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短篇「君を見つけてしまった」1/8

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 廊下のイスに腰掛けると、奥のカウンターで職員と話している女の子が目に入った。
 紺色のダッフルコートを着ている。
 レポートの文献を読み始めたけれど、再び彼女に視線を移した。なぜって、彼女は中途半端に伸びた髪を肩にはね返られているのだけれど、カウンターの向こうに乗り出して何かを訴えているその姿がとても果敢だったから。
 職員が何度もパソコンを覗きこんだり首をひねったりしている。難題を突き付けているのかもしれない。そんな一つの光景が、彼女の生活ぶりをギュッと凝縮しているように思えて僕は見とれてしまったのだ。

 彼女が「バーイ」と言うとこちらに向かってきたので、僕はあわてて視線を落とした。それから廊下を曲がって行くとろまで見送った。
 中庭の窓に近づくと彼女がマフラーを巻き付けながらつっきて行くのが見えた。肩を怒らせてのしのしと歩いて行く。それを見送りながら、もうこれっきり会えないんじゃないかって気がしてきてなぜか寂しい気持ちになった。でも、学生課にいたということは彼女もここの学生なわけで、学校にまじめにきていれば、どこかでまた会えるはずなのだ。

 僕は今朝気になる夢をみていて、それがこんな風に小さな不安を掻き立てているのだと思う。
 夢の中で僕は学校へ向かう坂道をズンズン上っていた。
  現実の僕の学校は平坦な場所にあるのだけれど。
 とにかく僕は、正門を通ってますますズンズン上って行った。
 正面に図書館があって中へ入る。すると貸出し口の係員が「シオリをお探しですか?」って僕に聞いてくるんだ。なんのことか分からずそのまま書棚に進んだ。
 無作為に選んでぱらぱらとめくっていると、そこにシオリが挟んであってこのことか、と思う。けれど、それを手に取ろうとした瞬間はらりと落ちた。慌てて辺りを見回したけれど見当たらない。いったいどこに、と思っていると、本のページが風もないのにパラパラとめくられていく。
 もうマークされていたページも分からなくなってしまった。
 貸出係が駆けつけてきてきて一緒になって探してくれたけれどシオリは見つからない。夢中で探しているうちに目が覚めた。
 つまり、そんな風に大事かもしれない何かが手元から消えてしまうような、そんなデジャブ感があった。

 つづき

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