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短編小説「パパの恋人と赤い屋根の家」3/6

♢短編小説をこま切れに?分けて…これがその3回目です。短編を分ける?伝わるかしら?でもそれが青島ろばの純文気分です。その短編を「異界の標本」としてまとめていきます。

「パパの恋人と赤い屋根の家」3

私の中に、気の重い何か引っかかりのようなものが沈殿していて、とても質量を増しつつあることに気付いた。
「何か言いたいことがあるのじゃないかしら?」
パパの恋人が振り返った。
「言いたいことなんて、まさか。ただ申し訳なくって。もうすぐ籍も入れるのでしょ、だのに弟が落第だなんて。それにミサちゃんまで病気になってしまって」
話しながら、どちらもパパの恋人にとっては関係のないことかもしれないと思い始めながら、それでも私は私なりに平常な状態でパパの恋人を迎えた方がいいと思うわけで、だから申し訳なく思っていたのだ。
「成績とか、病気のことはすぐに解決することではないでしょ。流れに任せるしかないでしょ」
私は「ええ」と言ってほほ笑んだ。
たぶん私は家族の何か足りないところを、正常であろう形に補おうとせっぱ詰まっているのだと思う。

「ねえさん、人間って何で出来ているんだ。血と肉と心臓か」
ミサちゃんの見舞から帰ってきた弟が不意に質問した。
「それに脳かしら」
「そのうちの何が一番大事だと?」
「バランスじゃない。どれが欠けていても不健康なわけで」
「でも決定的じゃなければ生きているだろ」
「苦しいけどね」
「それが今のミサ子なんだ」
「うん」
私達はリビングから小さく見えるマンションを見下ろしていた。
私達がこれまで暮らしてきたところだ。
そのマンションの窓が妙にクッキリと見えてきて、まるでぎょろりと見開いた目のようにも見えるのが気にかかる。
「ミサちゃんは運のいい子だし、お医者さまもついているよ。それよりあんたの成績の方が問題じゃない」
実際、幸福から不幸を引くと残りはみんなおんなじなんだって思っていてもなお、私から見たらミサちゃんは運のいい子なのだった。だから回復しない想像は出来ない。
「俺だってちょっとバランスを崩しているに過ぎないよ。姉さんもだろ。ただ姉さんは、血と肉と心臓では出来ていない」
マンションを見おろす弟の横顔を見た。
「姉さんはね、恥と恐れと怠惰からできているのよ」
「興味ぶかいね」
「だけども、最近もっと重要な要素が見えてきた。皮膚だよ」
そう、私は重苦しい灰色の皮膚に覆われているのだ。
「どんな皮膚さ」
「その皮膚はね外からやってくる。いったんそれに覆われると、私じゃない私を押し着せられるんだ。そして理不尽な支配下に落ちるんだよ」
「皮膚の割合は姉さんのどれぐらい?」
「10パーセントってところかしら、でも覆われたら全部灰色になってしまう」
全部だ。
「ミサ子の中は今、病魔と不安でしめられているんだよ」
私はミサちゃんの中にもくもくと広がっていく暗雲をじっと凝視したけれど、我に返ってその重荷を置いた。

次につづきます。

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