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日本語ラップ部!第一話

300文字の粗筋
中学校に入学した私は、部活に入る気なんてさらさら無かった。何故なら小学校の頃に入っていた陸上クラブで、周りから妬まれて、味方のいない状況になり、嫌な気持ちになったからだ。しかし日本語ラップ部という、ラップをする部活の部活動紹介に衝撃を受けた。『なよなよすんな、過去過去引きずんな 大切なのは今だろう! ふ抜けんな、すぐ寝んな、うつ連打じゃねぇ 自分の心、崩れんな!』このフレーズに心を打たれた私は日本語ラップ部に入りたいと思い、また、そのフレーズを歌った黒髪ツンツンの弦太先輩に恋をしたのであった。

日本語ラップ部!第一話
(目次の下にあります)


日本語ラップ部!第一話

 言葉と言葉を繋いでいった先に、未来と繋がっていたんだ。


・【部活動紹介】

 まだクラスにも馴染めていないのに、部活動紹介だなんてダルい。
 外の曇り空と今の感覚が完全に一致。まあ体育館の中でやるから、外は関係無いんだけども。
 それにしてもイス無しの体育館だから、おもてなし感が薄くて、本当に私たち新・中学一年生を迎える気があるのかな。
 綾菜も多分私と同じ気持ちだろう、だって、始まる前から大あくびをしているのだから。
「風子はまた陸上クラブに入るの?」
 あくびの余韻を残したまま、喋り出した綾菜の声は、ひょろひょろと自信無さげに吹いたリコーダーの音のように、情けない声だった。
 その声に少し頬を緩ませながら私は
「帰宅部で別にいいかな」
 と適当に答えた。
 そう、適当でいい、人生なんて適当でいいんだ、って、小学六年生の春に悟った。
 いくら一生懸命練習したって、訳の分からない逆恨みをされて、気持ちが押し潰されて、そのままスランプに陥って、大会に出れなくなって、その部活動を終了することだってあるんだから、いっそのこと、何にも一生懸命にならないで、綾菜とダラダラ日々を謳歌するほうが楽しいような気がする、いや、正しいような気がする。
 上級生が笑顔で部活動紹介をしている。
 中学二年生や三年生になると、作り笑顔もうまくなるんだなぁ、と思いながら見ていた。
 ふと、隣に座った綾菜を見ると、完全に寝ていて、どこでも寝れるっていいなぁ、と思った。
 しかしそんな綾菜も起きなければならないゾーンへ、突入した。
 文化部のゾーンだ。
 まず吹奏楽部が大きな音を鳴らす、綾菜が飛び起き、
「はい! すいませんでした!」
 と謎の謝罪を叫ぶが、隣にいる私くらいにしか聞こえない、吹奏楽部の大音量。
 綾菜は
「何だ笛部ね」
 と誰よりも適当な解釈をし、目をしょぼつかせながら、夢うつつでステージ上を見ていた。
 そのくせに、綾菜は
「ドラムが下手、やらされてるね」
 とコメントだけ一流……いやまあ確かに綾菜のパパはプロのギタリストでバンドマンということもあって、綾菜は子供の頃からドラムをやっていたらしいので、もしかしたらドラムの技術も一流かもしれない。
 実際やっているところは見たこと無いけども、綾菜のパパから『うまいんだ』という話は聞いたことがあるから。
 でもこんなギリギリ起きているヤツに、そんなこと言われたくないだろうな、と思った。
 綾菜の声が聞こえないほどの大音量で良かったね。
 次は合唱部。
 ピアノの前奏に迫力のある歌声、この中に混じって歌える自信のある人っているのだろうか、と思った。
 部活動紹介に本気出しすぎるのも疑問だな、とか思っていると、綾菜は
「ドラムねぇじゃん」
 と有り難い一言、いや全然有り難くないけども、合唱にドラムあるの聞いたことないけども。
 きっと綾菜は合唱なんて何も聞いたことないんだろうな、バンド、バンド、ばっかりで、と、なると、この後の軽音部には何か興味を示すかもしれない。
 だとしたら、ちょっとピンチかも。
 私は綾菜とダラダラした日々を謳歌したいのに、軽音部に入るとか言い出したら、私も軽音部に入らないといけなくなるから。
 でも楽器なんて出来た試しがないし、ひょろひょろと自信無さげに吹いたリコーダーの音って私の小学生時代のリコーダーの音だし、歌もそこまで自信が無いし、とにかくちょっと嫌な予感がした。
 圧と感じさせるほどの合唱部の部活動紹介が終わり、次は軽音部。
 メンバーは全員女子、綾菜のほうを見ると、どう見ても食いついている。
 眠い目をこすりまくり、起きようと頑張っている感じがする。
 綾菜は六年生の時に、クラスの男子と、あることで対立し、あんまり小バカにしていじっちゃいけない事件があったので、少し男子が苦手なのだ。
「女子だけの軽音部って何かアニメになりそうだね! 私アニメ化したいな!」
 と綾菜はテンションが上がっているが、人間のアニメ化って何? と思った。
 よっぽどの偉人じゃないと人間はアニメ化しないでしょ、エジソンクラスしかアニメ化しないでしょ。
 軽音部の演奏が始まったその時、嫌な予感は変な方向で当たった。
 綾菜は小声で私に話しかけた。
「くっそ下手だね」
 ここは小声で有り難かった、普通の声で喋ったらステージ上の本人たちに聞こえそうだから。
 まあ確かに素人の私からしても、この軽音部が下手なことは分かる。
 まず音量が弱すぎる、自信無さげの頂点のような音の弱さ、ギターからひょろひょろとした音って出せるだぁ、と、逆に感心してしまった。
 綾菜は
「下手だなぁ」
 と感慨深く、ため息をつきながら言い放ったその声は、少し大きかった。
 周りにいた一年生一同は勿論、ステージ上の本人たちにも聞こえるくらいの声で。
 その声の直後だと思う。
 軽音部が演奏を止めて、一礼して、すぐさま舞台袖に戻っていったのは。
 チラチラとこっちのほうを見る目線が痛い。
 当の本人である綾菜は寝たふりバリアを張った。
 こんなにも大根役者な寝っぷりなのに、まるで私が下手発言をしたかのように思っているような視線の人も何だかいるように見えて、すぐさま大きな声で『私じゃないです! 綾菜のほうです!』と言いたかった、いやでも言えないよ、うわぁ、悪目立ちしてる、どうしよう……。
 軽音部が残したドラムの片づけが手間取っているので、この空いている時間が長く、みんな暇な分、なおさらこっち側をチラチラ見てくるので、胸が苦しくなってきた。
 もう我慢できなくなって、なんとか綾菜は起こそうと、肩をぐらぐら揺らすが全く起きない。
 さすが、寝たふりなだけあって絶対に起きない
 ドラムも片づけ終え、次の部活動紹介が始まる。
 記憶では科学部の部活動紹介のはずだけども、私は一つ、部活を見落としていた。
 日本語ラップ部という、訳の分からない名前の部活だ。
 ラップって最近流行りの、YOとかYEAHとか言って、なんだかチャラいヤツかな、私ラップって嫌いなんだよね、うるさい駄洒落というか、俺スゲェみたいなこと言って、何もすごくねぇよ、ダサすぎるでしょ、自分で自分スゲェとか言うヤツ、と思っていて。
 あと悪口がすごいし、ディスるって言葉を流行らせたのってラッパーなんでしょ、そんなつもりないのに、すぐ『ディスった』とか言われて、それで綾菜なんて六年生の時に、ディスったディスってない論争に巻き込まれて……まあ、今回の軽音部のヤツは完全にディスってたけども。
 普通に今、心の中で使っちゃったけど、このディスって言葉も嫌いだし、とにかく何から何までラップって嫌い。
 ――嫌いだったはずなのになぁ。


