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【新作落語】ゲーム小僧

時は昭和の終わり頃。ゲームに熱中している少年・賢一。そこへグローブを持った父親が現れます。

父「賢一、キャッチボールしよう」
賢一「今、忙しいから」
父「子供は野球しなきゃ野球を。ほら、グローブ買ってやっただろ」
賢一「今、忙しいから…あ、ああ~!」
父「なんだ?どうした!?」
賢一「ラスボスの一歩前でやられた…」
父「ゲームばっかりではダメだぞ。ほら、野球やろう野球、楽しいぞ」
賢一「野球ならやってるよ」
父「どこで?学校?放課後?」
賢一「これだよ」
父「ファミリースタジアム…これは野球のゲームじゃないか。ゲームじゃつまらないだろ」
賢一「いや、すごく面白いよ!この間『ぴの』でランニングホームラン打ったから」
父「意味がわからない。まったく、俺が子供の頃は野球野球で毎日汗だくになって駆け回ってたもんだが、なんだこれは。部屋の中で一日中ゲームゲームゲーム…」
賢一「だって本当の野球は上手くできないんだもん。ボール取れないし、疲れるし」
父親「だからこそ練習するんだろう。本当に今どきの子供はすぐ楽をしようとする」
賢一「じゃあお父さんも一緒にファミスタやろうよ。それでいいじゃん」
父親「ちゃんと野球をやれええ!」
賢一「うわあああん」
父親「こんなものがあるからいかんのじゃあ!(窓から投げる)」
賢一「ああ!僕のファミスタがあ!」
父親「江川卓の剛速球じゃあ!」
賢一「ああ!ファミコン本体まで!」
父親「こんなもの買ってやるんじゃなかった!ゲームは禁止だ!野球やれ!」
賢一「酷い!お父さんは酷い!クッパよりもゾーマよりもたけしの挑戦状よりも酷い!もうこんな家にいられない!出ていってやる!」
父親「こら、賢一!待て!どこへ行く!」

外へ駆け出す賢一。なぜか山中を彷徨う。

賢一「もう戻らない…あんな家には絶対に戻らない。けどここはどこだろう?無我夢中で走ったら、いつの間にか山の中だ…。あ、足が滑った!わああ落ちるうう~!僕の人生、ゲームオーバーだ…これが…走馬灯…マリオが1UP、1UP、1UP…そんな…これが走馬灯なんて…1UP、1UP、1UP……」
(ガシッ!バッサ、バサバサバサ…)

突然、脚を捉まれ、連れ去られる賢一。

賢一「…ハッ。ここはどこだ?たしか、お父さんと喧嘩して、無我夢中で山の中に…そこで崖から落ちて死んで…」
謎の声「死んではおらぬ。何なら崖から落ちてもおらぬ。大方、腹が減って目が回って倒れたのであろう。寝ながらわしの与えた麦飯をばくばくと食ってしまったぞ」
賢一「えっ。誰なの?どこにいるの?」
謎の声「ここじゃよ。ワハハハ」
賢一「あ!レッドアリーマー!」
天狗「…なんじゃそれは。天狗じゃ天狗。この峰に住む牌山立直坊と申す」
賢一「あ、たしかに鼻が長い!」
天狗「天狗じゃからな」
賢一「翼がある!」
天狗「天狗じゃからな」
賢一「意外に足が短い!」
天狗「うるさい。ほっとけ。それにしてもお主のような人間の小僧がなぜ一人で山におる?親とはぐれたか?」
賢一「違います、家を飛び出してきました。天狗が本当にいるとは思わなかったけど、家に帰る気はないから、どうか僕を天狗の弟子にしてください」
天狗「弟子に?何やら大層な事情があるようだな…。よろしい、話を聞いてしんぜよう。いや、待て待て、喋らずとも良い。天狗は神通力がある故、こうして額に手を当てるだけで、たちどころに事情はわかるのだ」

天狗、手を差し出して賢一の額に当てる。

天狗「その昔、鞍馬の山奥に現れた牛若丸は、平家打倒の志に燃え、それに痛く感じ入った鞍馬山の天狗・僧正坊により兵法剣術を教わったと聞く。そなたにもよっぽどの事情があるのだろう。よっぽどの…よっぽど…(手で顔を覆ってしまう)」
賢一「天狗様、わかりましたか?」
天狗「なんというくだらぬ理由…。くだらなさすぎて気が遠くなったわ。小僧、早く家に帰りなさい。なんならひとっ飛びで連れていってやろう」
賢一「嫌です!あんなクソゲーみたいなお父さんの居る家なんて嫌です!」
天狗「クソなどと申すでない自分の親を。はてさていかがいたしたものか…。のう小僧よ、お主は父親のような狭量な大人にならぬという自信はあるか?」
賢一「あります!僕は子供と一緒にゲームを楽しめます!あんな大人になりません!」
天狗「よし、では確かめてしんぜよう。その岩と岩の隙間を見るがよい」
賢一「天狗様、何もないですよ」
天狗「天狗の神通力でお主の未来の姿をそこへ映す。しかと見届けよ。オン・バサラ・マサラ・ギムネマ・カモナンバン・ソバカ!」
賢一「わ!すごい!映画みたいになった!」
天狗「そこにいるのが約三十年後のお主の姿じゃ。隣りにいるのはお主の息子…かの」

