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『落語作家は食えるんですか』読了

落語作家・井上新五郎正隆さんの著書、『落語作家は食えるんですか』を読みました。もう、タイトルからして、読むしかないという本ですね。期待して届くのを待っていたんですが、期待以上の内容とボリューム、そして込められた熱量に圧倒されました。

新五郎さんは擬古典派の作家さんですが、現代物であろうと時代物であろうと、「自分で落語を書いてみたい」と思う全ての人にとって読んで損の無い内容だと思います。かつてこんなに具体的に落語創作の方法論を開陳した本は無かったと思いますし、なにより「今、私が、落語を創作すること」に対してすごく意識的な姿勢が本当にためになります。

どのページも目からウロコがボロボロとこぼれ落ちる感じなのですが、一番ガツンと来たのは、第一章の「あてがきは敬意のあらわれ」という項目です。

「落語家さんに敬意を払う」

「落語作家は落語家さんなしでは絶対に存在し得ないのだから」

考えてみれば当たり前のことですが、これが実は我々素人には「考えてみないと」思い至らないことなのかもしれません。私達は、高座に上がりません。台本を書くだけです。小説なら書けばそれで完成です。映画やドラマの脚本でも、読み物として面白ければ成り立つかもしれません。けど、落語台本は、演者あってのことなのです。ならば、その演者のことを考えずに書くのは、あまりにも傲慢なのでは…?こんな当たり前のことを、新五郎さんの本を読むまで、はっきりと自覚していなかったと思い知らされました。

今までの落語台本に関係する本は、たとえば三遊亭円丈師匠の『ろんだいえん』でも立川吉笑さんの『現在落語論』でも、皆、実際に高座に上がる人が、自分の方法論や哲学を述べたものです。勿論それは大いに参考になるし感動さえする名著なわけですが、いわばシンガーソングライターの方々なわけで、「台本を書いて落語家に託す」という立場からの視点ではないわけです。

小佐田定雄さんは言うまでもなく専業落語作家の第一人者ですが、台本に関する著書で記されているのは御自身の仕事を詳細に振り返ることが主目的で、落語作家の心構えや創作の方法論についてがメインではありません。それでもたくさんの創作のヒントを貰える所が凄いのですが。

そして今回登場した新五郎さんの本は、まさしく、徹底して「落語台本を書いてみたい人のための本」であり、とりわけ「擬古典落語はどうすれば書けるのか」について余すところなく記してあります。勿論「読んだからすぐ書けるよ」なんてことは無いのですが、強力に背中を押してくれる本だと思います。こういう本を待っていた人、実は多いのではないでしょうか。

他にも、地方出身・在住者が江戸落語の世界に感じているある種の疎外感とその克服法であるとか、風刺落語の難しさやそれに対するスタンスの模索など、「わかる!」と思わず膝を打つような記述が山盛りにあります。ぜひ、これはたくさんの人に読んで貰って、様々なことを感じて欲しいです。

それにしても『落語作家は食えるんですか』というタイトル、素晴らしいですね。嘘偽り無くこの世界に取り組んでいこうという、著者の覚悟と真摯な姿勢を見事に表していると思います。本当に、擬古典落語台本を書いてみたい人にとっては、痒い所に手が届きまくる本だと思います。お勧めです!