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【新作落語】ばちざらえ

呉服問屋、播磨屋の座敷。旦那の吉兵衛がお茶を飲んでおります。そこへ関取の黒木島がうやうやしく入って参りました。

関取「失礼します。本日は旦那様にお招きにあずかり、恐悦至極にございます」
旦那「おお、関取、来たか来たか。まあそんな堅苦しゅうせんでええから。こっちへ来なはれ」
関取「おありがとうございます」
旦那「おおい、誰か、アレ持ってきなはれ。そうそう、そこへ置いて。関取、甘いもんが好きやろ、虎屋の大福を仰山買うてきたんや。さ、さ、食べなはれ」
関取「はっ。好物を目の前に、欣喜雀躍の気持ちであります。それでは、失敬して…(食べ始める)」
旦那「(満足そうに)ええなあ。ええ食べっぷりや…。ところで関取、近頃の相撲のことなんやけどもな…」
関取「(がっくりとする)」
旦那「ああ、そんなシュンとせんでええのや。勝負は時の運やから、土俵の外のわしらがどうやこうや言うことやあらへん。ささ、食べなはれ」
関取「恐懼感激にございます」
旦那「まあ、しかし、それでもやな…先々場所が鮮やかな優勝で、先場所が全敗、今場所も五連敗っちゅうのは、なんや、さすがに黒木島はどないしたんやろって、世間様も思うのは仕方ないわなあ」
関取「(がっくりとして)面目次第もございません」
旦那「ああ、だからな、そんないちいちシュンとせんでほしいんや。相撲取りがシュンとしとるとこを見るのはこの世で一番つらい。特にずっと目をかけてタニマチやらせてもろてる関取にはな」
関取「五里霧中の只中にございます」
旦那「せやなあ。どうしたこっちゃろなあ。わしとこもな、二年前の秋に船場の店が火事になったやろ。あれがケチのつきはじめや。その後も初鰹を食べたら腹をくだして魚が食えへんようになってしまうし、突然、腰が痛うなって背が丸まった。商いも冴えん。何をやっても上手くいかん。せやからわしは関取の活躍だけが最近の喜びやったんやで」
関取「残念無念にございます…」
旦那「シュンとしたらあかん。関取はな、ニコニコとした愛嬌のある顔が似合うんやから。ほら、大福食うて大福。な。せやからわし、ワラをも掴む思いでな、易者に相談したんや」
関取「易者でございますか」
旦那「そうや。神社やお寺さんや、いろいろ寄進して神頼みはやってみたけど効果があらへんからな。よう当たるいう住吉さんの境内で占いやっとる易者や。そしたらな、どうもわしに水難の相が出とるとこう言う」
関取「水難…でございますか」
旦那「そうや。変やろ。ちっとも思い当たらん。店が火事になったのに水難やと。どないや関取、水難の相に心当たりがないか?」
関取「皆目検討もつきませぬ」
旦那「そうやろなあ。どないしたら関取が力を取り戻してくれるか、わしにもわからん。稽古はしっかりやっとると聞いとるしなあ」
関取「稽古場では元気溌剌、勇猛果敢な心持ちで精進しておりますが、本場所の土俵に上がった途端、意気消沈、体中から生気が雲散霧消、もがきにもがいておるうちに、連戦連敗、まことに遺憾千万であります」
旦那「なんや昇進の口上みたいやな。昇進やったらええんやけどなあ。もがきにもがいてか…。なんのせいやろなあ。まあ、せいぜい気張って、はよ白星をな、見せておくれ。一つ勝ったら後はポンポンと行くかもしれへん」
関取「拳拳服膺、精進いたします」
旦那「ああ、残りの大福もな、包んで持って帰ったらええから。そしたらな、気張ってな」