・【日本語ラップ部】

 出てきたのは男子二人、結構イケメンだったのでビックリした。
 だいたいラップってイカツイ人か太った人のどっちかと思っていたら。
 しかも銀髪のほうは何だかハーフみたいで、ハーフだから銀髪なのか、と思った。
 あんなに嫌いだったラップも不思議なもので、イケメンしか出てこないと少し好きになってしまいそうになっていると、黒髪ツンツンのほうが
「俺たちの時間が、とある理由によって延びたわけだが、それを喜ぶ気なんて毛頭無い、むしろとても悲しい、分かってんだろうなぁっ!」
 と叫び、床を強く踏んだ。
 その音に私たち一年生一同は震えあがり、私語が鳴り止んだ。
 どう考えてもブチ切れてらっしゃる。
 そしてその理由はきっと……。
 黒髪ツンツンのほうが続ける。
「さっき、軽音部を下手とか言ったクソガキがいるだろ。誰だ! 名乗りやがれ!」
 綾菜……今、めちゃくちゃ怖い上級生がオマエのことディスってるよ……。
 綾菜以外の人は皆震えていた、自分が怒られているわけではないのに。
 そして唯一怒られている綾菜だけは、一切震えず、微動だにせず、寝ていた。
 そう、寝たふりをしているヤツは本当に絶対に起きないのだ。
 長い沈黙、徐々に、最初は震えているだけだった一年生一同もチラチラとこっちを見始めた。
 明らかに私を見ている目線もあり、何だかヤバイことになりそうな気がしてきた、その時、銀髪のハーフのほうが言った。
「まあまあ、世の中にはいろんな感性があるから、そろそろ僕たちも曲にいきましょうか」
 助かった……と、胸をなでおろしたその時、黒髪ツンツンは歯をギリギリさせながら言った。
「一生懸命を笑うヤツなんて許せねぇだろうよぉ……」
 怨念たっぷりのその低い声に、私はゾォッと震えるしかなかった。
 しかし震えているのは私一人だった。
 そうだ、私は震える必要は無かったのだ。
 隣の綾菜が震えるべきなのに、私が震えたらまるで、まるで、まるで……。
「テメェかぁっ!」
 ステージ上から降りてくるんじゃないか、と思うくらいの黒髪ツンツンの大声。
 すぐさま銀髪のハーフが舞台袖に何か合図を送った。
 するとBGMが鳴り出した。
 テクニカルな判断で、もうこれ以上喋らせないでさっさと曲へいってくれたのだ。

《黒髪ツンツン》
うつつを抜かすなオレ 普通を暮らすな、飛べ
いただこう頂点、いや奪ってやる挑戦 旗掲げ行こうぜ
夢はデカい飛行船、勝者の思考で 振る舞いは気丈で
今日の自分は既に昨日で 常に更新していく精進
現状打破だ、ここは戦場だから ただただただ炎上はヤダ
なよなよすんな、過去過去引きずんな 大切なのは今だろう!
ふ抜けんな、すぐ寝んな、うつ連打じゃねぇ 自分の心、崩れんな!
中指立ててるヒマなんてねぇ 人差し指立ててトップに立て

《二人》
日本語ラップが自己表現 誰かのことを毎度応援
マイクが武器で、細部がウリで 心は大きな海で
日本語ラップが自己表現 誰かのことを毎度応援
細かくうるさい音楽家 いつかなるんだ、本格派

《銀髪のハーフ》
日進月歩、今日も自分とかけっこ 常に心にバネ、を
する躍動、持つ確証、そして楽勝 根拠が無いことは隠そう
なりすますんだ、カリスマに 今はまだまだ仮住まい
だけどいつかは本当 見せる根性、でも余裕の表情
堂々と行動、自分総動員で向上 分かってる、まだ発展途上
努力すればいつかは届く 孤独じゃない、仲間はいるから
イスから立ち上がろう まだ過酷、多分まだ鎖国
もっと遠くへ旅立つんだ とりあえず最初の韻を踏んだ

《二人》
日本語ラップが自己表現 誰かのことを毎度応援
マイクが武器で、細部がウリで 心は大きな海で
日本語ラップが自己表現 誰かのことを毎度応援
細かくうるさい音楽家 いつかなるんだ、本格派

 この二人のパフォーマンスは盛り上がった。
 盛り上がる一年生一同、拍手喝采、体育館中に破裂音が木霊す。
 何だかこの二人のことが酷く輝いて見えた。
 照明までもが今までよりも、強く強く燃えていたように感じてしまった。
 私は、最初は恐怖で震えていたはずなのに、いつの間にか何だか分からない震えを感じていた。
 YOもYEAHも言わないそのラップは、とても日本的に感じた。
 そしてどちらかと言えば自分のことをディスっているようなその歌詞は、共感出来た。
 ん? 自分へのディスに共感するってことは結局、私がディスられているのか?
 う~ん、よく分からない、でも、でも、この曲がとても心に響いたことだけは、すごくよく分かった。
 そして。
 私は。
 この黒髪ツンツンの上級生に、恋をしてしまったことも、よく分かった。
 カッコイイ。
 自分のことをカッコイイとは言わないこのラップ、むしろ自分のことをカッコ悪いものとして、それを鼓舞するような歌詞。
 私は思った。
 この日本語ラップ部に入りたい、と。
 この高鳴る心臓ほどに熱いステージの上へ一緒に立ちたい、と。
 体育館の外は曇っていたけども、体育館の中は神々しいほどの光に照らされていた。
 ……でも日本語ラップ部に入れるかな……明らかに目をつけられたけども……ちゃんと説明するしかない、ちゃんと説明するにはこの隣で寝ているヤツを、ちゃんと差し出すしかない。
 綾菜め、微動だにせず、寝やがって。
 絶対起こして、日本語ラップ部の部室に連れていって、差し出してやるからな。
 『コイツです!』って言ってやるからな、たとえ仲が悪くなろうとも。
 その後の部活動紹介は淡々と終わり、一年生一同はそれぞれのクラスに戻った。
 話題は軽音部からの日本語ラップ部の話で持ち切り。
「どうするの、琴葉さん」
 と、まだ牽制しあう段階の同級生が私を苗字で呼ぶが、私じゃない。
「綾菜が言ったんだよ」
 とハッキリ言うが、綾菜は優しく微笑むだけで。
 何だそのやり過ごそうとする微笑みは、聖母のような慈悲深い微笑みをするんじゃない、無慈悲に私を言った犯人にしようとするんじゃない。
 私はとにかく綾菜が言ったということを主張するが、空気が段々嫌なほうに。
 段々というか、まあ、うん、空気が、空気がね、うん、私が言ったことみたいになったよね……。
 そして軽音部の先生に呼び出されたよね、私だけ。
 そして軽音部に謝罪させられに行ったよね。
 そして軽音部の人から『事実だから、事実だから、いいんだよ……』って言われたよね。
「事実じゃない!」
 ……って、大きな声で叫びたかった。
 でも叫んだところでもう、という話だよね。
 最悪の中学生生活がスタートした。
 私はディスりキャラとしての一歩を踏み出したのであった。
 よしっ、綾菜には、何だか大きくて高いモノをおごらせることにしよう。


