見出し画像

近況報告

夏目漱石様

拝啓

 爽やかな風が心地よく感じられます。ここ、ロンドンではようやく春を迎えました。春は一生来ないのではないか、と冬中思っておりました。

イギリス英語では、’今日は良い天気だね’ という表現は皮肉でしか使われないものだと思っておりました。今は、春が来て、心の底から ’今日は天気がいいね’ と友達と話すことができます。

ミスター・ナツメはどのようにお過ごしでしょうか? あなたの旧邸に毎日伺っている沙羅です。


留学

123年前、あなたが暮らしていたイギリス、ロンドンに位置するクラップハムに私は、現在住んでおります。あなたが住んでいた家の、通りを挟んだ向かいのフラットに住んでおります。学校帰り、あなたの旧邸に寄って、一日あったことを話すのがルーティンになりました。冬の鬱々とした時期。授業でうまく発言できなかった日。子供に向けられるような視線を自分に向けられた日。講評時、何を言っているのか全くわからず、録音をとって、後から聞き直してもわからない、と泣いた日。

悲観的なコメントをもらっても、帰り道には夏目漱石がいるもんね👅と思うと、強く在ることができました。

好きな作家

あなたには、感謝しても感謝しきれません。人生で一番支えてもらった作家は誰か、と聞かれた場合は躊躇なく、夏目漱石です、と答えます。好きな作家は? と聞かれれば、太宰治と答えます。いちいち言わなくていい、とおっしゃいますか? すみません。

大学在学中、一番苦しかった時、あなたの著書「私の個人主義」を繰り返し、読んでおりました。今でも、Kindleで持ち歩いています。つい先日も、読み返しました。

大学院在学の現在も引き続き、お世話になってます。「倫敦消息」は、私が書いた日記なのではないかと思ってしまうくらい、似た体験が随所に書かれていて、励まされるばかりです。

挨拶などもただ咽喉の処へせり上がって来た字を使ってほっと一息つくくらいの仕儀なんだから向うでこっちを見くびるのは無理はないが、離れ離れの言語の数から云えばあなたよりも我輩の方が余計知っておりますよといってやりたいくらいだ。

夏目漱石(1988)  倫敦消息

挨拶が私も苦手です。今でもパーティは地獄です。まず、名前が覚えられません。そして、なんでもない会話をなんでもないように卒なくこなすのは、まだまだ時間がかかりそうです。毎日、悔しい思いをして、 どうしたらウケを頂けるのか、皮肉やウィットの効いた発言をスパッと言えるのか、必死に研究しております。イギリスでは、ユーモアあふれる紳士がモテますよね。

英語の中に自分が存在しない。
どこからが自分でどこまでが自分なのだろう。
言語が形成している自我と思われるものは本当の自分なのだろうか。
なんか躓かなくていいところで躓くようになった気がする。
日本語で課題やらせろ、日本語で発表させろってめっちゃ思う。お前ら英語で話しやがってって。

11月の日記

学校

Royal College of Art (英国王立美術院、日本語にするとすごく厳かな感じがします。)という学校で建築都市デザインを専攻しています。

現在は卒業設計に向けて、デザインの授業のみですが、論文を読んでディスカッションをする授業は本当に地獄でした。馴染みのないテーマ。ヨーロッパの学生の問題意識の高さ。弾丸のように目の前を通っていく発言の戦場に足を踏み入れるのは相当な恐怖でした。夜中にサムに泣き寝入りして、論文のここの箇所がどうしてもわからないから噛み砕いて! とお願いしたときもありました。翻訳サイトで日本語に訳そうとすると、より訳がわからなくなる体験。あれはなんなんですか。

今は、なんとかやっております。

ロンドンに来てから色々なことに出会いました。大学院で出会う人達は、皆キラキラしています。将来のデザイン業界を引っ張る人たちで溢れています。医者をしながら、学校に通っていたり。自分のブランドを既に持っていたり。会社を経営していたり。才能だけを手がかりに自分の人生を生きていく。そんな覚悟を持った彼らのことを心から尊敬します。と、同時に自分の才能や能力と向き合う日々です。

キラキラした世界をたくさん見ました。それと同じくらい、目を背けたくなるような現実をたくさん見ました。発展途上国への旅行。難民支援団体への参加。イギリスと日本のみで過ごしていたら、世界は美しいもので溢れていると、錯覚したまま人生を終えてしまうところでした。

日本やイギリスのような先進国で、より良いキラキラした世界を作るために建築の仕事をしていくのは、自分の気持ちが持ちそうにありません。壁の向こう側の、貧困に苦しむ人たちの生活を知りながら、世界は完璧に回っていると主張するかのような大都市における建築の設計をするよりも、今日の住処もままならない、明日の希望が見つけられない人たちのための建築を作っていきたいと考えるようになりました。(もちろん、大都市における建築設計も素晴らしいものです。文章を書く仕事も捨てきれないので、どうなるかわかりません。)

薔薇薔薇🌹

どこで生きていくか、決めなければなりません。体をばらばらにして、東京、ロンドン、カレーに置きたい気持ちです。舌は間違いなく、東京です。ロンドンだけは選択肢にありません! イギリス料理だよ、といって出てくるのはインド料理。ブリティッシュミュージアムに掲げられているのはギリシャの遺跡。もう、なんやねん! とツッコミたくなります。

舌、腸、お尻までは日本でお願いしたいです。日本のトイレの右に出るものはいない、と思っています。夏目さんの時代はどうでしたか? 学校のトイレの半分は故障中のマークが下げられ、水道の配管が壊れたため、今日はキャンパスに入ることができません、のメールを月に一回受信。イギリスに来てから何回、トイレが詰まり困ったかわかりません。

耳も日本ですね。日本の音が恋しいなと思うようになりました。それは日本語の音も、風景の中にある音もです。

イギリスの音も愉快で素敵です。チューブ(地下鉄)のゴーという音。鳥の鳴き声。ブリティッシュアクセント。ロンドンも捨てがたいです。そして皮肉やユーモアを聞くためにも耳は必要ですね。

表情はロンドンに置きたいです。海外の人は、ふざけてるんですか、と聞きたくなるくらい、表情筋を使います。実際ふざけているのですが。

結局、人なのかな、と感じるようになりました。その場所にいたい、時間を過ごしたい、と思うのは素敵な人に囲まれている時です。東京でも、ロンドンでも、カレーでも素敵な人に囲まれていて幸せだな、と感じます。

小説

私、小説を書いてるんです。世界にまるで存在していないかのような扱いを受けている人々についての小説を書きたい、と今は考えています。目にした光景を伝える小説を書きたい。皺寄せを受けるのは、いつもマイノリティの人々です。理不尽な世界の中で、それでも希望を持てる小説を書きたいです。

ロンドンで書いた小説の原稿は、あなたに一番初めに読んでもらいたいと思っています。燃やして届けます。楽しみにしていてください。

では、また後ほど。

敬具
5月11日 
沙羅


この記事が参加している募集

#自己紹介

230,057件

#新生活をたのしく

47,902件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?