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【連載小説】No,4 営業初日、無事終了

 最初のお客さんが帰った後、しばらくの間、店内に足を踏み入れる者はいなかった。
 そこで私は前の店主のマダムと同じようにカウンター奥の椅子に腰かけ、たっぷり淹れたハーブティーを楽しむことにした。キッチンにはいろいろな種類の茶葉が揃っていて、選ぶのが楽しい。今日はローズヒップにした。お茶請けは近所のスーパーで安売りしていた昔懐かしい動物の形をしたビスケットだ。
 とは言え、ただお茶を飲んでぼうっとしているのも暇なので、まずはクロに勧められた通り顧客名簿に目を通しておくことにした。
「えーと、さっきのイケオジの名前は…………あった、ビフロンス伯爵。これまでに購入された品物は薬研……って確か、草をゴリゴリすり潰して薬を作る昔の道具だよね。それから宝石の研磨機!? そんな物まで売ってんの?」
 記録を眺めながら、無意識に「へぇ」とか「ほぉ~」なんて声が出てしまう。
「新しいお香と香炉のセットを定期購入しているのはダン……ガン、ダルヴァ様?」
 名前はきっと覚えられないな、と半ば諦めた。
 外国人の名前は苦手なのだ。
 そうしてため息を漏らしつつ帳簿を捲っていると、やがて再びドアベルがちりんと鳴った。
「いらっしゃいませ」
 今度こそ怖い人じゃありませんように、と祈りながら立ち上がる。
 二人目のお客さんは俯き加減で歩く和装の女性だった。白い着物に白い袴、一つにまとめた長い髪。神社の巫女さんのようだ。年齢はよく分からないけど、わりと若そうな感じ。神主さんにお使いでも頼まれたのだろうか。
 そのお客さんも伯爵と同じように店内を見回すことなく、まっすぐカウンターまで歩いてきたので、まずは注文を伺うことにする。
「何かお探しでしょうか」
「ご祈祷に使用する札五枚と墨を一つ」
 予想より低い声音で、素っ気ないほど端的な答えが返ってきた。
「畏まりました」
 私は慌ててカタログを開き、店の棚から品物を出してきて女性客に見せた。
「こちらでよろしいでしょうか」
「はい」
「合計で3万5千円になります」
 この店の商品、どれも結構お高い。魔道具の市場価格なんて調べようもないから、これが適正価格なのか、はたまた他と比べて高いのか安いのか、そもそも他にも同じような店があるのかさえ私には不明なんだけど。
 巫女さんはその値段に特に驚いたようすもなく、懐から巾着を取り出し、カウンター上のトレイに紙幣を置いた。
 財布ではなく巾着。時代劇みたいだ。
 エコバックも持っていないようなので袋要りますかと尋ねたら「心配ない」とだけ答えて、左右の袂に札と墨の壺をそれぞれ入れて帰っていった。少しも足音を立てずに。
「今のは式神だね。どこかの術者が使いに出したんだろう」
 猫ベッドでくつろいでいたクロが猫らしい仕草で伸びをしながら教えてくれた。
「式神?」
「術者が紙の人形を依り代にして使い魔を使役しているんだよ」
「使い魔……ヤバい奴?」
「いや。単なるお使いだから。ちなみにこの国で一番有名な術者は安倍晴明かな」
「さすがにその名前は知ってるわ。神社があるし」
「そういう系統だと思っておけばいいよ」
 当分慣れないと思うけど、人の姿で来てくれるだけまだマシかな。
「……客層の幅が広いんだね」
「この店は老舗だからね。めずらしい場所にあるし」
 やはり他にも店舗はあるのか。
「街中じゃなくて住宅街にってこと?」
「いろいろな世界とつながる『狭間』に位置しているって意味さ」
 今度はオカルトやファンタジーというよりSFみたいになってきたぞ。
「だから人間界で暮らしている術者だけでなく、めずらしいお客さんもここに足を運んでくださるんだ」
 うーん、分かるような、分からんような。違う次元から来てる的なことなのかな。この世界に魔王軍いないし。……まぁどうせ深く考えても怖くなるだけだから、このあたりで止めておこう。
 私はその後もしばらく顧客名簿や商品カタログとにらめっこを続けた。