・【鍵崎先生】

「最悪だったな、琴葉風子」
 と含み笑いを持たせながら、私の肩を叩いた人は、クラス担任の鍵崎天馬先生。
 某お笑い芸人のあだ名に習って、ザキケンと呼ばれ出しているが、どう考えてもそう呼んでいいようなキャラではない、不愛想で、ヒゲヅラのワイルド風イケメンだ。
 でもその不愛想な鍵崎先生が、明らかにニヤニヤして笑っている。
 一体何なんだろう、と思っていると、鍵崎先生は喋り出した。
「下手発言はオマエじゃなくて、綾菜だろ?」
 私はえずいてしまいそうなくらいに驚いた。
 何で知っているの、そして、知っているのに何でこの流れを止めなかったの、の、二つ。
 そして私はすぐさま三つ目の驚きを手に入れた。
「何で知っているか、そして、知っているのに何でこの流れを止めなかったのか、聞きたい顔をしているな。まあ答えてやるかな、これから生活を共にしていく可愛い生徒だ」
 可愛いってちょっと、禁断の恋愛かよ、とか思いながら大きく頷いた。
 鍵崎先生は続ける。
「まず知っている理由、声が違う」
 確かにそりゃそうだとは思ったけども、まだこの学校に来て二日目、昨日、入学式があって、今日は部活動紹介で、出席確認の時くらいしか、それぞれの生徒の声を聞く機会はまだ無いはず。
 それぞれ生徒の自己紹介だってまだこれからなのに、次のチャイムで始まるホームルームで、なのに。
 耳が良いのか、頭が良いのか、実は声フェチの変態なのか、可愛いとか言ってたし、要注意な先生だな、と思いながら、二つ目の、流れを止めなかった理由という本題を聞いた。
 鍵崎先生は少し間を持たせてから、語り出した。
「その流れを止めなかった理由は……何か面白かったから」
 えっ?
 あまりの衝撃で多分崩れた表情になった私の肩をバンバン叩きながら、鍵崎先生は大笑いしながらこう言った。
「笑えるわー! 何、罪かぶってんだよ! 超ウケるな! オマエ! 気に入った!」
 ……こっちは全然気に入っていないんですけども……あっ! スタートの含み笑いってそのままの意味か! 本当にただただ面白かったんかい!
 鍵崎先生は止まらない。
「弦太のせいで体育館静まり返ってんのに、こっちはもう大笑いしそうで、ヤベェ、ヤベェ、ハハハハハ!」
 ヤバイのはこっちの台詞なんですけども……無邪気に子供のように笑う、というかもう、小四くらいに笑う鍵崎先生。
 そんな小四の鍵崎先生に年下嫌悪をしつつ、私は気持ちを一旦正し、なんとか正し、礼儀正しく
「先生なのに、何で本当のことを言わなかったのですか」
 と聞くと、
「先生なのに、って何?」
 と本当に、とぼけているとかではなく、本当に何だそれというような感じで聞き返してきたので、この先生はヤバイと思い、出来るだけ関わらないようにすることを決めた、決めたけども、でも、この事柄だけはちゃんと終わらせておきたい。
「鍵崎先生、ちゃんと綾菜を叱って下さい」
 すると、隣からひょっこりと顔を出した綾菜はやけに親し気にこう言った。
「ザキケン、私を叱ったらどうなるか分かるか? あぁん?」
 綾菜! ディスりキャラはやっぱりオマエだよ! と、心の中で叫んだ。
 先生に対して、そんな物言いは無いだろう! いやまあ先生と呼べる器ではないけども! 先生なんて言いたくもないけども! 職業的には先生なわけだから! 多少は敬わないと!
 すると、鍵崎先生は深くため息をついてからこう言った。
「テメェが学校でもザキケンと呼ぶから、もうそう呼ばれてるじゃねぇか。まだ二日目だぞ。全く、ちゃんとバカ校長にも、知り合いの娘を受け持ちたくねぇと言ったのによぉ、バカがっ」
 敬わないの二連発出た! 何このディスりまくりの渦! この中央にいたくねぇ! というか知り合いなのっ? 鍵崎先生と綾菜って知り合いなのっ?
 綾菜は楽し気に鍵崎先生のほうを見ながら、
「いいじゃん、友達感覚の先生のほうがモテるよ、ザキケン」
 それに対して鍵崎先生は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、
「クソガキにモテてもしょうがねぇんだよ、金のある姉ぇちゃん、いねぇだろ、ここに」
「いたとしてもザキケンには寄り付かないでしょ、無愛想の陰キャで」
「はぁ? テメェの父親よりもモテたからな実際!」
「結婚してないじゃん、結構歳なんでしょ? ザキケンって」
 ダメだ! コイツらの応酬! 悪口に悪口を重ね続けている!
 知り合いなのは間違いないけども、叱ってくれる感じには絶対ならないだろうから、この二人の応酬にみんな気付け! そして誤解よ、解けろ! と強く願うしかなかった。


