悪夢からのメッセージ

人間は、誰かのことを考え、知るようになると、同情するようになる。富と権力を持つ人々が下々の者のことを考えないのは、そうする必要がないからだ。つまり、人の顔色を窺って生きていく必要がない階級は、より無神経になる。

ブレイディみかこ「ブロークン・ブリテンに聞け」


自宅療養100日目。4:30起床。おそらくうなされて目覚めた。不思議な夢を見た。原宿に似た街のユニクロで、試着室の行列に並んでいる。店内ではなく、店外へ列は続き、様々なテナントの間を縫うように人が並ぶ。

ケバブを食いながら並んでいる男がいる。甘辛いソースがカゴの中の服にたれた。染みになっちゃうよ!と自分の飲みかけのビールを注いだら、あっすいません!と言われた。自分のカゴには鉄パイプが入っている。これも売り物だ。見れば他にも何人かのカゴに入っている。パステルカラーもあって、色とりどりだ。

突然、店内の曲がインダストリアルな打ち込みに変わる。その瞬間、鉄パイプを買おうとしている客だけが、列を離れて試着室へ向かう。リニアモーターカーのように、足の裏に設置されている磁石を介して、見えないレールの上を勝手に進んでいく。

試着室の入口にみんなが殺到した瞬間、音楽がベートーヴェンに変わる。そして自分を含めた全員が一斉に試着室を攻撃する。悲鳴は音楽にかき消されて、飛び散った血が白いカーテンに染みを作る。攻撃する側にも、力つきて倒れている者がいる。

彼らの鉄パイプを拾って組み上げるとロードバイクに変わる。それに乗って自分は店を出る。エスカレーターを勢いよく下り、そのスピードのままデパートのメインエントランスを飛び出すとそこに地面は無く、そのまま落下する。

標高10000mの高さからダイビングをしたような景色が続き、たくさんの文字が書かれている紙のように薄い鉄でできた飛行機が、自分の体に当たっては墜落していく。その度に体は翼によって切り裂かれる。そして地表にぶつかるまさにその瞬間、『もう一度やり直せ』という声が聞こえてブラックアウト、目覚める。まあ最悪の夢だが、よくここまで覚えていたものだ。

植物の成長を日々喜びとともに眺めている時にふと思う。自分は子供を持たない人生を明確に選択したが、それは間違いだったかもしれないと。あらゆる『育つ』に人は喜びを感じる。経済や産業、会社、ペット、子供。命あるものだけでなく、社会的な総体としての集団も含めて。逆に考えてみる。『育たない』をどう思うか。停滞、縮小、停止、風化、消失、消滅。やはり気分は晴れない。人は常に育つ存在とともに生き、そして老いていくことが生命体として健全なのではないか。拡大と縮小、成長と老い。背中合わせ、裏と表としての存在。『個別』を超えた総体としての役割。

最近SNSで燃えていた案件に、芸術か否かというトピックがあった。女性をモチーフにした皿だが、胸を切り裂かれ、手術のように左右に広げられ、肋骨が見えている。醤油を垂らした画像のエグみは、そのような作品を見慣れている自分でも一瞬たじろいだ。

人を幸福にする作品以外は必要無いという意見が多発した。反対に、表現活動なのだから気に入らないなら黙って離れろ触れるな、との意見も多数あった。自分に近い意見としては後者だ。ダークな世界観を良いと思う感性が存在することを是とする。

あらゆる小説や絵画、漫画やオブジェ、様々な映像作品にも残酷な作品は多数ある。特にスプラッター映画などはその究極で、いかに残酷でエグいかが選ばれる基準になっている側面がある。しかしそのような作品が発表されるたびに炎上しているわけではない。物議を醸すことはあれど、今回のように、個人が強い思いでSNSでメッセージを発することは少ないように思う。

おそらくあの作品は女性がモチーフだったから炎上したのだろう。男性だったらこうはならない。その理由を述べるのは簡単ではないしボリュームも膨らむので割愛する。思うのは、あの作者さんに男性のバージョンも作ってアップしてほしいということ。カップルでも夫婦でも関係性は何でもいいが、つがいとしての作品にしたらどう評価が変わるのか見てみたい。ひとつ言えるのは、作者さんは決して女性を乏しめたい、蔑ろに扱っているわけではないということ。むしろ表現上のミューズのような気持ちで作成したのだと思う。美の基準は人それぞれだが、あの作品を見て自分は美しいと思った。そう思う自分の感性を、死という残酷さを美に昇華したいという無意識の表れだと思っている。様々な球体関節人形に惹かれるのもそれが理由だろう。

現実のスプラッター度に比べれば、様々なアート作品を持ってしても追いついていないと感じている。ありえない理由で人は死に、残酷すぎる対応で精神は崩壊し、自ら死を選ぶ者が後をたたない。今の社会なんてPG-13レベルではないか。100%健全な社会などあり得ないことはわかっているが、せめて、その社会という作品をPG-18くらいまでレベルを上げてほしいところだ。



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