【新作落語】新堂くんの進路相談
新堂「先生、僕、進路について悩んでます」
先生「おお、新堂か。進路指導室へようこそ。お前は進学するんやろ?」
新堂「そのつもりだったんですけど、別の道に進むべきじゃないかと最近思い始めて…」
先生「お前は成績が良いから、大学へ行けるなら行っといた方がええと思うけどなあ」
新堂「大学へ行く道、そうじゃない道、どっちも大事なことに思えて、とてつもなく悩んでいます。To be, or not to be, that is the question.…そんな気分です」
先生「ハムレットが来たでオイ。そんなに深刻な二択なのか。わかった。先生に話してみろ。出来る限りのアドバイスをしてやるから」
新堂「ほんまですか?別の道、頭ごなしに否定したりしませんか?」
先生「そんなことはせえへん。進路指導担当としてちゃんと聞いてやる」
新堂「ほな、言います。僕、悩んでるんです。大学へ行くか、ラッパーになるか」
先生「大学へ行けええええ!!」
新堂「頭ごなしやないですかあ!」
先生「お前は何を言うとるんや高三のこの時期になって。ラッパーてなんやねん。そんな道は無い!」
新堂「あります!僕、大学進学と同じくらい、ラッパーにもなりたいんです!」
先生「大学へ行けええええ!!」
新堂「なんでそんなキッツイ断言をするんですか。話聞いて下さいよ」
先生「ラッパーいうたらあれやろ?なんかこう、ふ~らふらした動きで、ちゃ~らちゃらしたことを、ど~やどやって偉そうに歌うあれやろ?」
新堂「ほぼ擬音じゃないですかそれ」
先生「あかんてお前。勉強のし過ぎで疲れとんのやわ。考え直せ。そんな進学でもない就職でもない遊びの…ヨタモンの道を選ばせるわけにはいかん」
新堂「遊びとちゃいます。ヨタモンでもないです。僕はホンモンのラッパーになりたくて真剣なんです」
先生「いやいや新堂、お前ラッパーいう感じと違うで。真面目やんお前。制服も着崩さずにビッとしとるし。なんやったかな、あの携帯屋に一時期おった無表情のロボット。あ、ペッパー君や。ラッパーやないわ。お前はペッパー君寄りやで。そもそもお前はラッパーみたいなことができるんか?」
新堂「ラップのことですか?」
先生「そうや」
新堂「できます」
先生「ほなちょっとやってみせてや」
新堂「やってもいいですけど、ラップは魂の叫びなんで、先生に失礼なことも言うかもしれませんけど」
先生「なんでもええからやってみせてや」
新堂「ほな、やります。…YO先公、そこの先公、落語のオチ立ち切れ線香、直後のオレ逆ギレ先行。飛び込んだ進路指導室で無体・無理解・無節操なクソ指導。今のオレまさに怒り心頭。選べないこの先の進路。突き落とされた蟻地獄、ここにいるのは飛び立てぬウスバカゲロウ。目の前にいるのは腹の立つ薄らハゲ野郎。GO HOME薄らハゲ野郎!GO HOME薄らハゲ野郎!」
先生「うん。停学」
新堂「先生がやれって言ったんじゃないですか…」
先生「停学は大げさとしてもだな…お前よく即興でそんな人の悪口がポンポン出てくるな」
新堂「ラッパーの血でして…」
先生「血だかなんだか知らんけど、そんなもん仕事とは違うやろ。食うていけへんやろ」
新堂「食うていけるかは別の問題です。魂を、ソウルを貫けるかどうかですわ」
先生「ソウルだかナムルだか知らんがそんなもんをうちの生徒に目指させるわけにはいかん!あとハゲ言うたの謝れ!」
新堂「ソウルに逆らうことはできません。ラップは反体制的なものですから」
先生「なおさらあかんわそんな道。諦めろ。大学行け!」
新堂「先生、もうええですわ。自分で決めますんで。じゃあ、さいなら」
先生「待て、待て待て。お前な、この時期になってそんなわけのわからんことを言うてたら、親御さんもごっつい心配しとるはずや。今から、新堂、お前の家へ行くわ」
新堂「ええっ。家にですか?」
