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ブーメランが突き刺さる

大学時代、映画サークルに所属していたことがある。

そのサークルでは、「人より多くの本数を見ている」ということがステータスであり、それがマニアックであるほどに良いという謎の習わしがあった。
映画批評と称したミーティングのような集まりが妙に殺伐としており、一年の私は思ってたのと何か違う…の連続であった。
今思い出しても相当偏った変な集団だったと思う。
最終的には内輪での恋愛沙汰が次々に起こりどんどん閉塞感が増し、カースト下位の私のような者も、なぜか余り者同士でサークル内の誰かと付き合わないといけないという地獄の空気となっていた。
根暗で自意識過剰な私は早くも一年生の夏過ぎにそのサークルをやめてしまった。映画批評も恋愛沙汰も、好きと承認欲求を履き違えると恐ろしいことになるのだということを知った。

通(つう)ぶって自分の手柄のように威張るのは痛いことだと思い、大切なのは愛だと抽象的な結論でまとめ、様々なことは半端な夢のひとかけらとなっていった。


大学を卒業し、社会人になり、30歳手前の晩、ふと「街の灯」を観たいなと思った。 あの有名なラスト花売りの娘が言う台詞「あなたでしたの」の所をどうしても観たくなってしまったのだ。

久しぶりに行ったレンタルDVD店では、『古典名作』コーナーがなくなっていた。

自意識過剰が今よりも更に酷かったので、レンタル店で監督名を言ったりその中でもチャップリンと言うのが恥ずかしいと思った。
でもどこを探してもコーナーがないのである。

仕方なく
店員に聞いた。

「チャップリンの映画はどこにありますか」

20代前半の髪を染めたお兄さん店員は言った。

「チャ…?ちょっと聞いた事ないですねぇ」 

私は滑舌が悪いので一度で通じないことがよくある。
以前も書いたが、まだ無料だった頃、レジ袋を要りますかと聞かれ、はいと答えてももらえないということが多発していた。
改めて、母音を強調するため口を大きめに開きながらもう一度言った。

「チャップリン のDVDは置いていますか?」

店員は首を傾げながらもはっきり言った。

聞いたことないです」

あまりのキッパリした店員の態度に動揺し、

え、あれです、あの口髭でこういう歩き方の、と口走りながら、ズラリと並ぶDVDの棚と棚と間の細い通路で、チャップリン物真似をした。うろ覚えでちょこまか歩き回り不恰好なペンギンのようになり、しかもそれを客観的に見てる自分もいた。
自分は何をしているのかと思ったけど、自ら始めてしまったのでどうしようもなかった。

店員は首を傾げて静止しており、私もペンギンのまま停止し、変な空気が流れた。   

今まさに、自分がすごく通な映画を知っていることを誇示し、悦にいっている客になっているのではないか。
「あなたでしたの」と言う花売りの言葉が頭に浮かんだ。
世の中って相対的なものなのだなと思った。
誰も何も悪くない。
都合が良いのでそう思うことにした。
 
あれ以来、レンタルDVD店には行っていない。
 


 



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