(詩)せみのぬけがら

咲くのを待つ花畑
一面の花たち

脱皮を待って
木の陰に身を隠す
さなぎたち

夏の初めは
出会いの予感
さんさんと
ふりそそぐ
太陽の光、夕立
地球の果てから
吹いてくる風たち

生命の魔法が
閉ざされた殻を破る
世界中
いくせんまんの生物たち
そのこわれる位に満ちる
心臓の鼓動、ふるえ


羽根を広げたばかりの蝶が
弱々しそうにまだ
しわくちゃの羽根で

やっと咲いたばかりの花に
辿り着き
口付けを交わす

「はじめまして」
「こちらこそ」

しんまいで
お腹を空かしたミツバチが
ふらふらになりながら
生まれて初めて
蜜を作った花の中に
頭を埋める

「おいしいね」
「ありがとう」


今やっとぼくたち
目を覚ましたんだ
だからまだまだ
初めて出会う
ものたちでいっぱい

青い空、生まれたての雲
風、透明な空気の粒
足元の土
聴こえてくる河のせせらぎ

それから、それから
そして一度も
出会うことのないものたち

「こんにちは」
「さようなら」

「それじゃ」
「ごきげんよう」

「よかった、
 君に会えてうれしい」

こんな見渡す限りに
きれいな世界をすべて
見たり、感じたりするために

一回の生命だけでは
あまりにも短く
ひとつの生き物だけでは
どうしても限界だ

山奥に咲いた花は
一生海の潮騒を知らず
夏の蝉たちは
降り積もる
純白の雪の輝きを
目にすることもない


だから
またやってくる
夏の夕暮れの
せみたちの鳴き声を
この胸に染み込ませ

また、生まれ変わって

樹に残したぬけがらは
記憶の目印
この地球を
さがしだすための

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