フラッシュバッカー(ハヤテのごとく!二次創作小説)

雪が積もる。それは冬の訪れだ。
低気圧と積雪。空気の乾いた感じが僕に伝わる。
冬の風はいつも僕に冷たい。
冬というのはいつも無表情で、僕に耐えることを強いているかのようだ。

何かの始まり。その「始まり」なんていうものは厳密にはないのだけれど。
何か節目を作ってみるのなら。
クリスマス。雪の降る夜。息の白くなる様。
理不尽。不条理。理解し得ぬもの。
僕にはコントロールできないもの。
自己放棄、破れかぶれ。

頭の中で単語がリピートする。
取り止めもなく、連想ゲームが始まる。
パブロフの犬という実験がある。
これは心理学上の分野で重宝されているんだが、犬にベルを鳴らすと同時にご飯を出す。
それを繰り返していくと、犬はやがてベルの音だけで唾液が出ていくというものだ。
つまり、学習。古典的な条件付けというモデルを示している。

僕はどうだ。
冬になる。雪が積もる。あの自転車、あの公園。
それが少し視界に過ぎるだけで、また思い出している。
フラッシュバッカーだ。

人には心理的外傷というものがある。いわゆるトラウマと表現されるものだ。
僕たちには傷がある。つまり、パトスがある。
僕たちはいろいろな感情に苛まれる。
あの孤独感。あの悲しみ。あの怒りと衝動。
客観的に考えてみろよ。子供を享楽と道楽のために売る親がいるのか。
これはおかしいことだ…おかしいことだ…。
いくら直向きで真面目な奴が、最後に勝つ。そう言い聞かせても、無理なものはある…。

僕たちは常に自分と自分との関係に縛られている。
誰一人心の掟を破れるモノなどいやしない。
コントロールできない、過敏な感受性、過剰な承認欲求。
これを大人は思春期ねと、わかったふりをする。
でも、そんな風にして大人はわかったふりをして蓋をして。
いざ、僕も大人になってみればどうだ…。結局、蓋をしているだけじゃないのか。

フラッシュバッカー、フラッシュバッカー。
また、思い出している。



午前10時。太陽は遅すぎる起床を遂げる。
太陽はいつでもそこにある。だけど、僕には遠すぎる。

僕は凍った地面に少しばかり意識を向けながら、淡々と歩いている。
今日はクリスマスだ。
僕はキリスト者であるという自負は1ミリもないし、神様がもしいるんだってするならば、もう少しまともな世の中にしてくれって思う。
僕は、僕はあの人たちに親をして欲しかったんですよ。
子供がそう言っちゃいけないっていうんですか。あんまりじゃないか。

今日はクリスマスだ。だから、ささやかなんだけれど、何か手の込んだ料理を作ろうと思う。
これをもし、10人とか20人とか大勢に振る舞うんだったら、また趣も違うんだろうけれど。
今は僕を含めて3人。それが僕の生活だ。
大事なお嬢さまと姉さん。一緒に暮らし始めて、10年ぐらいになる。
もちろん、ずっと同じでずっと一緒だったわけじゃないけれど…。

水の流れは絶えずして、元の水にあらず。
いくら商売が繁盛して豪華な屋敷を建てても、いずれ朽ちていく。
ものがずっと栄えた試しなどない。
都では辻風が踊り狂う。太陽が機嫌を損ねると、地表が枯れ果てる。
現代だってそんなもんじゃないのか。
今あるこの暮らしがいつまでも続くという保証など誰にもできない。
一寸先は闇というけれど、悲観するつもりは微塵もないけれど。
それでも確かな物など、何もない。この僕であってもだ。

とにかく今日はクリスマスだ。今日の僕のすることは料理を作ること、丁寧に今日を生きることだ。
どんな料理だと満足してもらえるだろうか。
あまり奇抜にしようとしてもズレているだけだし、かといって愚直すぎるのも芸がない。
何かこう、王道の中にある、手心のようなものを意識してみたい。