 次に来店したのは御者の格好をした男性で、汚れ防止の刻印が施された伸縮可能なカーペットを購入していった。外出先でご主人の靴や衣服を汚さないようにするための品を探していたらしい。最初に要望を伺ったときにはあれでもないこれでもないとカタログをひっくり返して大騒ぎだったけれど、見つけた一品にお客さんは大満足。
 ペンライトぐらいのサイズの物をポケットから取り出すだけで、ハリウッドスターが通るような真紅のカーペットがパッと道に広がるんだから魔法ってめちゃくちゃ便利だよね。しかも汚れないから、そのまますぐ仕舞えるなんて最高すぎる。未来からやってきた設定のネコ型ロボットもきっとびっくりだわ。
「こんな便利道具も扱ってるんだね。これ普通の店で売り出したら、すっごい騒ぎになりそうじゃない!?」
「魔力がないと扱えないけどね」
「……あ、そっか」
 基本のキを忘れておりました。
「でも確か、一般人でも魔力がある人は結構いるって聞いたような」
 だから私がめずらしいのでは?
 すると、クロは首の鈴をちりんと鳴らして頷いた。
「まぁそうだね。ただ力だけあっても、使い方を知らないと意味がないから」
「道具を扱えるかどうかは別の話か」
 危うくのび太を量産してしまうところだった。

 そして三人目のお客さんは日が暮れる時刻になってやってきた。
 これまでと違って、その人物は入り口付近に立ち止まったまま、戸惑ったようすで店内をあちこち見回している。どうやら常連客ではなさそうだ。
 少し根暗そうな男子大学生、に見える。
 服装もごく平凡。
 まさか間違って入ってきちゃった普通の人か、と思ったんだけど。
「あのぉ……すみません」
 その人が申し訳なさそうに口にした注文は全然普通じゃなかった。
「影を捕まえる道具をください」
「………………」
 私は黙ってクロに視線を移した。
 気づけば近頃すっかり毛艶のよくなった美しい黒猫が、カウンターの端でゆっくりと身を起こす。
「あるよ」
 あるんかい。
 ただし、あんまり使い勝手がいいものじゃないんだけど、とつぶやきながらクロは青い宝石みたいな瞳で青年をじっと見据えた。
「……呪詛をかけられたんだね?」
「ええ」
「期限は?」
「一週間です」
「結構短いね」
 私には全然なんのこっちゃ分からないけど、会話が成立しているから二人はちゃんと通じ合っているのだろう。
「物は試しで使ってみるかい? 店主、方位磁石のページを探してみて」
「……分かった」
 なぜかクロはいつものように琴音と名前では呼ばず、私のことを店主と呼んだ。
 なにか理由があるのかな。後で訊いてみよう。そう思いながらカタログでページを検索する。
「えーと、方位磁石…………魔力探知増幅用、魔石探索用、ダンジョン出口探索用!? それから……自分探し羅針盤……失われた自分自身の一部を取り戻すためにお使いください、だって。これかな?」
 ネーミングセンスがすごい。用途もすごい。誰が考えたんだ、これ。っていうか、作れちゃうのがすごいわ。
「それをお願いします」
 青年がやや安堵した表情で告げたので、私は棚から商品を取ってきてカウンターに置いた。ちょうど大人の手のひらぐらいのサイズの方位磁石だ。ただし肝心の方位を示す針が付いていない。代わりに何かの文字が描かれた盤の真ん中に大きな石が埋め込まれている。これも魔石の類だろうか。
 中央の石はさっき伯爵が持ち込んだ瑠璃色のものと違って黒曜石っぽい見た目だったけど、青年が磁石を手にした途端、きれいに透き通って淡い光を放ち始めた。
「おおおっ……魔石っぽい」
 思わず感嘆の声を上げたら、っぽいんじゃなくて上等の魔石を使ってるから、とクロに小声で窘められた。
 ……ハイ、すみません。
 その光に照らされている青年の足下に影はない。
(物静かで控えめそうな感じの人なのに、誰に呪われたんだろう)
 石が放つ輝きはやがて一本の光の矢となり、まっすぐに一方向を示し始めた。羅針盤の針の代わりだ。
「これで、なんとかなりそうです。ありがとう」
 きっとその先に彼が探し求めているものがあるのだろう。
 青年はじっとその方向を見据えてから、会計を済ませ、店を出ていった。
 どうか無事に危機を乗り越えられますように。
「本当にいろんなお客さんが来るんだねぇ」
「なかなか面白いだろう?」
「……うん、そうだね」

 魔道具店営業初日、この調子ならなんとか無事に乗り切れそうです。
 でも困ったことが一つ。
「閉店時間まであと三時間か…………お腹がすいちゃうなぁ」

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