黒木島去り、代わりに番頭が入って参ります。

番頭「旦那様、黒木島関に大福をお包みして、縁起物の鯛の塩焼きをお渡ししました。あと、入れ替わりで幇間の仙八が来ておりますが…」
旦那「仙八が?また何ぞたかりに来よったな。まあええ。賑やかしでもいた方が気が晴れる。ここへお通し」
仙八「どうも旦那様、本日もお天道様の如くご機嫌のええことですなあ」
旦那「ええことないわい見たらわかるやろ。ここ二年ずっと曇天様や」
仙八「さっき出ていかはったの、前頭の黒木島関でっしゃろ。旦那様ご贔屓の」
旦那「そうや。全く、先々場所の優勝の時は将来の大関間違いなし言われとったのに…負け続けですっかり自信を失うて、可哀想なことや。なんとか一つ勝ってくれへんとなあ」
仙八「ええ鯛をお贈りにならはったそうですなあ。そらええ。目出度いの鯛で縁起がええ。旦那様も鯛、召し上がられたんですかい?」
旦那「だからいつも言うとるやろ。わしは魚が駄目になったんやて。あれ以来、どんな魚も駄目や。鰻やったら平気かな思うて土用に食うたら鰻でも下したわ。不思議なもんやで」
仙八「ほんなら鯰はどうでっか?食うたら自信がつきまっせ。くくく」
旦那「何を一人でウケとんのや」
仙八「あ、でも旦那様、どじょうはあきまへんでどじょうは」
旦那「どじょうや初めから食わへんがな」
仙八「一度目は食えても二度目は無い。柳の下探してもそう滅多におりまへん。くくく」
旦那「お前さんのその能天気さが羨ましい。実際うちは二年も不幸続きやで」
仙八「まあまあ、旦那様のお店の風向きもそろそろ変わりますやろ、石の上にも残念てなことを言いますから」
旦那「三年や。ああ、そや、念のためお前さんにも聞くけどもな、わしに関することで、水難の相いうものに心当たりはあるか?」
仙八「水難の相いうたら、飯をようけ炊きすぎて困るっちゅうことですか?」
旦那「…そら炊飯や。つまらん。なんぞ役に立つことが聞けるなら小遣いでも渡そかと思うとったが、もうええわ。去んでおくれ」
仙八「ああ、ちょいとお待ちを。そういや…たしか…前にこんなことが…」
旦那「何や。何でも言うてや」
仙八「旦那様のお店に、手代の恒吉ちゅうのおりましたやろ」
旦那「その名を言うなや、けったくその悪い」
仙八「何でも言え言いましたやん」
旦那「あれはな、わしも長いこと気付きもせんかったが、性根の腐った男でな、店の金に手を付けたんで、暇を出したんや。もう、うちとは関わりないで」
仙八「その恒吉がクビになる前に酒屋で仲間と喋っとった事を思い出したんです」
旦那「あれが何を喋っとったんや」
仙八「へえ、あれは先々場所に黒木島が優勝した時ですな、酔うた恒吉と仲間が宗右衛門町を通りがかった時に、軍鶏鍋屋の前に飾られとる大けな大黒さんの像を見つけたらしいんですわ」
旦那「大黒さんの像、それがどないしたんや」
仙八「へえ、酔うてますさかい、悪心を起こしましてな、大黒さんの顔を見るなり、こら黒木島にそっくりやあ言うて、仲間と一緒に持ち出して、わっしょいわっしょい言いもって胴上げしながら歩いたそうですわ」
旦那「なんちゅうことをしでかすんや。そ、それで、どうなったんや」
仙八「へえ、恒吉らの話では、わっしょいわっしょい言うてそこら中練り歩いて、最後は戎橋の上から道頓堀にぼっちゃーーん!」
旦那「なんやってええ!」
仙八「えらい悪さをしよりまんな。大黒さんも御堀の底で、どうにもならんでもがいとったら、こりゃ可哀想でんなあ…。まあ、旦那様の言わはる水難とは特に関わりはおまへんけど」
旦那「関わりあるがな!大有りやがな!それやがな!恒吉の奴、どえらいバチ当たりなことをやらかして。こりゃいかん。手代の罪は主人の罪や。主人の罪は贔屓の関取まで及ぶがな。おおい、幸助、幸助」
番頭「旦那様、いかがしました?」
旦那「あのな、人足を雇うてな、船を出して、道頓堀の底をさらうんや。ああ、お上に願い出てな、日頃の商い繁盛の御礼に、川ざらえをさせていただきます言うて、お許しが出たらすぐにかかるんや。大黒さんの像をどうにかして助け出すんや」
番頭「承知しました。すぐに取り掛かります」
旦那「仙八、お前さんはその、恒吉とつるんどった仲間を見つけ出して、詳しゅう話を聞いとくれ。大黒さんが見つかったらお前さんに小遣いはやるさかいに」
仙八「へえ、わかりました」