今日は姉さんとお嬢さま、喧嘩していないといいんだけど…。
クリスマスの夜だからってわけじゃないんだけど、でも、何というか。
クリスマスの夜を過ごせるってことは、いつもの大事な人と過ごせるっていうことは、何か意味があるような気がするんだ…。



自動販売機が光る。冬風と睨めっこするのも、ちょっと疲れてきた。
電子マネーで缶コーヒーを購入する。
100円玉で買える温もり。
ひとりぼっちの時間にワンコインだけ握りしめて、何かほっと息づく街並みに。
気だるい甘さとわざとらしい苦さを口の中に広げていく。
熱いものを胃に流し込む。息が、気道が、熱を帯びている。

少しだけベンチに腰掛ける。
乾ききっていない雪の名残が臀部に染みる。
肩を開いて、背もたれに重心を任せる。
上を見る。透き通る。冬の空は遠い。

雲にも表情がある。
夏の頃は地表から天に登るような雲が悠々と生きている。
照りつける大地と気まぐれに意地悪してみる土砂降りの雨。
雨が徐々に太陽の光で空気へと飽和していく、気だるい蒸気の感じ。

秋の頃は雲は面で広がっていく。
複雑な模様を彩りながら、乱反射していく光をこの身に受ける。
低く、広く、広がっていく。過ぎ去っていく夏は、肌にまとわりつく風にだけメッセージを残す。
秋風はどこまでも寂しい。

だから、冬は無表情だ。
どこまでも空間的に静止している空は、硬く冷たい。
太陽の光は濁った雲に誤魔化される。空はただそこにある。

今日はただ太陽の光が地表を照らしている。
空のダイナミズムな微塵も感じさせなく、冷徹な視線がただ降り注がれる。

冬の空に向かって息を吐いてみる。
口から出る白いもやが、虚しく空に届かずに拡散していく。

そうだ。今日はクリスマスだ。
この空の上に、サンタクロースは本当にソリで走り回ってくれるんだろうか。
サンタクロースが与えるものは、祝福なのか。夢なのか。
僕は子供の頃、サンタクロースに何を期待していたんだっけな…。
自分の力で手に入れることだけが、本当に人生なのか…?
サンタクロースとやらも、アメリカンドリームに触発された悲しき資本主義労働者なのかい。



買い出しを済ます。
右手には環境に配慮しましたというエコバックを携えている。
実際、二酸化炭素の排出量ベースで考えるならば、同じものを相当数使わないといけないみたいですよ…?

結局、ビーフシチューを作ることにした。芸がないと言えば、芸はない。
なんだか、毎年色々考えるんだけど、結局これを作っている気がする。
お嬢さまも変わり映えしないな、とちょっとばかしの小言をいう割には、珍しくおかわりする。
いつもエナジードリンクと、これだけ摂ってれば健康なんだと言ってマルチビタミンの錠剤をかっ込んでいるお嬢さまがだ。
チョコレートとエナジードリンクをいつも飲食してて、タンパク質取れればいいんだろう?タンパク質をと言いながら、プロテインを流し込んでいる。

いや本当に、ちょっと心配になる。
ほらみろハヤテ。PFCバランスは完璧だとか、豪語している場合じゃない。
せめて、いつも食べる朝食兼夕食は、まともなものを作り続けよう…。

ケーキは姉さんに任せているから、そこは大丈夫だ。
僕はクリスマスに誕生日にケーキを食べたことなんて、お嬢さまに出会うまで一度もなかった。
わざわざクリスマスにホールケーキを食べるのは、富を肥やしたブルジョアジーたちか、企業のマーケティング戦略に踊らされた哀れな民衆かと思っていた。
こんなことを考えている僕の方がはるかに惨めなんだけれど。
それぐらい、僕には関係のないことだった…。
僕にとってクリスマスケーキなんていうのは、作って売るものだった。
師走は色々と支払いが嵩むから、とにかく稼がなきゃいけなかった。それだけで精一杯だった。