・【自己紹介】

 チャイムが鳴り、ホームルームが始まった。
 鍵崎先生と綾菜は舌打ちの相打ちをして、鍵崎先生は教壇の前に、綾菜は自分の席に、と、それぞれの持ち場に着いた。
 ホームルームでは自己紹介をする。
 名前、出身小学校、好きなモノや長所、人によっては短所、そして見たてホヤホヤの今入りたい部活を言っている。
 ホームルームが始まる前は、あんなに話題をかっさらっていた軽音部と日本語ラップ部に入りたい人は今のところゼロ。
 当たり前だけども、この流れで、少なくてもこんなヤツがいるクラスでは希望者ゼロ。
 『琴葉風子(ことは・ふうこ)』
 私の出番は意外と早い、か行だから。
 私の気持ちは日本語ラップ部に入りたい。
 でもこの流れでそれを言うと、とんだドMの登場だと思われかねない。
 こんな直接怒られたのにも関わらず、怒った張本人がいる部活を選択するドMと思われかねない。
 でも、私は、ここで嘘を言いたくなかった。
 別に帰宅部です、って、言っても良かったけども、この程度のことで逃げてはいけないような気がした。
《なよなよすんな、過去過去引きずんな 大切なのは今だろう!》
 たいして過去じゃないけども、あの時だってもう過去だ。
 今が大切、私は今、このことを宣言したかった。
 だから言ってやった。
「琴葉風子、東第二小学校、好きなことはユーチューブ見ること、私が入りたい部活は日本語ラップ部です!」
 ざわついた。
 THE ざわついた、と言っていいほど”ざ”の濁音が大爆発するほどに、ざわついた。
 後ろのほうから『叱られたいのかな』とか聞こえてきたけども、振り向かなかった。
 恥ずかしかったこともあるけども、こういう声に振り向いたら負けだと思う。
 でもどうしても振り向いてしまう声もある。
 それが鍵崎先生の声だった。
「止めたほうがいいぞ」
 そんな、そんなハッキリ言うことあるか、呼吸が出来なくなるくらい驚いていると、鍵崎先生はその理由をツラツラと述べ始めた。
「あの銀髪のシルバは優しい人間だ、オマエのことを許してくれるだろう、だが黒髪の弦太は本当に怖い人間だ。牙を誰にでも向けるような、女子供にも容赦ない。もし面と向かってオマエに会ったとしたら、殴りかかってきたとしてもおかしくないぞ」
 そんな野蛮な上級生本当にいるのか、と思ったけども、何だかそういう気配もあったので、すごく怖くなってきた。
 でもそれ以上に、許してくれるとかなんとかって、本当のことを知っているオマエがあれを事実みたいに喋るんじゃねぇ、と思った。
 鍵崎先生は腕を組みながら、とうとうと喋る。
「とにかく琴葉風子、日本語ラップ部には絶対に入らないほうがいい」
 鍵崎先生は、私と弦太という黒髪ツンツンの上級生を、優しさで会わせたくないという感じではなく、まるで日本語ラップ部に入れさせたくないだけのような言い方を最後にした。
 この違和感の残る言い方は何だろうと思った。
 そして綾菜、水打綾菜は、ま行なので比較的最後のほうで自己紹介。
「水打綾菜(みずうち・あやな)です! 東第二小学校出身でぇ! 趣味は寝ること! 入りたい部活は日本語ラップ部です! YEAH! YO! YO!」
 鍵崎先生は漫画のように目を丸くした。
 というか、私の見える範囲のクラスのみんなも漫画のように目を丸くした。
 二発目の日本語ラップ部は、どうもこうもやはり予想外だったらしい。
 鍵崎先生はどう言うかなと思って見ていると、やはり口を開いた。
「綾菜、琴葉風子はオマエの友達だろ、一緒に目をつけられているぞ、絶対に。だから日本語ラップ部に入ろうとするんじゃない」
 と、入ろうとすることをまた止めた。すると、綾菜は言った。
「ザキケンがどう言おうが、風子が入りたいと言った部活に入ります!」
 ここで拍手が起きた。
 友情って素晴らしいみたいな雰囲気、いやいや! 何か納得出来ねぇな! 友情パワーで罪のなすりつけを許した私にも拍手をくれよ! 絶対もらえないだろうけども!
 でも、この、友情って涙が出るみたいな雰囲気を崩しにくるのが、あの小四疑惑が付きまとう鍵崎先生。
 ……いやもうザキケンでいいや、こんなヤツ、ザキケンがちょうどいい。
「いやいやいや! 日本語ラップ部ってもう一人いる太人(たびと)ってヤツも冷たいヤツで! アイツら怖い連中なんだ! シルバは良いヤツだけども他のは最悪! 最低!」
 ザキケンは額から汗を滲ませながら必死で何故か抵抗をしていた。
 仮に先生がそんなこと言うか、というような感じだ。
 あぁ、コイツ、先生じゃないのか、ただのザキケンか、ただのザキケンだ。
 ……というか何だかおかしい、まるで本当に日本語ラップ部に入れたくないだけのような。
 段々切れ端切れ端だった違和感が私の中でまとまってきた。
 そう言えば、ザキケンは綾菜のことは綾菜と呼んでいた。
 知り合いみたいだから、そりゃそうだろう。
 私のことは琴葉風子とフルネームで呼んでいた。
 きっと親しくない生徒とはフルネームで呼ぶ人間なのだろう。
 じゃあ弦太、シルバ、太人はどうだろうか。
 授業の教科によっては受け持っているのだろうか、そして親しいのだろうか、でもこのザキケンはそんなに生徒と親しくするような雰囲気ではない。
 そして一つ思い出したことがある。
 部活動紹介の最初に、司会の人が言っていたことだ。
 『五人未満の部活は、正式な部活ではありませんが、新入生を入れて部活にしたいところも部活動紹介に入っています』と。
 ザキケンが『もう一人いる太人』と言っていたから、日本語ラップ部は弦太、シルバ、太人の三人で全員。
 ということは、私と綾菜が日本語ラップ部に入ってしまうと正式な部活動として認められてしまう。
 何でザキケンは正式な部活動として認められてしまうことを嫌がっているのか。
 もう一度、部活動紹介の紙をよく見ると、そこには顧問の先生の名前が部活の下に小さく書いてあった。
 そして日本語ラップ部の顧問の先生は……鍵崎天馬先生(仮)だ! だから! 知ってるから! フルネーム呼びじゃなくて! 個人名呼びだったんだ! そして! 私は! つい大声で! 叫んでしまった!
「自分がちゃんと顧問やりたくないだけじゃないか!」
 クラス中、シーンとした、これはもう隣のクラスの薄い笑い声が聞こえてくるほどに静かになった。
 そしてザキケンが重い口を開いた。
「オマエ、結構頭良いな」
 自己紹介後、ザキケンが日本語ラップ部に入れさせたくない理由を私がクラスメイトに説明したことによって、私はクラスの中で浮きかけていたが、いや大声で叫んだ時点では最高潮に浮いていたが、その説明によって、なんとか私は、ディスりキャラから推理キャラに変化出来たのであった。
 そしてクラスメイトたちは『ザキケンはダメなヤツ』と認識した。
 でも何でだろう、私は少しザキケンから気に入られてしまった。気に入られたくはねぇよ!


