読書感想文 #7:夜はともだち/井戸ぎほう
好みとの合致度:85%
- 絵柄:4/5
- ストーリー:3/5
- キャラ:5/5
- ノリ:5/5
SとかMとか
恋愛や性生活に関して私は本当にノーマルで、同性を恋愛的に好きになったことはないし、相手を痛めつけて興奮するとか、痛めつけられるのがたまらないとか、そういうことにもやっぱり共感できない。
殺したいくらい憎い相手がいたとして、その人を痛めつけたら気分がいいみたいなことがあるのかもしれない。でもそれは復讐の快感だからSMとは違うんだろうし。
深く共感はできないものの、少しなら理解できるところはある。SMほどの強度でなくても、苦しそうな顔が好きとか、強引なのがいいとか、優しくてほわほわしたこと以外も楽しむ人は多いと思う。
正真正銘のM、飛田くん
ゆる〜い自称Mじゃなく、本作の飛田くんは真性のMだ。
女王様に鞭打たれていかにも愉悦に浸ったような顔をしたり、キャピキャピと声をあげてねだるようなMじゃなく、
おとなしくて、控えめで、恥じらいがあって、涙を浮かべながら苦痛を受け入れて、静かに震えているような可愛い子。
……あれっなんか興奮すr
絵が好きなんだ。絵が。
飛田くんのビジュが。
かわいい男の子がかわいいっていう感情は世界共通だから。
そういうあれだから。
両腕拘束されて首にロープかけられてんのに嬉しそうなのもかわいいしそのロープ咥えてるせいで左頬がちょっと持ち上がってるのもかわ
いや、普通に飛田くんの外見は好みだなと思う。
noteで漫画の感想を書き始めてから、自分が「ハイライトがない真っ黒な目のツラのいい男が好き」だってことにちゃんと気がついた。
チェンソーマンの吉田とかもそれに当てはまるんだろうけど、まだ判定が出ていない。キャラが分からなすぎて私の中のジャッジたちは見定め中なのかも。
Sを演じるノーマルの真澄
飛田くんと真澄は大学で知り合ったが、飛田くんが認識してなかっただけで高校も一緒。うっかり飛田くんのあれこれに踏み込んでしまった真澄は好奇心でS役を買って出る。
分かるよ真澄。
飛田くんみたいなかわいい子がいたら繋がり持ちたくなっちゃうよな。
分かるよ。
許容範囲が広く器用に何でもこなせるタイプらしい真澄は、飛田くんに色々教わって、自分でも勉強して、Sを演じている。
徐々に面白みを感じてはいるものの努力型Sゆえかプレイ中も冷静で、変に客観視しているし、Sではないのでおそるおそるやっていることも多い。
それから、自分がやることで飛田くんが喜んでくれるのは嬉しいけど、プレイ以外に興味がなさそうなのには「ちょっとつまらないな」と思っている。
自分は飛田くん本人にも関心があるのに飛田くんは真澄本人には無関心。
関心の度合いが釣り合ってないのはたしかに嫌かも、分かる。
そういう部分は分かるけど、
たとえ相手が望んでいたとしても、痛めつける行為ができるのってやっぱノーマルではないと思うんだ。
望んで(軽めに)虐げられて泣いてるところを見るのはできるかもしれないけど、殴られたり蹴られたりしてるのは見てられないし、あまつさえ自分が暴力的なことを誰かにするっていうのはどう考えても無理だ。
やっていれば慣れるのかもしれないが、憎しみや怒りなしに暴力を振るうっていうチャンネルが私にはない。
長めの余談
個人的な怨恨のない相手を害するシチュエーションというのはSMに限らず存在する。
簡単なところでいうと「友達の耳にピアスを開けてあげる」とか?
これは私も経験あって、したこともされたこともある。
「害する」っていう意識はないけど「身体に傷をつける」っていう認識はあるし、自分が開けられるのはいいけど誰かのを開けるのは無理って人もいる。
あとは医療行為。
相手のために針を刺したり、肉体を切開したりする。
これも「害する」っていう意識はないだろうけど、私には怖くてできないな、と思う。
ピアッシングも医療行為だけど、ピアッサーだとハードルが下がる。
ニードルを通せと言われたらできない。
あとは(急に重い話になるが)死刑の執行。
日本の絞首刑では執行員3名が同時にそれぞれのボタンを押し、誰が殺したか(トリガーになったか)分からないような仕組みになっているという。
しかしそのシチュエーションを浮かべた時、複数人で負荷分散しなくても私が一人で押しますよ。みたいな心持ちにならないわけではない。
私は自分を善良な市民だと思っているが、その一方で「殺していいと決まった人なら殺せる」というアドルフ・アイヒマン(ホロコーストに関与したナチス・ドイツ期のユダヤ人移送局長官)のような思考に陥る可能性もなくはないと思っている。
まさに私が「押しますよ」と考えているような、おかしな正義感の表れのようだ。義務なんだからやれるでしょ、というある種の思考停止状態にも似ている。
SMとは違うし、そもそも例として挙げるにはシリアスな題材だと思うが、個人的な恨みつらみのない相手に対して暴力を振るうというのは私にとっては同じくらい極端な位置にある。
しかしアイヒマンも普通の人で普通の人だったからこそアイヒマンテスト(ミルグラム実験)なんてものが生まれたのだから、残虐性を表出させるというのは案外容易にできてしまうのかもしれない。
善良な市民という自己認識のある私も、本人に強く請われたり周りから強く要請されたら個人的な恨みや怒りの有無に関係なく残虐なことをやってしまう可能性が大いにあるということだ。
「ボタンを押して死刑囚を殺すのは積極的にできる」と考える時点でしっかり片鱗が見えている。
でも直接殴ったり蹴ったりなんてできない、とも思う。
しかし拘束されている人がいて、周りから「その人は痛みが快感なのだからボタンを押して電流を流せ」「嫌がっているのは演技だ」「その人はあなたにやってほしがってる」「あなたが実行しなければ意味がない」「責任は我々がとる」と言われ続けたら、最終的には高圧電流のボタンを押してしまうんじゃないか?
