私たちの間には共犯性がある

とにかく、それをきっかけにして、夫はそのときから、生きるのをやめてしまった。そうなった過程、そこに至るまでに彼が抱いたさまざまな思い、自らに対する誇り、それをわたしは知っていました。それなのに、わたしは最後まで彼と生きることはできませんでした。生きるのをやめてしまったことも、おそらく彼の誇りだった。闇の中でひとり、誇りを守り続けていたのでしょう。

でもわたしは怖かったのです。闇のなかに引きづりこまれるのは、ものすごく怖いことでした。

最後の最後にわたしは、相手がではなくじぶんが生き延びることを選びました。わたしが手をひっぱるからそこから出てという代わりに、わたしは逃げました。そうでなければ、ほんとうに死んでしまいそうだった。

四方田犬彦・石井睦美「再会と別離」


2024.9.30。曇り。休日。またしばらく振りの日記になる。書きたい事が無いから書けないのではなく、何となく書く気が起きないだけだ。しかし書きたい欲求だけはいつもあって、さあ書こうと思い日記のアプリを開くと思考がフリーズしてしまう。毎朝30〜60分、仕事前にカフェで読書をしているが、その時も書けないことが多い。死に損ないの言葉が便秘のように溜まっていて、心の内部で悪臭を放っている。

深夜2時。日中に本寝してしまったので、このまま起きていることにする。久しぶりに冷房を止め、窓を開けて冷気を取り入れる。季節の変更。今年の秋も猛烈なスピードで前髪をかすめていくだけなのだろうか。せめてその肩に手を置き、挨拶くらいはしたいのだが。コーヒーをいれ、煙草に火をつけて夜の匂いをかぐ。外から入る埃っぽい匂いが、窓際に吊るされた植物の間をぬい、濾過されて届く。コンビニの入店チャイムが湿った夜に響く。

元妻もまた、闇の中に引きづりこまれるのが怖かったのだろうか。上の引用はまるで自分と元妻の事かと思うほどに似通っている。もしそのまま一緒にいたらどうなっていただろう?そう考える夜もあったが、一旦大きく離れた気持ちが再び近づくことはない事を知っている。

『こんな状況の俺を放ってお前は出て行くのか?お前はそんなに酷い人間だったのか?』と言ったとき、今まで見たことのない歪んだ顔で、泣きじゃくりながら、絞り出すような声で『元からできた人間じゃない…』と彼女は苦しそうに言った。その瞬間全てを悟った。ああ、彼女はもう限界なんだ、死ぬほど辛いのは彼女も同じなのだと。この一瞬だけ、自分の苦しみが消えた。その場で別れを受け入れ、彼女をなだめた。別れるまでのロードマップを伝え、了承を得て、この先も生き続けるはずの愛情を、2人して殺したのだ。

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少し前に友人から誘いがあって、数年ぶりに飲みに行った。下北沢の本屋で待ち合わせて、鈴木涼美の新刊を買い、階下の日記専門店を覗く。前から欲しい本があったのだが、売り切れていたのが残念だった。そのまま屋外でビールを一杯飲む。1000円のペールエールは今の生活レベルでは贅沢すぎる。でも今日は祝祭だから忘れる。日常に戻ったら我慢すればいい。

私たちの間には、愛よりももっとよいもの、共犯性がある。

マルグリット・ユルスナール「火」

知り合ってもう30年近くなる。若い頃、本屋のバイトで一緒だった年上の彼女からは、たくさんの芸術を教えてもらった。生きていくための日常的な振る舞い、その下のレイヤーにある、普段はほとんど訪れることのない、個人的に光るものを納めている場所。その景色を語り合うことができる唯一の友人。もはや同志という感じだ。そう思っているのはこちらだけかもしれないが、お互いの白髪を見ながら、あっという間の年月だったねと語り合う時間は、過去を起点にしながらも郷愁さを纏わない。未来もない現在のみで語り合う。

浴びるように酒を飲む。ワインのボトルがどんどん開いていく。肉も魚介もするすると胃に収められ、アボカド美味いねー!と大声を出したり、このワインはちょっとどうなのよ?と小声で囁いたりしながらランチタイムを大幅に過ぎて夕方になっている。千鳥足でパン屋に付き合い、ここのパンめっちゃ美味しいから帰りの電車で食べなさい!と本が入っている手さげのビニールに押し込まれる。いやいや、帰宅ラッシュの小田急で食べれるわけないじゃん!と笑い合う酔っ払いの声は、周りの客にとっては不愉快だっただろう。

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また別の日。職場の人たちとバーベキューに行く。アウトドアというくくりでは、自分は全く役に立たない。なので小さな手伝いを細々とこなしながら、ビールを飲む。12人集まって酒を飲むのは3人だけなので、遠慮なくいかせてもらう。

自然の中で飲むと酔いが早い。肉だアヒージョだ焼きそばだ燻製だと次々に運ばれる料理はどこか官能的で、酒が進む。ただ、大勢だったので表面的な話が飛び交うばかりだったのが残念。もう少しだけ深い場所で、何人かと語りたかった。全体的な雰囲気を壊すのもおかしいからこれはこれでいいのだけど。

周りのガチ勢の中で、映画の野外上映をしているグループもあった。この先もしパートナーができたら、2人でこういうのもいいなと思った。静かな森の中で英語のセリフと音楽だけが響いている。そこに虫の声や動物の出す音が重なれば、独特の孤独感が演出されるだろう。開いているようで閉じている。閉じているようで開いている。その往復を2人で体験すること。

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気づけば1時間半が経っている。睡魔はこないのでこのまま仕事に行こう。あと1時間もすれば始発が走る音が聞こえる。明け方を思い起こしていたら久しぶりにこの曲が聴きたくなった。エミマイヤーの歌唱と曲のメロディラインが一日の立ち上がりにピッタリで。

勢いでYouTubeを漁っていたら、菊地成孔とぺぺの新譜が上がっている!前作が傑作すぎて、これ以上のものはできないんじゃないかと思っているが、さてどうなんだろう。タイトルはマヌエル・プイグ『天使の恥部』からだろうが、過去、現在、未来を横断する哀しい愛の物語がどう反映されているのか楽しみでしょうがない。プイグの本も買い直そう。嬉しいギフトだ。



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