・【解決の行方】

 ――とは言え、根本的な解決にはなっていない。
 日本語ラップ部の先輩方、弦太さんとシルバさんは私が軽音部をディスったと思っている。
 本当は綾菜が言ったことなのに、私が言ったことになっている。
 そもそも入部したい、と、入部させたくないの攻防なんていらなかったのだ。
 何だそのくだり、本当に何なんだそのくだり、ザキケンが顧問という面倒なことを正式にしたくなかっただけのくだりが長いんだよ。
 一応ザキケンは『一緒に部室へ行って説明してやる』と妙に頼もしそうに胸を叩いていた。
 そうすることにより、綾菜が怒られるわけだけど綾菜は綾菜で覚悟を決めた風の顔をしている。
 いや少し眠そうな顔も時折見せつけてきやがる、何で眠いんだよ、おい、こっちは結構心臓バクバクなんだよ、オマエのせいで一回既に怒られているんだよ、意味無く怒られているんだよ、本来ザキケンじゃなくて綾菜、オマエが説明するんだからな。
 何ちょっとザキケンが説明するから余裕だぁ、みたいなアクビをかましているんだ。ほんの少しだけかもしれないけども、私の人生かかってるかもしれないんだからな。せめて反省しているツラを見せろ。
 そんなことを脳内で考えていることを見透かしたのか、それとも私が綾菜を睨んでいたのかは分からないが、綾菜は私の目線をそらしつつ、こう言った。
「全然そのまま罪かぶってもらっても、アタシ、大丈夫だよ」
 の”よ”あたりで、くるりとこっちを振り返り、私の両肩を掴み、
「受け入れるから! アタシ!」
 と、目をキラキラ輝かせながら言ってくるもんだから、私は
「何上から目線の優しいヤツ演じているんだよ! 逆だよ! 逆!」
「あっ、気付いたかぁ」
 と少し柔和な口元になって、半笑いになっている綾菜。
 いや笑ってんじゃねぇよ!
 私は続ける、いや、さっきより圧を上げて続ける。
「気付くわ! 絶対言えよ! 自分の口から軽音部ディスったのは私って言えよ!」
「いやいやいや、ザキケンが説明してくれるから大丈夫」
「とは言え、きっと言及しないといけないタイミングあるからな! というか私が作るからな!」
 そう私がまくしたてると、綾菜はこの期に及んでもまだニコニコしながら、
「もう! 風子はそんなにしゃべりがうまくないから作れないでしょっ!」
「火事場の馬鹿力で作ってやるからな!」
 綾菜はいつもこんな感じだ。
 飄々とズルを考えるヤツで、何も気を遣わなくていいので、楽な親友なのだ。
 自己紹介の後は、部活見学会という授業が入る。
 上級生は全員部室や部活動をするグラウンドなどに待機し、新入生を待ち受けるという授業……というかイベントだ。
 私と綾菜とザキケンは日本語ラップ部の部室までの廊下を歩いていた。
 他のクラスの前を通ると、私にだけ視線が集まる。
 『あぁ、あの』『さっきのアイツね』みたいな声も聞こえてくる。
 他のクラスからは恐れられる存在になるんだろうな、と、自分の人生を案じた。
 でもいい、クラスでは推理キャラに変換出来たし、あとは日本語ラップ部の先輩方からの誤解が解ければいいのだ。
 それもザキケンが説明してくれるみたいだし、顧問からの言葉というものは、やっぱり生徒からしたら神からのお言葉みたいなものだから、すぐに分かってくれるだろう。多分。
 ついに日本語ラップ部の部室の前へ来た。
 前へ来た。
 前へ来た。
 前へ来た。
 あれ……私が一言。
「ザキケン、扉を開けて下さい」
 するとザキケンはすっとぼけたような表情になりながら、
「俺が? いやオマエが来たいと言って来たんだからオマエが開けるもんだろ」
 と言ったので、私は
「何ですか、その急な正論。でも私、意味無く印象が悪いんですよ、急に出現したら驚くでしょ」
「いや弦太たちはちょっとやそっとでは驚かない、肝の座った連中だから大丈夫だ。というか真っ先に顧問が現れたら、せっかく新入生と思っていた弦太たちがしょげるだろ」
 何だか正論っぽい風を吹かせ続けるザキケン。
 いやでも扉開けるの何か怖いなと思いつつ、私はチラリと綾菜のほうを見ると、綾菜が
「風子が扉開ければいいじゃん、アタシも風子についてきただけだし」
 と言って何故かツーンとしている。
 いやでも、
「よくよく考えたら、今回に至っては説明しなきゃいけない綾菜が一番でしょ……」
 と私が言うと、綾菜はちょっと腹立つ表情をしながら、
「逆に叱られに先陣切るってあるぅ?」
 でもさ、
「誤解で叱られそうなヤツが先陣切るのもおかしいじゃん、やっぱザキケンお願いします」
 私はザキケンに軽く頭を下げると、綾菜は一切頭を下げずに、
「じゃあザキケンが扉開けろよぉってことで、よろー」
 それに対してザキケンは一回溜息をついてからこう言った。
「綾菜、学校ではもう少し敬意を表した口調をしろ」
 しかし綾菜は本当にマジでいつも通りの綾菜で、
「だってザキケンはザキケンじゃーん」
 と首を、人を小馬鹿にするように揺らすだけで。
 さすがにこの綾菜の行動は酷いなと思いつつ、会話を黙って聞いている私。
 ザキケンは少し、というかだいぶイライラしているような感じで、
「先輩の娘でなければこんなクソガキ……」
 と言った刹那、すぐに綾菜が、
「パパにチクろうかなぁ、ザキケンって最低でぇー」
 すぐに何かハッとしてから慌て出したザキケンは、
「いやいやいや、まあ、まあ、その、なんだ、先輩には良い先生していると言えばいいと思う」
 綾菜のパパとは、綾菜の家に行った時、よく会うけども、そんなに怖い印象は無い。
 確かに歳相応の恰好は一切していないけども、さすがプロのギタリストという感じだけども、私にはいつも優しい。
 何か知らないけども、男同士の上下関係というのも、案外厳しいんだなぁと思った。
 ――なんて、ごちゃごちゃ部室の前でしていると、扉は勝手に開いた。
「うるせぇよ、部室の前で」
「「キャーーーーーーーーーーーッ!」」
 私と綾菜は大きな声で叫んだ、当たり前だ、何考えているんだ、この人は。
 扉が開いた瞬間、出現したのは上半身裸の弦太さんだった。
 結構筋肉質で、うっすら全身に汗をかいていて、そのせいで肉体が輝いて見えて、そして……
「おい、クソガキども、叫んだ割に、ちゃんと見てんじゃない」
 とザキケンが言ったところでハッと我に返った、いけない! 確かに結構ギラギラして見てた! 手で顔を覆いつつも、ベタに指の隙間から肉体を鑑賞してしまった。
 綾菜は、というと、全く顔を隠さずに前のめりになって見ていた。
 そう言えば綾菜は『キャーーーーー!』の時から少しガッツポーズしていたような気がする。
 私は赤くなった頬を手で仰ぎ、なんとか平常心に戻そうとすると、次は先輩方のターンだった。
「「うわぁぁああああああああっ!」」
 叫びがユニゾン。
 そこから矢継ぎ早に弦太さんが声を張り上げた。
「オマエ! 軽音部ディスったヤツ! 何だ! 殴り込みか!」
 シルバさんは怯えながら、
「ちょっ、ちょっと君……あの、僕たちは、あんまり、喧嘩は、したくないというか……」
 それに対して弦太さんはシルバさんの背中を強く一回叩いてから、
「何ビビってんだシルバ! オレは女子供だろうか容赦しねぇぞ!」
 そして部室の奥のほうにいた、多分太人さんと思われる人が
「……その子が、さっき言ってた子? ふぅん、結構かましに来るね」
 と言ってクスッと笑った。
 シルバさんは相変わらず狼狽え、目は泳ぎ、体は右往左往させながら、
「太人は直接見ていないからそんな余裕なんだって……ちょっと……弦太……助けて!」
 と言って弦太さんに抱きついたシルバさん。
 そのシルバさんを振り払い、拳を強く握った弦太さんはデカい声で、
「そういう弱いところを見せるなシルバ! オマエの悪いクセだぞ! よっしゃ! 来ぉい!」
 と力を込めた……いや!
 めっちゃ動揺している! 全然肝座ってない! あっ! ザキケンが爆笑してる! 口に手を当ててはいるけども肩がヒクつきまくってる! 綾菜は綾菜で弦太先輩の上半身裸をずっと見ているな! なんだオマエ!
 弦太先輩が拳を構えることによって、腕の筋肉が強調されて、それがものすごくカッコ良くてって私も見てるんかい!
 ――これがのちに、日本語ラップ部で語られる、入部パニックの乱である。
 この入部パニックの乱を収めるのは、やはり頼れる顧問、ザキケンだ。
 爆笑をこらえながらも、なんとか頑張って喋り出した。
「ちょっとコイツらの話を聞いてくれ。じゃあ風子、言ってやれ」
 あっ、説明は私がするみたいです。