賢一の息子、賢太郎がスマホで何か観ている。そこへゲーム機を持って現れる賢一。

賢一「賢太郎、マリオカートしよう」
賢太郎「今、忙しいから」
賢一「子供はゲームしなきゃゲーム。ほら、対戦ゲームいろいろ買ってやったじゃないか」
賢太郎「今、忙しいから…あ~もう!」
賢一「なんだ?どうした!?」
賢太郎「いい所で広告が入る…」
賢一「ネットで動画ばっかり観てたらダメだぞ。ほら、ゲームやろうゲーム、楽しいぞ」
賢太郎「ゲームなら観てる」
賢一「観てるってどういうことだ?」
賢太郎「これだよ」
賢一「マインクラフトでやってみた…これはゲームの実況動画じゃないか。他人がゲームしてるのをただ観ていてもつまらないだろ」
賢太郎「いや、すごく面白いよ!この間有名実況者のレイジもマイクラ参戦してたし」
賢一「意味がわからない。まったく、俺が子供の頃はハイスコアを目指してコントローラーで指にタコを作ったもんだが、なんだこれは。ネット観ながら一日中動画動画動画…」
賢太郎「だって自分でゲームやるの面倒臭いし、下手だし、すぐ死ぬし、疲れるし」
賢一「だからこそ何度も挑戦するんだろう。本当に今どきの子供はすぐ楽をしようとする」
賢太郎「じゃあお父さんも一緒に動画を観ようよ。それでいいじゃん」
賢一「ちゃんとゲームをやれええ!」
賢太郎「うわあああん」
賢一「こんなものがあるからいかんのじゃあ!(窓から投げる)」
賢太郎「ああ!僕のスマホがあ!」
賢一「大谷翔平の剛速球じゃあ!」
賢太郎「ああ!タブレットPCまで!」
賢一「こんなもん買ってやるんじゃなかった!動画は禁止だ!ゲームやれ!」
賢太郎「酷い!お父さんは酷い!転売屋よりも違法コピー業者よりも迷惑系ユーチューバーよりも酷い!もうこんな家にいられない!出ていってやる!」
賢一「こら、賢太郎!待て!どこへ行く!」

岩間から映像が消える。

天狗「小僧、如何であったかな?」
賢一「(手で顔を覆ってしまう)」
天狗「人の子育てとはなかなか難しいものであるようだの」
賢一「…天狗様、僕、お父さんの気持ちが少し…いや、痛いくらいわかった気がします。家へ帰ります」
天狗「そうかそうか。それがよい。ではひとっ飛びで連れて行ってやろう。ここでわしに会ったことは誰にも言うでないぞ。家の場所はふむふむ、よし、参るぞ!」
(ガシッ!バッサ、バサバサバサ…)

父が賢一を探し回りながら落ち込んでいる。

父「ああ、俺はついカッとなって息子に酷いことをしてしまった…。こんなに探し回ってもどこにもいないなんて、賢一は一体どこへ…」
賢一「お父さん、ただいま」
父「賢一!お前、今まで、どこで…いや、俺が悪かった。本当にすまない。ファミコンはちゃんと買い直してやるからな」
賢一「ありがとう。お父さん、僕、キャッチボールもするよ」
父「そんな気を使わなくてもいいんだぞ」
賢一「いや、そうじゃなくて…僕がお父さんとキャッチボールすれば、僕も自分の子供とゲームができると思うから…。動画ばっかり観ない子になると思うから」
父「最後の動画ってのはよくわからないけど、これからは野球もしよう、野球ゲームもしよう、な!賢一!」
賢一「うん、お父さん!」
天狗「(物陰から見つつ)一件落着じゃな。ふふふ。では、帰るとするかの」
(バッサ、バサバサバサ…スタッ)

小天狗「あ、父上、お帰りなさいませ」
天狗「おお、小天狗か」
小天狗「どこへ行っておられたのですか?」
天狗「なに、ほんの気まぐれでの、人の子を一人助けてやったのだ。柄にもないことをしたわ。全く人というものは、怒りに任せてばかりの愚かな連中よ」
小天狗「その通りでございますな、父上」
天狗「うむ。そうじゃ、久しぶりに、一緒に石つぶてでも投げて、人を驚かせに行くか?あれは楽しいぞ」
小天狗「いえ、近頃は人が山中に来ては興じているサバイバルゲーム用のエアガンでこうして狙い撃ちするのが面白うございます。BB弾の方が軽くて正確に飛びまする」
天狗「ちゃんと石を投げろおお!」

(終)


【青乃屋の一言】
2022年の新作落語台本募集に応募した噺です。審査員の柳家小ゑん師匠がいつも「無駄に長い噺が多い」と仰ってるので、とにかく短くまとめることを最大限に目指しました。結果、11枚という、私の応募台本にしては極めて短いものになりました。落選作ですが、短くまとめる力も自分にあるのだという確認が出来て、収穫は大きかったです。また、頑張ります。