ暑さが残るし、家族連れやカップルで賑わっているだろうからと、16時の回を予約した。18時の閉館まで2時間あるから十分だろう。

少し暑さが落ち着いて涼しい風が心地良くなってきた頃、予想以上に多くのファミリーやカップルと共に列へ並び、そのゲートをくぐった。

周囲には楽しそうな子どもの話し声が響いている。私は1人無言だが、とてもワクワクしていて、きっとあのはしゃいでる子どもに負けないぐらいだ、と思った。

ゲートをくぐるとすぐに園内パンフレットが設置されてあり、それを手に取って動物たちがいる建屋へと、緩やかな坂をスキップするような気持ちで下った。

よし、まずは、コアラ舎から攻めよう。

薄暗い室内に入ると、ガラス張りにされた大きな部屋が作られてあり、その部屋の中にはコアラがいる。

はずだった。

「コアラ、イギリスに行ってんて」「えー!」

すぐ横で親子の会話が聞こえた。

何て事だ。本当だ、貼り紙にそう書いてあるじゃないか。

ガラス張りの向こうを見ると、マーラという全身が茶色い毛で覆われた、どちらかというと地味な見た目の動物がモソモソと動いていた。

「ほら、カンガルーしかおれへんわ」「えー!」

かわいそうなマーラよ。歓迎されないばかりか、カンガルーに間違えられるなんて。

そして今日、私の記憶にはしっかりとマーラという動物がインプットされた。

コアラ舎を出た後、夜行性動物舎に入ったが、暗闇で正直ほぼ何も見えなかった。これほど暗視スコープが欲しいと思った事はない。

それからゾウガメやヤギを見て、足が止まったのがニホンコウノトリだ。

純白の羽が全身を覆いつつ、その一部(風切羽・大雨覆というらしい)が墨汁を浸したように黒く、とても美しい。何より驚いたのが目の周りだ。真っ赤な皮膚が鋭利な形で剥き出しになっており、まるで歌舞伎役者の隈取を思わせる。コウノトリが赤ちゃんを運んでくるという言い伝えがあるが、とても命を運んでくるとは思えない目つきだ。

オオカミゾーンでは、野性味を削がれた優しい目をしたオオカミたちが、眠そうに座っていたり、ウロウロと同じ場所を小走りしていた。少し心が痛くなった。

「ママこれ犬?」

容赦ない子どもの質問が聞こえてくる。もはやラブラドールレトリーバーの方が野性味度が高い。

レッサーパンダはみんなのアイドルだ。一眼レフを構える人、前のめりになる子ども、一緒に撮ろうとシャッターチャンスを狙うカップルなどで溢れかえっている。確かに愛されるために生まれてきたような生き物だ。シマ模様で丸みのある尻尾なんて愛らしさの塊だ。

トラは圧巻だった。ただじっとしてそこに居るだけなのに、とてつもない凄みがある。うちの家でカリカリを食べながらのんびり暮らしている凄みゼロの猫と同じネコ科とは思えない。そういえば昔、ヤシの木をぐるぐる回ってバターになったトラの絵本があったな、と思い出しながらその姿に圧倒されていた。

ライオンもやはり存在感がすごい。雄と雌がそれぞれ悠々と歩いている。雄のたてがみは気品があり、百獣の王の名に相応しい。昔AmazonのCMでゴールデンレトリバーにライオンのたてがみをコスプレさせるというものがあり、感動するCMとして話題になったが、全く共感できなかった事を思い出した。

「ギャオーーーーーン」

背後からすごい雄叫びが聞こえた。何の動物かと慌てて振り向くと、肩車された子どもがお父さんの髪の毛を思い切り引っ張りながら号泣していた。お父さんのたてがみがピンチだ。

ニホンイヌワシはとても大きく、警戒心が強いのか遠く離れた高いところから人を見下ろしていた。かなり離れた距離でも大きく見えたので間近にきたらすごい迫力だろう。そんなニホンイヌワシの檻にあろう事か可愛い小さな雀が紛れ込んでいる。命を狙われないのだろうかとハラハラしたが、余計な心配に終わった。

キリンも離れた距離からしか見る事ができなかったが、それでもその大きさは驚くほどだった。最近、郡司芽久さんの「キリン解剖記」という著書を読んだところで、キリンにはアミメキリン、キタキリン、マサイキリンという種類がある事を知った。今回見たキリンはアミメキリンだ。本当に美しい網目模様だった。

カバは陸地で、藁のようなものをモシャモシャと食べていた。それにしてもすごい巨体だ。

「ほら、サイご飯食べてるで」

ここでも動物の名前を間違えて子どもに教えている大人に出くわす。どうかいずれ正しい情報が得られますように。

コビトマングース、クロコンドル、キガシラコンドル、フラミンゴ、ツル、ソデグロツル、クロコダイル、アリゲーター、ボールニシキヘビ…

哺乳類から爬虫類まで様々な生き物を見てまわり、いよいよ閉館時間が迫ってきた。ダメだ、全部見る時間がない。出口へと人々が移動を始める中、どうしてもホッキョクシロクマだけは見ておきたいと、人の流れに逆らい走った。

ゴツゴツとした岩場の高いところにそれは居た。

クリーム色よりもう少し汚れた、薄茶色のホッキョクシロクマが遠くを見つめたり、地面を見たりしながら、ウロウロと左右に歩いていた。夕焼けに照らされ、少し寂しげに見えた。

動物園にいる動物たちも、うちにいる猫たちも今いる場所から広い世界に出る事はもうないだろう。それでも、今いる場所で最高に幸せであって欲しい。

それは自己欺瞞であると知りながらも、願ってしまった。

結果、駆け足で見る事となった動物園に、またいつかゆっくりと訪れたい。


#日記 , #エッセイ , #動物園 , #動物たち ,

#キリン解剖記 , #たてがみ







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