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短篇小説「あの人にあいたいの~入れ替わり~」3/3

「まさか」
「本当です。どうやら、運転手は飛び出した子供を避けようとしたらしいんです。ところで、運転していたそのご主人は先に船に乗られましたが、女性は生還することになっていたのです。それなのに、早とちりですね、夫を追いかけて乗船してしまわれたようです」
事情を聴いて私は顔を上げた。
「早とちりじゃないわ。きっと、離れないって決めたのよ。自分で決断できる人だと思うもの」
私は、何年たっても色あせないその刻まれた記憶の女性のことを想って確信した。

「そこでご相談なのですが、あなたの臓器が必要になってきます。あの方が行ってしまったわけですから、誰かがあの方にならなければなりません。それをあなたに、、、」
「いやまって、私は私として戻るってことできないんですか」
「残念ですが、これはもう決まってることでして、誰にもそこは変えられないのです。あなたが臓器を提供することによって、あなたは生還し、まあ、こんな形にはなるのですが、あなたは自分自身としてその女性に会うことができるわけです」
「わかってないわ。私はあの女性に今更なりたいわけではなくって、どんな生活を送ってどんな風に生きているのかを知りたかっただけなのよ」
「ええ、でももう旅立たれましたから」
私はわけのわからない混沌の中で混沌としたまま肩を落とした。

「もう一度やってみませんか、その女性として。もう一度、その女性の肉体を通してあなたの誠実さを発揮してはみませんか」
ああ、もう魂だけになってるからすべての思考が見えているのね、とあきれながら私は思いもよらない新しいチャレンジに挑む気持ちになっていた。
おまぬけ感満載な今までの自分の方がよっぽど気楽だったな、と思いながらもこれも運命だと思って船着き場からまた船が出てゆくのを見送った。
そうして先に行ってしまったかつての肉体の持ち主に一礼した。
「もう一度やってみます。私なりにやってみます」
係員は書類にまた何かを記入すると、私の手を握って「お気をつけて」と言ってくれた。

今日私は打ち合わせに出向いて、クライアントに「コーヒーでいいですか」とたずねられたけれど、「出来たら紅茶を」とお願いした。
「この頃どうしてもコーヒーを受けつけなくって、好みが一変してしまったのです」
「気になさらないで、私の妻も紅茶好きでしたので、いつの間にか私自身も紅茶党になってしまったのです。いいセイロンティーがありますよ」
そのクライアントはとても笑顔の素敵な人で、私はこれならこの仕事もうまくいくんじゃないかと思ってうれしくなった。
私にだっていろんなことはあったけれど、いえ、だからこそ小さな瞬間もおろそかにせず、私自身を楽しみたい。
だっていつか朝露のように消えるこの命ですもの。

おわり
⁑🍐青島ろばの小説詩集Season4に突入します。そのあと、また短編を出したいと思っています。青島ろばの純文・気分です。⁑

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