(小説)八月の少年(十六)
(十六)ロスアラモス
列車は街を抜け、街を抜けると突然雪が止み春の山並みが見えた。確かに春だ!色鮮やかな山の緑が続く。列車は山の中へと入ってゆく。
山。
日が沈みすぐにあたりはまっ暗になった。列車はどんどん山奥へと。
もしかして、ここは?
確かに見覚えのある景色だった。確かここは?そうだ、ここはせみしぐれ駅の後に入っていった山の中だ。
どうしてまた同じ場所へ?
そう思う間もなく列車は止まった。今度は穏やかな停車だった。しかし目の前は無数の灯りで眩しかった。
何だろう、この灯りは?
わたしは窓の外を見た。そこはとても山の奥とは思えない、街だ。まるで一つの街のような建物の連なりが目の前に広がっている。ただ建物と言っても工場や大学の研究所のようなものばかり。
ここは?そうだ、あの工事現場に違いない。
来年の春までにと夜中まで忙しなく男たちが働かされていた。それが今こうして完成したということか。
建物は外部者の侵入を拒絶するように有刺鉄線のフェンスで囲まれていた。しかしこれら建造物は一体何だ、何の建物だ?
列車のドアは開いていた。車掌の姿はなかった。わたしはどうしようか迷ったが思い切って外へ出た。
出発する時は汽笛が鳴るだろう。
外へ出て列車と線路から離れわたしは建物へと歩いて行った。入り口の門の前に来たが人影は無く門は固く閉ざされていた。門も周囲のフェンスも高くわたしは中に入るのを諦めた。
門には表札があり、そこに建物の名前が記されていた。わたしはゆっくりとその文字を読んだ。
『ロスアラモス研究所』
ロスアラモス、研究所?
何の研究所だ?
何の研究のためにこんな荒涼とした人里離れた山奥にこんな建物を建てたのだ?一体何を研究し何を造ろうというのだ?極秘にするためか?そして新型爆弾の開発?吹き荒れる風の中でまたしてもわたしの脳裏にあの言葉が浮かんだ。
マンハッタン計画。
ぶるる。
春だというのに全身が震えた。
列車の汽笛が鳴った。
「お急ぎ下さい」
車掌が大声でわたしを呼んだ。わたしは急いで線路まで戻り、走り出す列車へと飛び乗った。
それからまた、いくつもの昼と夜が流れた。ひとつの夏と秋が流れた。そしてまた冬が訪れた。わたしは再びサンタクロースの衣装を着た。
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