終わらない夏休みってヤツ、知らんけど

 スマホの予定表を見て、今日だということを思い出す。
 その程度の関係。
 大体月一くらいで、リモートで会話する。
 今のご時世、直接会うことははばかれるし、そもそも俺は新潟、シマチンが東京、ゆっこが仙台じゃ会うのは大変だし。
 俺もシマチンもゆっこも無事大学生になれた。
 やっぱりあれだな、多分去年甲子園が無かった“おかげ”だと思う。
 なんて……“おかげ”なんて言葉、絶対使いたくないんだけども、まあそんなところだろう、正直なところ。
 まあシマチンなら甲子園があったとしても、東京の大学へ行けただろうけども。親が金持ちだから。
 でも俺とゆっこの国立大は厳しかっただろうな。
 俺たちの高校は文武両道だったが、新潟の高校野球の中では上から3番目くらいだったから甲子園に行けたところで、多分受験に有利になるほどの結果を甲子園では出せなかっただろう。
 甲子園を目指していれば、勉強なんてできなかったし、夏休み中は他の高校が甲子園に参加しているところを見れば悔しくて、勉強に身が入らなかっただろう……なんて、結局甲子園に出られなかった自分しか想像できていないし。
 だからまあこれで良かったことにしよう、か、な、まあすることにしよう、知らんけど。
 さてさて、今日の集まりは、6週間ぶりかな。
 この前、ゆっこが彼氏に振られたから愚痴りたいと言って、1週間後にすぐ集まったから、今日はちょっと長めに設定されていたんだっけな。
 さて、ゆっこは新しい彼氏ができたかな。
 まあゆっこはマネージャー時代から細やかな配慮があったから、誰かと直接会えばすぐ好かれるだろうな。
 問題は誰かに会えているかどうかだけども。
 とりま俺は自主的な勉強を終わらせて、集まり中に食べる弁当でも買ってくることにした。
 最近はその辺の定食屋でもテイクアウトをしていてビビる。
 ジジイが半裸でチャーハンを作っていた来来亭ですら、テイクアウトを始めるなんて。
 とか考えたら、完全に口が来来亭になってしまったので、そこのチャーハンを買うことにした。
 来来亭の店に入ると、あの半裸のジジイだった店主が一丁前にマスクをつけてやがる。
 ただ相変わらず上半身は裸で、パンツ一丁だった。
「おい、ジジイ、油跳ねないのかよ」
 そんな俺の台詞に首を動かした。
 でもそれは上下左右のどれかではなく、斜めだった。
 その向けた斜め方向を見ると、店内のテレビで甲子園の中継がやっていた。
 ジジイは俺が高校球児だったことは知ってるんだけどな。
 いやマジでどんな気持ちで甲子園を勧めたんだよ、今、このタイミングで。
 俺の野次のような台詞への当てつけか。
 それとも良かれと思ってなのか。
 半裸のジジイの考えることは分からないな。
「ジジイ、チャーハン大盛りで。俺は外の自販機でコーラ買ってるから」
 俺はなんとなく外に出てしまった。
 甲子園の中継が眩し過ぎて、なんてオッサンすぎる感性か。
 でも見られないんだ、甲子園が。
 多分嫉妬だと思う。
 というかきっと俺たちの代だってやろうと思えばできたんだ……みたいな話をつい、シマチンとゆっこにしてしまった。
 するとシマチンは笑いながら、こう言った。
「そりゃ真二はうちのエースだったから悔しいよなぁ」
「エースとか無いから、うちのチームに。全員野球だったから」
 と俺が言うと、ゆっこが真面目な表情で、
「いやマジの話、投手で四番なんだから真二がエースだから。全員野球とかもっと弱いチームが言うヤツだから」
 それに対してシマチンが、
「全員野球って変な言葉だよな、野球は全員でやらなくても大丈夫なスポーツって暗に言ってるよな」
 ゆっこは笑ってから、
「そりゃそうじゃん、すごい投手とすごい捕手が打ちまくれば勝てるスポーツだもん」
 いやいや
「そんな単純なスポーツじゃないから」
 と俺が言うと、ゆっこは口笛を鳴らしてから、
「エースはやっぱり考えが違いますなぁ」
 と言ったので、すかさずシマチンが、
「古いおじさんの反応じゃん、急にどうしたの、ゆっこ」
「最近おじさんブームだから、LINEでもクソリプ意識してっから」
「だからそうなのかぁ」
 何だかバカバカしくて爆笑してしまった。
 こんなんだよな、こんなんでいいんだよな、日常なんて。
 3人で笑い合った後、ふとシマチンがこう言った。
「ところで真二とゆっこは野球やってる? 今も」
 それにゆっこがすかさず、
「いや私は元々やってないよ、マネージャーだよ」
「まあゆっこはそうだろうけど、真二はどうなんだ?」
「俺は野球やってないよ、というか全部辞めるつもりだったんだよ」
 すると、ゆっこが、
「いややっていないなら全部辞めたってことじゃないの? 草野球でもやってるの?」
「いや、野球を通して知り合った仲間たちと全て縁を切るつもりだった」
 シマチンがデカい声で、
「えー! じゃー俺らどういうことー!」
 俺はシマチンの声量にちょっと笑ってから、
「でも甲子園が無くなって、縁切るタイミング無くなって、ずっと続いちゃってるみたいな。全部サッパリ無くしたかったんだけどな」
 それにゆっこが、
「失恋した女子かよ」
 確かにそうかもな。
 でも俺は失恋しなかった。失恋させてもらえなかった。
 だから今も甲子園とその仲間たちを愛しているんだろうな、知らんけど。

(了)