先生「そうや。緊急三者面談をやろう。そうしたらお前もな、みんなに将来を期待されてることがわかって、しっかり道を定められるから」
新堂「わかりました。ほなそうします」
先生「よし、家に案内せえや」
新堂「…先生、ここが家です。(ガラガラガラ…ガシャドシャビジャンズゴゴゴ)」
先生「えらい建付けの玄関やなこれ…」
新堂「お父さん、ただいまー、帰ったでー」
父「(出てきて、刺すような目で)誰やねんお前…」
先生「あ、こんにちは。私、文彦君の進路担当をしている、浪川高校の平木と申します」
父「…おう…そうか…ゴホッ!ゴホッ!」
先生「だ、大丈夫ですか?お父さんは病気か何か?」
新堂「いや、常に調子は悪いんで…」
先生「だ、大丈夫ですか?横になった方が…」
父「大丈夫や。…で、何の用事ですねん」
先生「実は文彦君の進路のことで、ご家族の方も交えて一度お話したいと思いまして…」
父「…進路?」
新堂「お父さん、先生にも相談したんやけど、僕、まだ迷っとるんや。大学へ行くか、ラッパーになるか」
父「ラッパーになれええええ!!」
先生「えええええ!?」
父「大学なんぞ行ったってやなあ、ふ~らふら、ちゃ~らちゃら、ど~やどや遊び回って、フヌケた男になってまうのがオチやろうが」
先生「お父さん、それほぼ擬音ですよ」
父「学校の先生はこいつを大学行かしたいんか。あかんで。そんな何者でもないモラトリアム期間を与えるわけにはいかんのや」
新堂「お父さん、僕は大学へも行きたい思うてるんや。行ったら行ったでちゃんと四年間しっかり勉強する」
父「いや、文彦、お前はラッパーになれ。そんな大学なんか行って、普通に就職して、社会に飼いならされて、あの、なんや、携帯屋の受付におった行儀の良いロボット。そやペッパー君や。あんなんになったらあかん。ペッパーではあかん。ラッパーになれ!」
先生「あの、お父さん、家庭の事情に立ち入るのは何なんですけどね、どうして息子さんをラッパーにしたいんですか?普通ありえませんよね?」
父「いや、うちはこれが普通や」
新堂「先生、実はうちの家系は代々ラッパーなんです」
先生「代々ラッパー!?ありえないでしょそんなことは!?」
新堂「それがありえるんですよ先生…」
父「我が新堂家は江戸時代から代々ラップを生業にしとる。ラップの老舗や」
先生「いやいやいや、ありえない。江戸時代にラッパーはいないから」
父「いる。天保の頃、大塩平八郎の乱から続くラッパー一家がうちや」
先生「おおしおへいはちろう!?」
父「ほな見せたるわ。行くで!YO!YO!大阪天満の真ん中で、馬から逆さに落ちたとさ、こんな弱い武士見たことない、鼻紙三帖ただ捨てた。YO!YO!ただ捨てた!」
先生「あの、お父さん、それわりと有名な当時の流行り歌では…」
父「これを作ったのがうちの先祖や」
先生「ええええ!」
新堂「うちは先祖を誇りに思い、以来ずっと、明治維新後も大正、昭和、平成と、ずっと体制反抗的な歌を作ってきた家系なんです」
先生「なんちゅう家系や。でも生活はどないしてるの?ラップの歌作って収入はあるんですか?」
父「ない!」
先生「ないのにどうやって…?」
父「バイトを十六個かけ持ちしとる」
先生「十六個!?そんなん常に調子悪いの当たり前ですやん!」
父「大事なのは何よりラップの魂や!ようやく家業を継ぐ気になった息子に大学行けだの何だの阿呆なこと吹き込みくさって、この薄らハゲが」
新堂「お父さん、薄らハゲはいくらなんでも言い過ぎや」
先生「いやお前も言うとったがな」
新堂「先生も僕の将来のことを考えて言うてくれとんのや。言うてええことと悪いことがあるで」
父「マイサン!お前まだケツの青いガキ。時期はもう夏の暑い二学期。優柔不断、言語道断、悩み悩み鈍るその甘い決断。大概にしとけその悪い冗談」
新堂「道に迷うのは若者の特権。型にはめるのは年寄りの強権。選択肢のないつまらない未来は洗濯機のない小汚い住まい」
