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40 銀座修行

 まだ社会人駆け出しの頃、師走に雀の涙程のボーナスを手にして、男3人で銀座のバー巡りをしたことがある。提案者は同僚のH、話に乗ったのは私と同じく同僚のTだった。
 Hが小脇に抱えた銀座のガイドブックを頼りに、まず洋食の老舗煉瓦亭でお腹を満たしてから向かった1軒目は、確かバーテンダー協会か何かが運営するカウンターバーだった。注文を聞かれたHが口にしたオーダーは、棚にずらっと並ぶボトルに緊張したのか、何と「ハイボールの水割り!」。怪訝そうな顔をするバーテンダーにすかさず脇から「ハイボールを」と訂正するも、直ぐに「何を割りますか?」の声。辛うじてバーボンを指定してほっとするHに「銘柄は?」の三の手。正面の棚にある酒瓶を指さしてようやく事なきを得た。前途多難?
 2軒目に向かったのは、ジャズのライブが売りの店(サテンドールだったか?)。週末の店内は既に盛況で、何とか人数分の席を確保して一息。少しずつ銀座の雰囲気にも慣れて気持ちもほぐれてきたのか、3人はいつもの四方山話に花を咲かせていた。いつの間にか演奏が始まっていて、お店の人が耳元で囁いて曰く「ライブを楽しみに来られているお客さんもいらっしゃるので、もう少しお静かに願えますか?」お恥ずかしい…。
 3軒目に向かったのは交詢社ビルの1階にあったサン・スーシー。店名はフランス語で「憂いなし」の意。お店を覗くと満席で、着物を着た女性が若造の私たちにも丁寧に接してくれた。暫く待って案内されたのは店内の角に設けられたL字型のカウンターで、中に名伯楽という感じの柔和で高齢のバーテンダーがお一人。マティーニを注文するとロックでいいですか?と聞かれ、初めてオンザロックのマティーニを飲んだ。ミキシンググラスから注いだお酒に、最後に霧のようにサッと絞りかけたレモンピール。鮮やか!
 その後もう1軒寄った気もするけど記憶がない。暗い路地裏でガイドブックを確認して、最後に行ったのはオーナーが一人で経営する照明を絞ったカウンターバーだった。いい加減酔いが回って気持ちも大きくなっていた私たちが、最後に頼んだのはワイルドターキーのロック。当時、ワイルドターキーは木箱に藁が敷かれ、ボトルにはターキーの羽が1本添えられて1万円で売られていた。銀座のバーで飲む値段は推して知るべし。オーダーを聞いたマスターが諭して曰く「お兄さんたち、まだ若いんだから、そんなに無理しなくてももっと安くて美味しいお酒があるよ」。そう言って出してくれたのはオールドグランドダッドだった。沁みたなあ…。
 そんなこんなで3人の銀座修行は無事?終了。どうやって部屋に帰ったのかは全く覚えていない。

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