・【説明後】

 説明した。
 軽音部をディスったのは、私じゃなくて隣の綾菜だと。
 いつもの綾菜なら『本当にそうかな?』みたいな、かき乱すことを言ったりするのだが、そんなことより、弦太先輩の肉体観察を最優先にしているようで、私やザキケンが言うことに、素直に頷き、頷き終えたあとの時間を全て肉体観察に当てていた。
 いや真面目に頷け! せめて頷くことくらい真面目にしろ!
 最初は先輩方は全然信じていなかった。
 顧問の効力弱いなぁと思うほどに、ザキケンの言葉は信じられていなかったが、必死に説明する私を見て、また不真面目な綾菜の雰囲気を見て、ついに信じてもらえたのであった。
 そして……。
 弦太さんは強い口調でこう言った。
「おい、綾菜ってヤツ、まず軽音部に謝りに行け」
 それに対して綾菜は嬉しそうに、
「おぉ、引き締まった肉体が話しかけてきた」
 と言うと、弦太さんは血管を浮かばせながら、
「弦太だ! バカにしてんじゃねぇぞ! 本当にバカにしてんじゃねぇぞ! 一生懸命やっているヤツをバカにするなんて、絶対やっちゃいけないことだからな!」
 すごい圧で怒鳴り、そばから見ていても怖いのに、綾菜は全然ひく様子は無い。
「でも下手は下手だったし、人前でやる以上、審査されるのは当然だと思うけども。そもそも私の声が聞こえるほど、オーディエンスが盛り上がっていないかったわけだし」
 でも弦太さんも止まらない。
「だからって口に出していいっていう話じゃねぇだろ! その場で!」
 綾菜はやれやれといった感じにこう言った。
「陰口だったら良かったんですか? それもおかしいと思いますけども」
 と負けじと、即返答したところでザキケンが割って入った。
「このクソガキのオヤジさんはプロのギタリストで、ショーに対してちょっと教育されていて、ちょっとバカなんだわ、弦太、抑えてくれ」
 そんな、小四のくせに大人な一面もあったザキケンに対して、綾菜は
「ちょっとザキケン、それ、パパがバカってことぉ?」
 と少しニヤニヤしながら、そう言うと、ザキケンは
「そうじゃねぇよ、ただ一般的ではねぇって話だ」
 しかし綾菜は一歩も引けを取らない。
「一般的に下手だなぁってリアクションしただけじゃん、私以外の一年生みんなそう思ったはずだよ? たまたま私が言っただけで、みんな思ってたよ? 先輩たちだって下手と思ったでしょ?」
 それに対して弦太さんが叫ぶ。
「おい綾菜ってヤツ! 最初からうまいヤツなんていねぇだろ!」
 綾菜は何か話が通じないなといった感じにこう言った。
「でも部活動紹介は練習じゃなくて本番じゃん、本番はうまくやらないとダメじゃん」
 あまりにも自分を曲げない綾菜に、心底怒っているようなザキケンが声を荒上げながら、
「クソガキ黙れ! おい! 風子! オマエも何か言ってやれ!」
 みんなの視線が私に来る……え……どうしよう……。
 私は今、思っていることを言った。
 きっと、これは、今の私の、日本語ラップ部への思いが入った言葉だ。
「綾菜、確かに軽音部の方々は上手ではなかったよ。でも上手じゃないと音楽を愛しちゃいけないの? 好きなだけじゃ、近づくこともダメなの? うまくないと近づくこともダメだなんて悲しいよ」
 私は多分とても不純な理由で日本語ラップ部を好きになった。
 弦太さんが、いや弦太先輩がカッコイイと思って、この日本語ラップ部に入りたいと思った。
 勿論ラップの歌詞もカッコイイと思ったけども、基本は弦太先輩を好きになったから。
 その自分の気持ちを、自分で肯定したかったのかもしれない。
 好きだから近づきたい、そしていつか一緒のステージに立ちたい、そんな、よこしまな私の今の思いだ。
 少しの沈黙、そしてザキケンがニヤリとしながら一言。
「風子、やっぱりオマエ、面白いな」
 ザキケン、オマエさっきから笑いまくりだなと思いつつ、一旦場が静まった。
 綾菜も納得してくれたようで、弦太先輩の怖い雰囲気も少し落ち着いた。
 その流れに乗って、ザキケンは綾菜の肩を引っ張り、
「軽音部に謝りに行くぞ」
 と言って、ザキケンと綾菜は多分軽音部へ行った。
 私はずっと開けっ放しだった扉を閉めて、日本語ラップ部の部室へ入った。
 誤解が解けたとはいえ、突然自分側の人間が自分一人になり、緊張をしていると、シルバさん、じゃなくてシルバ先輩が優しく話しかけてくれた。
「そんなところで立ってないで、まず、イスに座ってよ」
 物腰も声も柔らかいシルバ先輩は、イスをわざわざ引いて、私が座るのを待ってくれている。
 私は軽く会釈しながら、座ると、シルバ先輩はニッコリと微笑んで右隣に座った。
 シルバ先輩の微笑みはさながら、人懐っこいトイプードルの顔のように可愛かった。
 男性とは思えないような、中性的な顔で、銀髪のハーフからは、中世的な雰囲気で、並の女子ならすぐころっといってしまいそうな、優顔のイケメン。
 弦太先輩は言うなれば肉体派イケメン俳優のように、さわやかで男らしい。
 太人先輩は一重なんだけども、そのアジア人感の強い優しそうな顔が良い印象を受ける。
 あれ、結構イケメンに囲まれている……ヤバイ、緊張してきた……。
「入部希望で、いいんだよね」
 シルバ先輩は優しく話しかけてくれた。
「はい、日本語ラップ部のステージがすごくカッコ良くて、だから、あの、入りたいと思いました」
 と、ごにょごにょしながら言うと、シルバ先輩は急に立ち上がり、
「弦太! 太人! 日本語ラップ部がカッコイイって! すごく嬉しいよね! ね! ね! ね!」
