(小説)八月の少年(十)
(十)雨宿り
雨が降り続いた。幾日も幾日も降り続き空はどんよりとした灰色の雲で覆われていた。寒くはなくまた蒸し暑くもない。初夏の陽気だった。列車の窓から見える景色も雨に濡れた街並みばかりだった。
ある日朝から豪雨が続き、わたしは雨の音で目を覚ました。日の光は厚い雲に遮られ午後になってもまっ暗だった。突然駅でもないのになぜか列車が止まった。
はて、どうしたのだろう?
と言っても車掌は見当たらず、どうすることも出来ないままわたしはぼんやりと時を過ごした。
止まった列車から外を見ていると、突然二人の男が列車へと近付いてきた。男たちは傘を持たずびしょ濡れだった。
何だろう、彼らは?
今度は突然列車のドアが開いた。外は相変わらずの豪雨だ。忽ち激しい雨が車内へと降り込み車輌の床はびしょ濡れになった。雨と共に二人の男たちは列車に乗り込んだ。すると列車のドアはすぐに閉まりそれから列車は動き出した。まるでその男たちを乗車させるために停車したかのように。
何だったのだ?
不審に思いながらも運転が再開したのでわたしは安堵した。
びしょ濡れの男たちはドアにもたれ雨のしずくをしたたらせながら何やらひそひそ話をしていた。聴くともなしにわたしの耳の聴覚はついつい彼らの会話へと向かった。彼らはわたしの存在に気付いていないのだろうか?それほど列車の中は薄暗かった。なぜかわたしは緊張し息を潜めた。
「ひどい雨だな」
「ああまったくだ。だがいい雨宿りの飲み屋があってよかった」
飲み屋?この列車のことか?
わたしは不審に思った。
「ところできみが知りたがっていた例の」
「ああ、どうなっているのだね?何かいい情報はつかめたかい?」
「実は。まあそう急かすな。一杯飲んでから」
「ああ、遠慮せずやりたまえ。今夜は僕の奢りだよ」
「それは有難い」
男はいかにも酒を飲む仕草をしてみせた。
「それで?」
「つまり、例の計画は極秘で進んでいるようだよ」
「やっぱりそうか」
例の計画?
「大統領が」
大統領?わたしはビクリとした。男たちの会話を聴くことに全身を集中させた。何だろう、例の計画とは?
「大統領が?」
もう一人の男が尋ねた。
「うん。その計画を認可したそうだ」
「何!それではいよいよ始まるのだね」
「ああ、ついに。しかしきみ、これはまだ内緒だよ」
「わかっているさ」
男たちは警戒するように辺りを見回した。
大統領が認可した?
何だ、その極秘計画とは?
一体何が始まるというのだ?
わたしはどうしても知りたかった。相変わらず雨は降り続いている。相変わらず日は照らずまっ暗だ。
わたしは知りたい衝動を抑えきれずとうとう立ち上がった。
「きみたち!」
男たちへと声をかけた。ところが何と、男たちの姿はもうそこにはなかった。
え?
急いで男たちがいたドアの前に行くと、そこには雨のしずくだけが残っていた。
何?
何ということだ。
わたしはわけがわからずそこに立ち尽くした。ドアにもたれガラス窓に当たる雨の音に耳を塞がれながら。
これもまた過去の時間駅なのか。
わたしはひとりつぶやいた。
そしてまたわたしはあの男たちの会話を聴かされたのだな。
列車のドアの前に立ち尽くしたままぼんやりとわたしは雨に濡れた街並みを見ていた。
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