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(小説)八月の少年(十二)

(十二)山奥
 ベルが鳴り止み、列車はせみしぐれ駅を後にした。列車は林から森へ、森から山へと奥深く入っていった。いつしかせみしぐれも聴こえなくなり、木々の葉は色づき、色づいたかと思うとあっという間に枯れていった。まるで夏から秋へそして晩秋へと足早に季節が駆け抜けてゆくように。わたしは肌寒さを覚えた。日が沈み列車はまっ暗な山の中を走り続けた。
 ふと列車が止まった。急ブレーキがかかったような止まり方だ。わたしはよろめいた。
 どうしたのだ?
 と、車掌が慌ててやってきた。車掌は何も言わず列車のドアが開くと外に出た。外は寒かったがわたしも車掌の後に続いて外に出た。
「どうしたのだ?」
「わかりません」
 車掌は息を切らしながら答えた。車掌とともに先頭車輌へと向かった。車掌の足は速くわたしが先頭車輌に着く頃には、車掌はもう原因を見つけていた。
「これですね」
 見ると列車の車輪に金網が絡まっていた。
「しばらくお持ち下さい」
「どうするのかね?」
「取り外すしかありません。今道具を取って来ますので」
 車掌が列車の中に消えた後、わたしはまっ暗な山の景色を見回した。
 おや?
 どこからか何か物音が聴こえた。遠く。
 何だろう、あの音は?
 音のする方向に目をやると微かではあるが光が見えた。わたしは出来る限り目を凝らしそれを見ようとした。
 何だろう、こんな荒涼とした山の中で。
 道具を持って戻ってきた車掌に光の方角を指差し尋ねた。
「わかりません」
 素っ気なく答えると車掌は車輪に絡まった金網を取り外し始めた。わたしはぼんやりと車掌のやる作業を見ていた。車掌が作業する音と遠くから聴こえて来るあの音とが妙に重なりあってわたしの耳に響いた。やがて目の前の車掌の発する音が消え、遠くの音だけがわたしの耳に鮮明に聴こえてきた。
 ん?
 音と同時にさっき一点の光でしかなかった音のする場所の光景がなぜかはっきりと見えてきた。


 そこでは夜の乏しい灯りの下、無数の男たちが忙しなく働いている。
 工事現場だ!
 周りにはすでに工場や大学の研究所のような建物がそれは無数に大規模に建てられていた。
『ほら急ぐんだ』
『もたもたしてると来年の春までに間に合わないぞ』
 現場を指揮する男の叫び声が聴こえてきた。
 来年の春?
 何をそんなに急いでいるのだ?こんな夜中まで働かせて。
 しかもこんな山の中に一体何を建てているのだ?
 吹き荒れる木枯らしの中で寒さに震えながら、ふと予感のようにわたしの脳裏にひとつの言葉が浮かんだ。
 マンハッタン計画。
 ぶるる。全身が震えた。
 わたしは浮かび来る疑問を解明したくて無意識に歩き出した。その音と一点の光の場所へと。

 その時列車の汽笛が鳴った。わたしは我に返った。
「出発でございます」
 車掌が静かに告げた。
「そうか」
 仕方なくわたしは列車へと戻った。

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