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お灸でNight

 「にんにく灸?」
 「にんにくのにおいする?」
 父にきくと、父は自分の鼻先に銀色に光る灸を持っていき、それからわたしの鼻先にそれを無言で突きつけた。
 嗅ぐ、がなんの匂いもしない。
「なんもにおいしないね」
「ね、なにがにんにくなのかね」
 母と頷き合う。

 わたしの自律神経が若干乱れたもので、母はそれを整えるべく色々な方法を模索してくれた。
 結果、わたしが週末実家に帰ると迎えに来てくれた流れでドラッグストアに寄り、灸のコーナーに連れて行かれ、火を使わない灸を購入することになった。ダルビッシュ選手も試合の前には時間を逆算して肩のツボに貼るらしい、というのは母曰く。
 実際おへその指一本分くらい下に貼られた火を使わない、シールタイプのお灸は小さいながらにとてもパワフルで、猛暑とクーラーで体温調節が効かなくなったわたしの体をぽかぽかと良い具合に暖めてくれた。
 そうすると、火を使うタイプにも興味が出てくるのが我が家なのだ。
 父が買おうと鶴の一声を発して購入されたせんねん灸オフ(そういう商品名なのね)は、興味津々で試された。それが先週末。
 んでそれが効くし、なにより3人で火を囲みじっとしているのがなにやらくふくふと楽しくて、ほかも試すべく買ってこられたのが今週のにんにく灸だった。
 
 にんにく灸はすこしもにんにくのにおいはしなくて、先週同様もぐさの香りがたっぷりと部屋に広がっていた。
 わたしは先週ビビって火を使うタイプのお灸をしていなかったので、まずはとノーマル火を使うお灸を手のツボにのせる。合谷。一番よく押す万能のツボ。
 自分の体調と向き合うことが多かったので、わたしは何故かツボに詳しかった。一応スマホで調べながら、父と母にツボの場所と効能を教える。普通のが金、にんにくが銀。キラキラのお灸のまんまるがちょこんと3人の上で光る。
 
 メッキの光に、火の光。
 黒のなかにちいさな赤い点。
 父曰く、八〇〇度を超える色。

「にんにく灸のほうが熱いよ」
「ほんとだ、じりじりする」

 父と母はにんにく灸を試している。晩ご飯にもにんにくのホイル焼きが出ていた。畑にもにんにくが植わっている。吸血鬼なら号泣ものだろう。

 クーラーに背を向けて、もぐさの香りを顔面に受けないよう三人でみな台所のほうを向く。
 
 焼き肉の炭、君のたばこ、いつかするはずだったキャンプファイヤー。そんなチープな蹴ってしまいたい思い出を再生する間もなく、もぐさは燃える。手の甲から体に巡ってゆき、ふんっと眠気が唐突に訪れる。
 
 それぞれの手から煙りがたなびいて白い壁に消えていく。
 肺にいっぱい、かおりを貯め込む。

 ねむい。

 母が「お灸でナイト、とかいタイトルでエッセイ書けるんじゃない?」なんて言ってくる。
 ねむくて、ふにゃっとわらう。

 リビングのフローリングの上に畳。ごろりと寝転びたいのを我慢して、父にお灸を外してもらう。
 お灸の台座がちょっと熱いからやってもらう。母もやってもらってる。

 とろとろに瞼は重くて、この時間はすごく楽しくて尊くて、でも母のネーミングはすっごく小林製薬で。


 チープ、ばっと、あいらぶいっと。


 それが楽しい我が家であった。

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