クリスマスキャロルが流れる頃には。
ハッピーバースデイ。ハッピーバースデイ。
どうして僕の誕生してくれた日を喜んでくれる人もいないのに、よくわからない国の知らない神様の誕生日を祝うのか。
ただ、僕は…。ただ、僕は。

今日はクリスマスだ。
屋敷に戻ろう。



君は賢者の贈り物という話を知っているか。
その月のアパートメントの賃貸料を支払うのもいっぱいいっぱいの夫婦がいる。
その暮らしぶりは裕福とは言えないし、必要なものだけで生活している。
だけど、クリスマスの夜には祝福がある。
男は女の美しい髪の毛のために、髪飾りを買う。
自分の大切な懐中時計を質屋に入れて。
女は男の素敵な懐中時計のために、鎖を買う。
自分の大切な髪の毛をカツラを作る材料として売り払う。

夜。お互いはお互いにプレゼントを贈ろうとする。
だけど、どこか変だ。その理由を知る。
お互い、バカね。と言いながら、それでもどこか幸せだ。

分かち合うこと。贈り合うこと。
こういうことに意味があるんじゃないのか。

僕はたまに自分が一体、何をしてこれただろうかと考える。
僕がしてきたのは日々の生活のわずかなお金を稼ぐために、自転車操業していただけなのか…?
身分を偽って働く。稼ぐ、3人分の生活をなんとか成り立たせるために。
僕が少しでもまともに生きていけるように、普通であるように。せめて高校生でいられるように。

夢投資なんてしている場合じゃないんだよ。
もっと現実を見ろ。早く、僕の前から過ぎ去ってくれよ。

フラッシュバッカー、フラッシュバッカー。

それでも僕にとっては親だったんですよ。
こんだけ文句を言っても、だらしなくても、愛してくれなくても。

今日は、今日はクリスマスなんだ。
今日のクリスマスのことだけを考えよう。



屋敷に着いた。
建物の扉を開けると、暖気が吹き抜けていく。
匂いが扁桃体に染みる。思考が整っていく。
僕は安っぽくもない、サイズも合っていないわけでもない、外套をクローゼットにしまう。
そこには丁寧にアウターが陳列されている。
僕には過剰すぎるぐらいいいものらしいけど…。
正直、どれだけの価値があるのかはよくわからない。

あるクリスマス。お嬢さまは僕にコートを無造作に突き出した。
お嬢さま曰く、昔お前が着ていた見すぼらしいコートも、お前らしくてまあ好きだったんだけれど。
三千院家の執事としては、ちょっと鈍臭すぎるなと。
元々お前が持っていたコートは私が大切にしておくから、必要な時が来るまでは私の、このコートを着ているといい。
そうぶっきらぼうに言った。
そのコートは肌触りが良くて、軽くて、なんだか暖かかった…。

そのコートを丁寧に着続けている。
数年前、上でのところが不意に破れてしまったのだけれど、姉さんが魔法みたいに直してしまった。
10年間着続けたコート。味が出てきた、なんてこともないんだけれど。
姉さんからもらったマフラー。お嬢さまからもらったコート。
愛ってなんだっけ。

今日はクリスマスだ。
さて、お嬢さまが寝ている間に、料理を仕込んでしまいましょう。



あまり豪勢にするとお嬢さまが嫌そうな顔をするので、ささやかに装飾をすることにした。
おいおいお前らは、富を蓄えたブルジョワジーかと。ネロとパトラッシュに申し訳なく思わないのか。
企業のマーケティング戦略に踊らされた哀れな大衆め。と大真面目に言ってくる。

電飾も豪華にすると、おいおい。地球温暖化って知ってるか? 今、お前たちは二酸化炭素を排出しながら、意味もなく電飾を光らせてるんだぞと言う。
もしかして、陰謀論とか信じてるんじゃないだろうな。フランス現代思想に浸りすぎたか? ポストトゥルースか? と丁寧にぐちぐち言ってくる。
僕は構わないんだけど、それで姉さんとお嬢さまが喧嘩し始めたら、ちょっと勿体無い。
そうやって過ごしたクリスマスが何回あったことやら…。