私は人を殴ることはできなくても、電流を流して同じくらいの苦痛を与えることはできるのでは?
死刑囚を殴るなんて絶対やりたくないのにボタン一つで殺すことには積極性があるんだもんね?
何が違うんだろう。作業の手軽さ?血が見えるかどうか?
じゃあボタンを押して刃物で刺す機構だったらやらないのか?
血の見えない絞首や電気だからやれるのか?針くらいならやるのか?
今は「絶対に高圧電流のボタンなんて押さないよ」と思うし、「これアイヒマンテストじゃん」と途中で気づけば完全に拒絶するという選択肢を選べるかもしれない。
でも、何も知らずにそんなシチュエーションに放り込まれたら最後まで拒絶できるだろうか。自分がどんな判断をするのか全く分からない。
境界線の上のふたり
好奇心だったはずが徐々に執着が芽生え、飛田くんの元彼に嫉妬してみたりプレイ関係なしに一緒に過ごしたくなる真澄。
率直な感想をいうと、ここからは割とよくあるストーリーだ。
恋愛感情を持ってしまってセフレ(的な立ち位置)でいることがもどかしくなり、相手の望むことと自分の望むことがすれ違っていく。
ありふれた筋書きではあるが、登場人物の動きや空気感、絵の美しさ、コマ割りや構図などの表現、そういう魅力があるおかげで作品の面白さが失われることはない。
作品の冒頭では縛ったり言葉で苛んだり軽く蹴る程度だったSM描写が、このあたりからはしっかり暴力的な内容になっている。
飛田くんはその苦痛に喜びを感じているが、Mの気持ちが分からない私としてはちょっと引いてしまい、受け止め方が難しかった。
もっとも、以前からちゃんと暴力的なプレイを取り入れていたようなので、真澄の心境の変化やエゴで暴力性が増したわけではない。
真澄が若干悔いているような描写があるが、それは暴力そのものではなく「一方的な感情で空回りしている情けない自分」と「八つ当たりで暴力を振るってしまったこと」に対しての後悔と憤りだ。
前述の通り真澄はノーマルなので積極的に痛めつけたいわけではないが、"Sの役割としての暴力"を課せられているのだから殴る蹴るは「やるべきこと」であり、そこに問題はない。
と割り切れるのがすごい。
しかしいよいよ無理が生じている様子の真澄に気づき、訝しんだ飛田くんが口火を切る。
真澄は「好き」とは言わないまま、少しだけお互いが思ってることを伝え合う。飛田くんは歩み寄ってくれるけど、やっぱり思うようにはいかない。
真澄は本当は飛田くんに優しくしたいし、役割を演じていない自分を好きになってほしい。
飛田くんは真澄に情がないわけじゃないけど求めているのは「乱暴に扱ってくれる真澄」で、だけど虐げる役割を無理に負わせて苦しめたくはない。
だからもう終わりにしよ、ってことになって
離れ離れになる二人。
結末についての感想は割愛するが、これまでの二人のやりとりや心の動きの方が私の中では重要で、どんな結末でも心に残る作品だった。
(額面通り「結末に左右されない」という意味であって結末が微妙だったという意味ではない)
1巻完結になっているから続編は描かれないんだろうな……
作家さんの気が変わったりしないかな……再開してほしい。
短編でもいい……お願い……
おわりに
この作品、かなり好きかもしれない。
MADK、シュガー・ドラッグ2に続いて本棚(紙)に追加してしまいそうな感触がある。
全体にテンションが低くて、テーマが重めで、内容と絵がマッチしているし絵柄自体も好き。
途中に一瞬だけあるめちゃくちゃ不穏な夢のシーンと、終盤の「理解できる理由があれば安心して殴れんの?」の問答のところがよかった。ノーマルな人とそうでない人の埋まらない認識の差って感じの描写。
多分、紙でも買うと思う。
そういえば読書感想文の冒頭に設けている「好みとの合致度」という指標。
すでに本棚(紙)に並べているMADKとシュガー・ドラッグ2はどちらも85%で、本作も85%だ。
どうやら私は85%を超えると紙でも買うという行動に出るらしい。
厳格な基準があるわけでもなく完全にフィーリングでつけていた項目だが、その数字が意外と信頼できるということが分かったのは割と収穫だった。
本作は同じ作家さんのB.S.S.Mという作品をきっかけに知ったのだが、そっちは表紙に惹かれたパターンで「これ中身絶対あぶない話でしょ、絶対そう」と直感して購入した。
少々分かりにくい部分が多く再読が必要だったものの、イノセント感とポップさを持ちながら治安の悪さを暗に表現したダウナー系の作品になっていてとてもいい。
試しに好みとの合致度を計算してみたら65%だった。
好きだけど、「夜はともだち」の方が断然好み。
ちなみに、作家さんのSNSはほとんど動いていなかったが別アカまで作ってファンレターに律儀に反応していて、なんて優しい人なんだと驚いた。
今後も「井戸ぎほう」さんの作品を楽しみに待ちたい。