そんなこんなで播磨屋総出の道頓堀の川ざらえが始まります。

旦那「(橋の上から)どやー、出たかー?」
番頭「泥ばっかりですわ。次は際の方をやってみます。えーい、よいしょお。暑いですよって、旦那様、日陰におってくださいな」
旦那「何を言うんや、店の者の不始末を片付けるんに、主人がおらんわけにはいかんやろ」
仙八「いやあ旦那様、精が出ますな」
旦那「おお、仙八か。どや、恒吉とつるんどった質の悪い輩の話は聞けたか?」
仙八「ええ、それがもう、恒吉とようつるんでた奴を見つけて話を聞いたら、これがまた大黒さんの身投げに留まらん悪事のし放題でして…」
番頭「えーい、よいしょお、何やこれは」
旦那「おーい、見つかったんかい」
番頭「大黒さんと違います。どえらい太い、木の棒ですわ」
仙八「そりゃ、もしかしたら…」
旦那「何や仙八」
仙八「いえね、そいつが言うには、賭場で負けた時に火消しの男がえらい大勝ちしてて癪に触ったんで、恒吉と一緒に纏を盗み出して捨てたこともある言うてましてん」
旦那「またなんちゅうことをしでかすんや…。あっ…火消して…もしかして、これか…?船場の店が火事になったんは、纏を御堀に投げ捨てたバチが当たったんか?」
番頭「えーい、よいしょお、今度は何や、こりゃ木彫りの看板か?」
仙八「ありゃ乾物屋の息子と喧嘩になった時に盗んで捨てた言うてた看板の鰹と違うかな」
旦那「魚食うたら下すのはこのバチかい!仙八、お前さん、聞いてきた言うより見てきたように言うやないか。恒吉とつるんどったのはお前さんのことか?」
仙八「い、いやいやそんな滅相もないですわ」
番頭「えーい、よいしょお、また何か出たぞ。こりゃドロドロやけど…大きなしめ縄か?」
仙八「たしか、どこぞの庄屋から正月飾りをくすねて来て、伊勢海老だけ食うて後の飾りは捨てたこともあると言いよりました」
旦那「…腰が治った気がするでえ!」
番頭「えーい、よいしょお、こりゃ達磨や」
仙八「旦那様、達磨ですて」
旦那「手も足も出んはずやがな…ええ、大黒さんはどこや?必ずあるはずや。どうか見つかってえな。南無阿弥陀仏…たのんます…」
番頭「えーい、よいしょお、あ、旦那様、旦那様、これと違いますか!?」
旦那「どれやどれや!(船に駆けつけて)ああ~これやがな。ほら、大黒さんやあ。見てみい仙八、こんな泥だらけの姿になっても…笑うてはるでえ。すまんことをしたなあ…」
仙八「良かったですなあ旦那様、これで大黒天の呪いも解けますやろ」
旦那「阿呆言うな、呪いと違う。これはバチや。バチいうもんは恐ろしいけどな、人に大事なことを教えてくれるもんでもあるんやで」
仙八「へええ。そないなもんでっか」
旦那「大黒さん、きれいにして、元の通りに戻しますさかいな。堪忍したってな。恒吉の奴もそんなに次から次へと考えられへんような悪さするほど荒れてしもうて、終いには店の金に手えつけさせて、放り出して、わしに人としての徳というものが無かった。あれにも気の毒なことをしたわ」
仙八「いやあ旦那様は本当に心の広いお方や…。恒吉も反省しとりますやろ。いえね、あっしも止めたんですよ散々…」
旦那「やっぱりあれとつるんどったんかーい!」
仙八「心を!心を広うに持っておくんなはれ!…そや、これでバチのカタがついて、黒木島も勝てたらよろしいですな」
旦那「おお、そうや。これを黒木島に見せたるんや。ちょうど取組の頃やで。堀江新地へ皆で行くんや。大黒さんはきれいな水で洗ってな、大八車に乗せるんや。ほな、行くで」

と、大急ぎで相撲会場に駆けつけてみると今まさに黒木島の取組の真っ最中。

旦那「どうや、黒木島はどないなった?」
番頭「ちょうど取組中みたいですわ。長いこと小結の大鷹と組み合ったまま、全く動かんそうです」
旦那「わしは背えが低いからよう見えん。どっちや?右四つか?左四つか?」
仙八「見えへんけど、うちの甥っ子はまだ四つです」
旦那「それはどうでもええんや」
番頭「旦那様、右四つ、がっぷりで、黒木島の得意な体勢ですわ」
旦那「頑張れ、黒木島!大黒さんもこの通りお助けしたんや。もう、負ける道理がないで!」
行事「はっけよ~~い!」
関取「…う~~ん、でやあっ!」

黒木山、相手を豪快に投げ飛ばした。

行司「黒木島~」
旦那「いやったーー!」
仙八「勝った!勝ちましたがな!旦那様、大黒さんお助けしたおかげで勝ちましたがな!」
旦那「復活や!強い黒木島が復活や!」

旦那、黒木島の元へ駆けつけて。

旦那「関取、関取!よう頑張った、あの長い長い大相撲を制してよう勝ってくれた。わしゃ嬉しいで」
関取「(息を切らせて)ありがとうございます。水入りは嫌だったもので」

(終)

【青乃屋の一言】
いわゆる「カーネル・サンダースの呪い」伝説というものを、時代物に落とし込んでみました。私はなぜか、昔からこの伝説に惹かれるものがあるんですよね。独特の洒落っ気と人情が詰まってると思います。なのでこの逸話を何とか未来に遺したいと思って書きました。これは本当に自分でも聴いてみたい。いつかどなたかに口演していただける日を待っています。