 と、めちゃくちゃ嬉しそうに小躍りを始めたが、周りの二人はまあクール。
 太人先輩はシルバ先輩のほうを一度も見ずに、ずっとパソコンをいじっている。
 というか私たちが来た時から、ほぼずっとパソコンをいじっている。
 弦太先輩もこんな感じにクールなのかなと思って、そちらを見てみると、まだ上半身裸だったので、つい見入ってしまっていると、弦太先輩は喋り出した。
「まあカッコイイだろうな、うん、うん……よっしゃぁぁあああ!」
 大きくガッツポーズをし、それに呼応するようにシルバ先輩は拳をギュッギュッとさせながら、
「うん! よっしゃあだよね! ね! ね! 嬉しいなぁ!」
 と言うと、弦太先輩は私に少し近付き、
「そうか、オレたちのカッコ良さが分かるか、オマエ、いいヤツだな」
 と、まさかの熱血系であることが発覚した。
 うん、悪くない、むしろ、いいぞ、いいぞ……と、妙に満足げな気持ちで見ていると、急に私の右手が宙に浮いた、一瞬、なんだろうと思ったら、なんとシルバ先輩が私の右手を握っているのだ……!
「嬉しい! 一緒に日本語ラップ部頑張ろうね! 僕、シルバ! よろしくね!」
 とシルバ先輩が言うと、弦太先輩は何だか少し焦りながら、
「おい、シルバ、気安く女子の手を握ってんじゃねぇよ、そういう行動やめろよ」
 あれ、弦太先輩が嫉妬してくれている? 急にモテ期がキタ!
 何かドキドキワクワクしていると、弦太先輩はシルバ先輩のほうへ行き、シルバ先輩の肩をぺチンと叩きながら、
「そういう行動をとるから女っぽいとか言われて、バカにされるんだぞ」
 と言うと、私の手を離したシルバ先輩は、私の顔を覗き込みながら、
「あっ、ゴメン、風子ちゃん……だよね? ゴメンね、風子ちゃん、つい嬉しくて」
 私は全然嫌じゃ無かったので、普通に
「あ、いや大丈夫です、あと、はい、私は琴葉風子っていいます、よろしくお願いします」
 と答えた。
 なんだ、モテたわけではなくて、シルバ先輩は誰にでもそうするからそれを叱っただけか。
 モテ期でも良かったのに、と思いつつ、私は弦太先輩のほうを見ていると、弦太先輩がくるりと私のほうを見て、
「風子ね、うん、よろしく、俺、玉田弦太。適当に弦太って呼んでいいから」
 と言ったので、私は、ここは元気にいったほうが印象良いだろうと思い、
「はい! 弦太先輩! シルバ先輩! 太人先輩!」
 すると、シルバ先輩が急に嬉しそうに体を揺らしながら、
「ちょ、ちょっとぉ! 弦太! 太人! 僕、先輩って呼ばれちゃったよぉ!」
 弦太先輩もしみじみと、感慨深そうに、
「先輩か……そうか、俺たち二年生になったのか……」
 太人先輩は少し小首をかしげてから、
「太人と名前呼びか、まあ苗字名乗って無かったし、いいか」
 三者三様のリアクションだけども、三人ともそれぞれ少し照れていて可愛かった。
 この先輩たちとなら、うまくやっていけそうだな、と思った。
 そのタイミングで弦太先輩が声を上げた。
「それにしてもあと一人で正式に部活動だ! 集めるぞ! シルバ! 太人!」
 シルバ先輩は大きく頷きながら、
「うん! そうだね! でも弦太! そろそろ服着たほうがいいんじゃないのっ!」
 ハッとした弦太先輩は少し恥ずかしそうに服を着た。
 そしてちゃんと服を着終えたタイミングで私は言った。
「あの、先輩方、綾菜も入るので五人になりますっ」
 と、私が言ったら、先輩方がハッとした……いや、場が凍った。
 そして弦太先輩とシルバ先輩が、
「あの綾菜ってヤツ、入んの? 話が合わねぇけどなぁ」
「ちょ、ちょっと、怖いねぇ……」
「怖くはねぇけど、大丈夫か、おい」
 ……うまくやっていけそうかどうかは綾菜次第だ!
 そうこうしていると、ザキケンと綾菜が部室へ戻ってきた。
 ここからは正式な自己紹介が始まった。
 まず私から、
「琴葉風子(ことは・ふうこ)です! 部活動紹介の日本語ラップ部のステージが、カッコ良くて入部したいと思いました! 今後は私もラップが出来るようになりたいと思っています! よろしくお願いします!」
 私の正直な自己紹介は先輩方によく響いたようだ。
 弦太先輩の人の三倍くらいあるような豪快な拍手、シルバ先輩の小動物が可愛く震えるように手を叩く小刻みな拍手、そしてさっきまでこっちのほうをあまり見てくれていなかった太人先輩も、私のほうを見ながら小さく手を叩いてくれた。
 いややっぱりこれはうまくやっていけそうだ! 流れに乗ってくれ、流れに乗ってくれ、綾菜!
「水打綾菜(みずうち・あやな)でぇす。風子と同じ部活に入りたいと思って来ました。ゆるくやってくんでよろしくぅ」
 キンキンに冷えた。
 きっと本当に、真冬の吹雪が出現したと思う。
 流れという名の川は凍って、アイススケート出来るほどの厚い氷になり、上を綾菜が一人でヘラヘラと滑りまくっていた。
 あとはそうだなぁ、遠くの木陰からザキケンがこちらを、なんとか笑いをこらえながら見ているくらい。
 笑っているのはその二人くらいだった、いや二人も笑っていれば十分か。
 この雰囲気の悪さをさすがに察したのか、綾菜はもう一言付け加えた。
「あのですね、マジです、マジで楽しく、マジでゆるくやるんでよろしくぅ、とりま記念写真でも撮りましょうかぁ!」
 その方向性の付け加えいらねぇ……。
 弦太先輩は少し声を震わせながら、こう言った。
「えっと、綾菜だっけ、俺たちのことナメてんのか?」