もうすぐ時計は15時を指そうとしている。
いつものパターンだと、16時過ぎぐらいにノロノロと起き始めて来る。
生活リズムは昼夜逆転してるんだけど、お嬢さまは元々ロングスリーパーな所がある。
寝起きは頭がいつもの状態になるまで1時間ぐらいはぼんやりしているし、このタイミングで姉さんと一悶着あるともう御しきれない。

18時ぐらいには全部完成すればいいな。
本当はプレゼントも買いたかったけど、プレゼントとか言い出すと、まだお嬢さまが色々言うから…。
数年前から断念した。



姉さんから連絡があった。
外回りの仕事が終わって、ケーキの調達をしたら戻ってくるそうだ。
大体、17時過ぎぐらいらしい。

僕はテーブルクロスを少しだけ丁寧に設置する。
クリスマスと言っても特別何かをするわけじゃない。
いつものように皿を並べる。いつものように料理をする。そこに少しだけ手心が加わる。
丁寧に、淡々と、丁寧に。

なんとなく頭によぎる。
愛すると言うことは技術らしい。
愛すると言うことは、恋愛マニュアル本じゃないし、愛すると言うのは愛されるということではない。
愛するっていうことは、孤立の解消なんだって。

寂寞した思いが募る。
生きていても、誰かと一緒にいても、人は孤独足り得る。
急ぎすぎた世界の過ちを取り戻そう。



食前に飲む紅茶を選び始める。
今日ぐらいはお酒でもいいのかしら…?



クリスマスツリーなんか飾ったら、嫌がるかなあ?
でも、せっかくなんだからいいですよね。



雪が降ってきた。
この降り方は積もりそうだなあ。
明日は雪かきかあ。



17時。全ての準備は終わった。
あとは姉さんが帰ってきたら、お嬢さまをリビングに呼んで…。



「ハヤテ君、今戻りました。遅くなってすみません。」
「いえ、姉さん。全然、大丈夫ですよ」
「本当にごめんなさいね、準備も任せっきりで。今日のクライアントが妙に引き伸ばしてくるものだから…。でも、その分ケーキには期待しててくださいね」

「なんだ、お前ら。今日は妙に張り切っているな。…ん? そうか、今日はクリスマスか。妙に10連ガチャが無料になるわけだ」

「ナギ。また、あなた今起きたわね。いつも言ってるでしょーー」
「まあまあ、いいじゃないですか。姉さん、お嬢さま。今、食事の準備をしますね」

「今年もビーフシチューか。ハヤテ、お前ってやつはいつも変わり映えのしないやつだな」
「ははは…」
「…でも、それがいいところなんだぞ」

「お嬢さま、なんだかクリスマスっぽいことをしたくなってきましたよ…! まずは、ジャズ。クリスマスっぽいジャズを流しましょう!」
「おい、そんな無宗教を気取る日本人に相応しくないことをするな。そもそも、日本にクリスマス文化が定着したのはーー」
「ナギ。またそんな捻くれたことを言って。」
「いやいや、マリア。これは大切なことだぞ。そもそも日本の思想史というのは、神道と儒教と仏教がだなーー」
「お嬢さま、今年のビーフシチューの味はどうですか? 今年は少しだけ変えてみたんですよ」
「…悪くない」

「お嬢さま。食事が終わったら、今年は姉さんがケーキを準備してますからね」
「ケーキだなんて、そんな脂質と糖質爆弾をーー」
「文句を言うなら、いいですよ」
「お嬢さま、今日ぐらいはチートデイですよ。チートデイ。気にせず食べちゃいましょう!」
「うむ。お前がそこまで言うなら、食べてやらんこともない」
「なんですか、その言い草は。前から言おうと思ってたんですけれどーー」
「まあまあ! 今日はクリスマスですから! よーし、僕、気分が乗ってきましたよ! 一発芸でもしちゃおうかなー!」

これでいい。これがいいんだ。

ハッピーバースデイ
ハッピーメリークリスマス

ハッピーバースデイ トゥー



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