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ゆさぶる


 パイナップルの匂いが殴りかかってきた。それも生暖かい。すごい!
 鼻の奥で膨らみ続ける香りがあっという間に有の身体中を侵食し、脳みそまで揺らしている。外側からも生暖かくしっとりした風、目を刺激する光はさっき見た窓越しよりももっとリアルなオレンジだ。
 全部が新しい。その衝撃をしっかり全身で受け止め、一つの情報も刺激も逃すまいと身体中がアンテナになっているのが自分でもわかる。ついに来たんだ。タイの全てを細胞に刻み込みながら、有はもう一歩踏み出した。

 私にとってはじめての海外は大学1年時に1人で行ったタイでした。正確にいうとカンボジアに行きたかったのだけど、タイの往復チケットがセールで28800円だったので、タイから陸路でカンボジアを目指しました。

 人の記憶は結晶化していくとどこかで読んだ気がします。より純粋に、洗練されていくと。とても素敵なことだなと思います。

 「はじめて」というのはどれも特別なものです。理由は単純で、はじめてはどう足掻いでも人生で一回しか経験することができないから。

 私は自分のはじめてを全て同じ鮮度では覚えていません。むしろほとんどのはじめては記憶から無くなり、今はもう澱だけが残っているのでしょう。しかしいくつかのはじめては温かみのある白磁色のケースにしまわれて、今日もゆっくりと結晶化を進めています。

 ふとした時に開けるそのケースはもちろん私の宝物です。


 「はじめて」を折に触れ取り出し愛でることあっても、文字に起こすことはしてきませんでした。やってみると案外心地よかったので、もしかしたらまた「はじめて」を書くかもしれません。

青の車窓

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