(小説)八月の少年(八)
(八)暗号
これからどうなるのだろう?この列車の旅のこの先に一体何がわたしを待っているのだろう?不安に駆られながらわたしはぼんやりと外の景色を眺めていた。しばらく夕暮れの薄暗い街並みを見ていたが、ふとわたしはあることに気付いた。列車の窓ガラスに外の景色とは別の何かが映っているのだ。
暗くなってきたから車内の風景が反射して映っているのだろうか?初めはそう思った。けれどそうではなかった。明らかに列車内の様子とは違っていたし何よりわたし自身が映っていなかったのだ。
何だ、これは?
わたしは不安に駆られ車掌を探した。
「おーい、誰かいないのか?」
けれど答えはなかった。
外が段々暗くなるにつれ、その正体不明の風景は鮮明になった。そして夜が訪れると、列車の窓ガラスはその風景で覆われた。まるで窓ガラスの向こうに別の空間が存在するかのように。わたしは息を呑んだ。
何だ、これは?一体どういうことだ?
そこには軍服を着た男たちがいた。彼らは通信機らしきものと向かい合っていた。彼らはわたしに気付かないのか?そっちからこちら側は見えないのか?わたしは黙って彼らの様子を観察した。
沈黙が続いた。彼らの表情は真剣そのものだった。彼らが叩く通信機の操作音だけが辺りに響いていた。まるで心臓の鼓動のように。その空間を支配する重苦しい緊迫感はわたしをも飲み込んだ。
「何だね、きみたちは?」
とうとう耐え切れずわたしは恐る恐る彼らに話しかけた。窓ガラスの向こう、彼らの答えを待った。けれど答えはなかった。答えなどあるはずがない。きっとこれは別の遠い空間の風景なのだ。あるいは遠い過去の。そしてわたしが目にしなければならない。それでもわたしは話しかけずにはいられなかった。
「そこで何をしているのだね?」
わたしの声は呻き声に近かった。けれど答えはなくわたしはただ彼らを眺めているしかなかった。
男たちはしばらく黙って通信機を操作していたが、突然彼らの間から歓声が起こった。
どうしたのだ?
わたしは彼らの声に耳を傾けた。ひとりの男が叫んだ。
『とうとうあの国の外交暗号を解読しましたね』
『ああ。これであの国の情報は我らに筒抜けだよ』
何?
と思う間もなく男たちの姿は突然薄らぎ始めた。
え?
『これであの国がどんな奇襲攻撃をしようとしても、我が国は事前に』
彼らの言葉もそして途切れた。
何だ、おい?どうしたのだ?
けれど彼らの姿、彼らの風景は消えた。
「おーい!」
わたしは消えていった男たちへと叫んだ。けれど列車の窓ガラスは何もなかったかのように元に戻り、後には流れ去る夜の景色だけが残っていた。
今のは何だったのだ?
窓ガラスには呆然としたわたしの顔が映っていた。
しかし、寒い!
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