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短編小説「パパの恋人と赤い屋根の家」5/6

◇短編小説をこま切れに?して…これがその5回目です。短編を分ける?伝わるかしら?でもそれが青島ろばの純文気分です。その短編を「異界の標本」としてまとめていきます。

窓枠の向こうの強い力に吸い決まれる。
帰ってきたのだ、と私は思った。何かを一気に超えて古巣のマンションへ戻ってきたのだと。でも、あたりには誰もいなくって、弟やパパやママの姿をさがした。
「気のせいだったんだ。もうこの空間には誰もいないし、何もないんだ」
私はかつてしたようにリビングの窓から赤い屋根の家を仰いだ。
時は感傷なしには戻らないんだ。私はうな垂れた。
「おねえちゃん」
誰かの呼ぶ声が聞こえる。
そっと振り返ると、ミサちゃんが立っていた。
パジャマ姿です。ミサちゃんは私と並んで同じように丘の上の家を見上げた。
「病院は?」って言いかけると「飛んできたの」と言う。
「飛んで?」
「どうしてもここに来たかったから」
「ごめんねミサちゃん、お見舞いに行かなくてさ」
「どうして来なかったの?」
「行ったらさ、みんな押しかけていったらさ、かえって、深刻じゃないかってかんぐるんじゃないかと思ってさ。かといってすぐにいかないのも親戚としてどううかってとこもあって迷ったんだけどさ」
「考えすぎだよ、いつもお姉ちゃんは」
そっとのぞき込むと、ミサちゃんは微笑むように光っていて美しい。
いとこは「おねえちゃん」って呼ぶけれど、ミサちゃんの方がいつだって姉のようなのだ。私の中の鏡にはそう映る。
「あなたってきれいね」
ミサちゃんに本心を言った。
「ドラマなんかでね、あの子がこんなことになるならもっと遊んであげればよかった、なんていうシーンを見たことがあるけど、今ならわかるの。私も油断していたからやることがいっぱい、山積みなの。でもだからといって、失うことだけに集中しなければいけないのかしら、なんてそこに集中していたら、突然、私自由になたったの。私って自分のことをこんなに愛してたんだってわかったから。だから、きれいって言われてうれしい。でも、言われることは重要じゃない。言われなくったて、私はきれいになれるのよ」
私がいままで、つまり親戚づきあいとしてみていたミサちゃんと目の前にいるミサちゃんは違っていて、初めて触れたような気がしたのだった。気がとがめた。
「弟がね、いいおじいさんが悪いおじいさんに犬やら、臼やら言われるままに与えて、とんだ自己陶酔だっていってたけれど、ほら例の昔話よ。よく考えたらさ、いいおじいさんはいつだって持っていて失うことはなかったんだよね」
「何一つ失っていない」
「悪いおじいさんの方はどうだったのかしら。失うばかりだったけれど、そもそも持っていなかったのかしら」
「確実に持っていたと思う。保証するわ。持っていたのに隙間の方にしか目がいっていなかった」
「それで失い続けたんだ」
「それも忙しそうにね」
一緒に笑った。私はハタと二人の今、を幸せに思う。
私達は並んで赤い屋根の家を眺めた。パパの恋人がこちらを見下ろしているのが見えた。
しばらくしてミサちゃんが飛んで戻っていくのを、私は見送った。
私もものすごい力を振り絞って、丘の上の家へと時空を超えた。

次につづきます。次が最終回のはずです。

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