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中国福州隔離日記【DAY2】午後と夜

ごはんに揚げものをのせないでください、という例文が必要だと思った。そんな食事がつづく。
とはいえ、広東省創業1865年をうたうなんとか春園グループのお弁当は、すでに揚げものをのせた状態でパックされているので、どうしようもないのだけど。

きょうで一日の生活のペースはだいたい理解できた。
いまいる場所も。お風呂にはそこそこ熱い湯がジェット水流でたまりはじめているのだが、それと同じようには今夜は言葉はわいてこない。停滞している。

それもそうだ。
部屋から一歩もでていないのだから。同じ人が同じ場所に居続けてなにかが生まれてくるためには、もっともっと言葉の海にしずみこまなければいけない。

お昼は10時半に早々にやってくる。けたたましいノックでドアを開けるとだれもおらず弁当だけがある。
やたら太い青菜の油炒め、意味もなく贅沢なエビいため、ハムカツオンライス。味のない、ちょっとやばめのスープ。りんご。

12時過ぎに食べる。ハムカツの駄菓子感にはまりそうになるが、すべて食べることは早々に断念する。

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14時にまたもはげしいノック。これもre-adjustなのだが、そういえば中国ではスタンダードなノックがガサ入れなのだと思い出す。それでもなれない。
熱を測ったふりが一瞬で終了する。

夕食は16時40分にやはりガサ入れノックとともに。
献立は、どこたべるんだスペアリブ(ほんとうにこのメニューが好きな人が多いんだろうか)、ケミカルテイストな謎さかなカラー焼き、油漬け的青菜炒め、チキンフライオンライス。肉団子スープ。レモンに見えるオレンジ。果実があるのはゆいいつの救いか。もってきたチキラーさんを食べる日も近い気がする。

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夕ごはんを食べてくつろいでいたら、廊下からはげしいインカムの声と怒鳴り合っているような声がきこえはじめる。飛行場からのバスがつきはじめたらしい。811号室はちょうどエレベーターのまえにあり、9時すぎまで人々をつぎつぎに部屋に仕分けていく人たちと抗議したり質問したりする人たちの叫び声がひびく。

サンフランシスコのイタリアンタウン近くのストリップ劇場の裏の安宿に2週間滞在した20代はじめを思い出す。あのときは、夜中の酔っ払いの喧噪が、うるわしくも心強くも感じられた。いまはどうだろう。
窓の外をみる。

マンションはほとんど真っ暗で、いったいどれだけ人が住んでいるんだろうと思う。下を見下ろす。防護服で完全防備のスタッフが農薬散布機でトランクにカビキラーをかけ続けている。バスからおろされた乗客は、つかれなのか、不安なのか、トランクのまわりをうろうろしてから、追いやられるようにホテルの裏口に吸い込まれていった。

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どうやっても収容所をイメージしないわけにはいかない二日目はこれで終わるのである。


よかったこと
・朝のスープは期待できるとしった
・窓が少しだけ開くとわかった
・体温測定がいい加減で一瞬で終わること

いまいちなこと
・これまでいまいちあいまいだった滞在期間がこのホテルで3週間と確定したこと
・ノックとピンポンダッシュにはっとさせられること
・湿度が高く洗濯物が乾かないと思い知ったこと

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