 そして弦太先輩は眼を鋭くしながら、綾菜のことを睨んだ。
 睨まれている対象が友達でなければカッコイイと思えたのになぁ。
 綾菜はビシッと耳に腕が触れるくらい真っすぐ手を挙げながら、こう言った。
「はい! ナメてませんっ!」
 勿論、キンキンに冷えた。
 その行動・表情・言い方、全てを総合しただろう弦太先輩は語り出した。
「どう考えてもナメてるな……ただ確かに、新入生を入れないと部の形にすらなっていない部活動をナメたい気持ちも分かるが……」
 と言ったところで、綾菜はカットイン。
「はいはい! いやいや! 全然ナメてないですから! めっちゃカッコ良かったです!」
 カッコ良かったと言われると、ピクっと小さく頭を揺らし反応する弦太先輩。
 今まで明らかに怒っていたのに、少し表情が柔らかくなったところが可愛い。
 この様子を笑いながら見ていたザキケンが喋り出した。
「まあまあ、気に入らないにしても籍は置いてもらわないと部活動出来ないぞ。まあ人数が集まらないなら今まで通り、月曜日だけ集まってという部活もどきは出来るけどな。ただ、今のちょっとしたアレでオマエは気に入ったみたいだけどもな。マジでちょろいな」
 弦太先輩は不機嫌そうに、
「いやちょろくねぇし、そんな上辺だけで褒められただけで、落ちてねぇし」
 と言うと、綾菜がニッコリと微笑んでからこう言った。
「弦太さん、じゃあ深く褒めてあげましょうか」
「えっ」
 と弦太先輩の生返事。
 二の句は待たず、綾菜がつらつらと喋り出した。
「さすが日本語ラップ部と言うだけあって、軽々しく英語を使っていないところがいいですね。韻を踏むために意味無く英語に変換する人とかいますけども、それが無い。ちゃんと自分の言葉で踏んでいるところが好印象です。弦太さんの熱いリリックに人となりが出ていますよね。シルバさんはあの細かく韻を踏む感じが丁寧な印象を受けますね、ちゃんと日本語ラップをやってやるという意志を強く感じて、なかなか興味深いです。ガッツリ日本語でいくところがかなり好きです。あと多分トラックメイクは太人さんですよね、最近の派手なミクスチャじゃなくて、オールドスタイルな太いビートと、デカいドラムで攻めるなんて、なかなかカッコイイですね」
 流れるように褒めたたえる綾菜、そうだ、綾菜は音楽にうるさいのだ。
 パパがプロのギタリストで、子供の時から多種多様の音楽を聴いてきただけあり。
 表現の一部一部、正直私は言葉の意味を理解しきれていない……が、三人の先輩方にはとても響いたらしい。
 弦太先輩はさっきの怒りのテンションをどこへ向ければ分からなくなって、ちょっと挙動不審になって、照れ笑いを浮かべていた。
 シルバ先輩と太人先輩は顔を見合わせて、驚いていた。
 完全に先輩方の心をつかんでいるような感じ、だから綾菜はズルいヤツなのだ。
 いやまあただただズルいところもあるけども。
 相変わらずザキケンはニヤニヤしていて少し腹立つが、その一面の綾菜も知っているということなんだろうか……いや、所詮女子に褒められたらすぐこうなるという中学男子のちょろさを笑っているのだろうか。
 でも、とても遠い存在に感じていた先輩方が、こんな緩んだ表情になるなんて、ちょっとおかしくもあり、何だか嬉しかった。
 雰囲気が落ち着いたところでシルバ先輩が言った。
「二人はラッパー希望かな?」
 私はより元気よく答えた。
 何だか綾菜に印象レースで負け始めているような気がしたので。
「はいっ! 私は同じようにラップをしてみたくて入部しました!」
 綾菜は飄々としながらこう言った。
「アタシはそうですねぇ、でもビートは生音っしょ、太人さん。私、ドラムやってるんで、トラックメイカー側になろうかなって」
 と、綾菜が普通に目標を語ったことが意外だった。
 本当にただ私についてきただけだと思ったら、ちゃんとやりたいことを持っていたのだ。
 綾菜のこういう読めないところが、本当に一緒にいて飽きない。
 太人先輩は小さく頷きながら、こう言った。
「ドラム出来るのか。でもその場合は吹奏楽部か軽音部に録音する時、借りないとダメだね」
 それに対して綾菜は意味無く元気いっぱいに、
「問題ないです! 私、交渉の類得意なんで!」
 太人先輩は何だコイツみたいな目で綾菜を見ながら、
「いや君、さっき軽音部と一悶着した直後でしょ、どの口が交渉得意って言ってんだ」
 と少し苛立っているような口調でそう言ったが、綾菜は相変わらず止まらない。
「ノリの良さでいきます!」
 それに対して太人先輩はハッキリと、
「あんましバカは好きじゃないんだけど」
 と言うと、シルバ先輩が慌てながら、
「ちょっと太人! ゴメンね、綾菜ちゃん、太人はちょっと口が悪いんだっ」
 弦太先輩がボソッと、
「コミュ障ってヤツだな」
 それに即、太人先輩が、
「うるせぇ弦太」
 そこへ間髪入れずに綾菜がこう言った。
「いや大丈夫っすぅ! 太人さぁん! いつの間にか私のこれクセになってますよぉ?」
 太人先輩は鼻で笑ってから、
「期待しとく」
 と言った。
 いや……もう馴染んでいる……男子が苦手だったはずなのに、と思ったが、どうやら年上には大丈夫らしい。
 まあザキケンとうまく渡り合っていたり、休日二人でショッピングへ出掛けた時など店員さんにもガンガンいけるので、年上は本当に大丈夫なのかもしれない。

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