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【新作落語】馬面師

とある競馬場でのお話。

中年「兄ちゃん、タバコ、三本くれんか」
若僧「なんやおっさん、なんでタバコやらなあかんねん。しかも三本てなんやねん。あっち行けや」
中年「ええ馬の情報教えたるさかい、タバコ、三本くれんか」
若僧「今どきコーチ屋かいな。胡散臭い。あっち行けって」
中年「わしコーチ屋と違うで。馬面師や」
若僧「なんやねん馬面師て」
中年「馬の顔を見たらな、その馬の元気がひと目でわかるねん」
若僧「ほなおっさんがその馬買うたらええやないか」
中年「兄ちゃん、占い師が自分のこと占わんのは、欲がついて易が乱れるからやで。わしは馬面師の修行のために来てんのや。せやからタバコ三本くらいの見返りがちょうどええねん」
若僧「ほな次のレース何が勝つか当ててみいや」
中年「⑤番やなあ…」
若僧「あっほか。単勝80倍やで。絶対来えへん」
中年「いいや、あの馬は福堂から顴骨にかけて張りがある。こういうレースは絶好の運気で元気100倍になる。元気の大将は間違いなくあの馬や」
若僧「なんや急に専門的になったな…。ほな、あの断然の一番人気はどないやねん。あれが負けるっちゅうことやで?」
中年「あの②番はあかん。戦堂に汗、凌雲の窪みに影がある。走る元気を失うてますわ」
若僧「おっさんほんまに馬の顔で元気がわかるんか?」
中年「それが馬面師や」
若僧「なんか⑤番買いとうなってきたな…。よし、ほんだら乗ったるわ。⑤番買うてくるで」
中年「タバコ三本」
若僧「まあええわ。どうせタバコ三本程度のことや。ほら」
中年「毎度」
若僧「ああ、ほんだら急いでマークシートに書かんとな。おし、追加で単勝一万円と…。おっさんもうおらへんがな。おっとレースがスタートや。あれ?なんや⑤番めっちゃ出遅れとるやないか!ああ、最後方を追走するのがやっとや。まるでやる気ないであれ。…②番がぶっちぎりで勝ってもうた。あのおっさん、何が馬面師やくそったれが。文句言うてやらんと気が済まんわ。喫煙スペースにおるんと違うか…おった!美味そうに俺のやったタバコ吸うてるがな。おい!おっさん!」
中年「ああ、毎度」
若僧「毎度やあらへんがな!なんやあの⑤番!ドンケツで全っ然元気なんてあらへんがな。元気一番で勝つんやなかったんかい!」
中年「ああ、馬は元気やったけどな、騎手の元気が足らんかったなあ」

(終)

【青乃屋の一言】
2019年の上方落語台本大賞のお題が「元気」だったので、なんとなく競馬場の話を考えていたのですが、ふくらまなかったので応募はしませんでした。小噺風にまとめてここで公開しておきます。