先生「ええっ。これが新堂家の親子喧嘩なのか!?」
父「おいジャッジ、どっちや!?どっちが優勢や!?」
先生「私が判定するんですか!?」
父「ギャラリーお前しかおらへんがな」
新堂「先生、公平にお願いします!」
先生「いや、ようわからんけども、お父さんの方が若干、圧が強い気がする…」
父「おっしゃ、畳み掛けるでえ、進学する平凡な道、音楽にかけるその獣道。前者はBAD後者こそGOOD、男が目指す最善の道」
新堂「撒き散らす親のエゴイズム。はた迷惑な子へのテロリズム。独断、独善、独裁主義。これぞまさに毒親の独壇場」
先生「なんか新堂が盛り返してきたで!」
父「小癪な真似を…親の心子知らず痛むのは親知らず。お前まだ十七で実に世間知らず。進学は踏みならされた道。社会に飼い慣らされるのがオチ」
新堂「四十過ぎたフリーターの説教。害獣すぎるクリーチャーの絶叫。聞くに堪えない、見るに忍びない、家も金も服も職も恥も外聞もない。これがうちの親父。ガチで無知で意固地。親ガチャ失敗でマジ大惨事。Shut Up しょうもない親父。Shut Up 止まらない野次。イボ痔!切れ痔!裂け痔!ケツが一大事!意地になった親父の自己顕示!あんたのせいで進めないカレッジ!…あれ?これは何や…?」
先生「新堂、それタオルや。タオル投入や。もうそこらへんにしときや。お父さんめっちゃ凹んでボロ雑巾みたいになっとるがな。お前の勝ちや。もう止めや」
新堂「…先生、ありがとうございます」
父「文彦お前、その特徴的なパンチライン、まさか…お前…」
新堂「バレてもうたら仕方ないわ。お父さん、僕や。僕がナニキンなんや」
父「(驚愕の顔で)そ、そうやったんか…!」
先生「ナニキンて何ですの?」
父「今もっともネットで勢いのある覆面ラッパー、浪速のキング、通称ナニキンが、まさか、わいの息子やったとは…」
新堂「黙ってて御免。でも、こないだユーチューブのチャンネル登録数が二万人を超えたから、広告収入が大きいんや。これで、大学の学費が賄えるかなと思うて…」
先生「新堂、先生は考えを改めた。やっぱりラッパーの血いうのは、あるわ。存在するわ。そうでないと、そんな状況、説明できへん」
新堂「ありがとうございます」
先生「お父さん、文彦君は、大学へ行かしてあげたらどないですか。ネットでラップ活動しながら勉強も出来るし、家計の助けになればお父さんもバイト十六個も掛け持ちせんでええでしょ。そのままだと死にまっせ」
父「フリースタイルバトルで負けてしもうたんや…仕方ない。文彦、大学行きたいなら行け。けど、新堂家の本業はラップや。それを忘れたらあかんで」
新堂「…お父さん、ありがとう」
父「知らん間に、お前も立派になったんやな…ディスり合戦で俺に勝つとは…。大したもんや。ご先祖様も喜んではるで…ゴホッ!」
先生「ああ、お父さん、これで進路指導の話は終わりやから、寝といてくださいね」
父「先生もありがとうな。えらい失礼なこと言うてすまんかったの…」
先生「失礼なこと言うのがお宅の仕事みたいなんでしょうがないですわ」
父「夜の警備の仕事まで一時間仮眠するわ。ああ、息子に負ける日が来るとはなあ…悔しいけどええ気持ちや…(寝る)」
新堂「先生ありがとうございました。いつかは、親父とバトル…いや話し合いをしなきゃいけなかったんです。進路指導のおかげです」
先生「予想の斜め上の家庭環境やったけどな、でも力になれてよかったわ」
新堂「受験勉強頑張ります。でも…大学行って、もっともっと勉強したくなったら、その時に親父はなんて言うか…」
先生「それはその時に考えや。どっちに進んでも院(韻)の道や」
(終)
【青乃家の一言】
2023年の上方落語台本大賞のお代が「道」だったので、どうしても一回やってみたかったラップネタで挑戦してみました。実際、難しいですね(^_^;) けど一つの形にできたので満足はしております。