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(小説)八月の少年(七)

(七)白い家
 再び光が差した。トンネルが終わったのか?静かだった。どうやら爆発音も鳴り止んだらしい。今は列車の音だけが聴こえている。窓を見ると、おや?都会の街並みがそこにはあった。何処だ?しっとりと落ち着いてまるで秋のたたずまいではないか。落葉が風に舞い枯葉が街の通りを覆っていた。枯葉?枯葉だ。
 しばらくすると白い巨大な建物が遠くに現れた。列車は大きな公園の中をその建物に向かって走っているようだ。長袖姿の人たちが紅葉した公園の木々の間をゆっくりと歩いている。散歩でもしているのか?何時?懐中時計を見ようとしたが針が止まっているのを思い出し止めた。おそらく昼下がり位なのだろう。みな涼しげに歩いている。まさしく秋の午後ではないか!いつのまに夏から秋へ?わたしは半袖シャツから露出した腕に肌寒さを覚えた。
 おや、向かい側のシートにひとりの男が座っていた。いつのまに、誰だろう?今度は誰だ?わたしは不安を抱いた。窓を見ると列車は白い巨大な建物の前を通過する所だった。その建物の名前はこう記されていた。


『白い家』

「大統領!」
 突然向かい側のシートに座っていた男が叫んだ。
 大統領?何だ、それは?
 わたしは驚いて男を見た。男はじっとわたしを見ていた。他に人などいるはずもない。夢でも見ているのか?それともわたしに向かって叫んだのか?大統領と。ところが。
「何だね?」
 わたしはその男に向かって答えていた。またも無意識のうちに。あの時と同じだ。あの科学者Sに向かって無意識に答えた時のように。しかしなぜわたしが大統領なのだ?なぜ大統領でなければならないのだ?けれど男に向かって答えた瞬間に、確かにわたしは大統領だった。さっきわたしが過去のわたしであったように、今は大統領としてここにいた。だからわたしは目の前の男が大統領顧問だということもわかった。自然にというか直感的にわかるのだ。
「これをご覧下さい」
 大統領顧問は大統領と呼ばれたわたしに一通の手紙を差し出した。
「うむ」
 大統領と呼ばれたわたしはそれを受け取り中を開いた。
「これは」
 思わずわたしは絶句した。その手紙とは、あの手紙だったのだ。わたしの署名が記されたアメリカ合衆国大統領宛ての。ということは今はあの手紙が大統領へと渡される瞬間なのか?つまり、つまりは過去の時間駅。そうかこの列車はタイムマシンのようなもので、これからわたしはこの列車に揺られ過ぎ去った時を旅していくということか。
 しかしなぜ?坊や、なぜ今更過去を辿らなければならないのだ?過去を辿った所でどうなる?なあ、しかし。
 しかし!過去とは言ってもわたしはわたしがあの手紙に署名した以降の世界の動きを知らない。
 まさか。
 ふとわたしは悪い予感に襲われた。そして。
 しまった!
 わたしは心の中で叫んだ。こんな列車に乗るべきではなかったのだ。わたしはこの列車に乗ったことへの後悔に苛まれた。坊や、きみはわたしに何を見せたいのだ?何を知らせそしてわたしに何を願っているのだ?
「大統領、今日のスーツも素敵ですね」
「え?」
 大統領顧問は、ぼんやりと手紙を握り締めていたわたし、大統領と呼ばれたわたしに話しかけた。わたしは我に返った、というか大統領に返った。
 なるほどわたしの着ている半袖シャツが彼にはスーツに見えるのか。彼にとってわたしは『その時』彼が接した大統領でしかないのだな。大統領と呼ばれたわたしは手紙を大統領顧問に返し、彼に告げた。
「委員会を組織しよう」
「何の委員会ですか?」
 彼は訪ねた。大統領と呼ばれたわたしは静かに答えた。
「ウランに関する諮問委員会」

 気が付くと男は消えていた。わたしは我に返った。窓の外を見ると夕闇が迫っていた。

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