最後の雨
毎年の忘れもの
毎年、4月に必ず忘れる事があります。ただ忘れたことで、それで良しと思っている話です。
前職の同期で親しい友人がいました。内定した時から気が合い、よく一緒に遊ぶ仲でした。現場は違えど同じフォアマンとして悩みや面白さを飲みながら語ったものです。
そんなある日、同じ職場の先輩から
「◯◯って知ってるか?」と聞かれ
「ええ、同期の親友ですよ」と返すと
「そ、そうか…亡くなったらしいぞ...」
「・・・、いやいや、先週会ったばかりで元気でしたよ。人違いじゃないです?」
「いや、現場で事故らしい...」
言葉を失いました。受け入れ難い内容で、そのあと動揺しながらも、間違いに違いない!と勝手に信じて、そのまま何も無かったかのように業務を
続けたのを覚えています。
しかし、状況が分かりそうな人に何人にも連絡するも、間違いないという答えしか返ってきませんでした…。
事故の原因は何であれ、彼が帰って来ない事に変わりませんので、そこには言及しません。仕事中の事故で彼の人生が若くして突然終わってしまった、それが全てです。
葬儀の出来事
小雨が降る中、彼の葬儀が執り行われました。式には多くの会社関係者が集まりました。
もちろん同期達も集まり
信じられない、受け入れられない、みんな同じ想いを口々にしていました。
事実を受け入れざるを得なくなるので嫌だなと思いながらも棺を覗くと安らかに寝ている彼がいました。
「みんなどうしたの?」と言って笑って起きてくるんじゃないか、と思ったくらい普通の寝顔でした。
そんな時、ふと彼の言葉を思い出し
「そろそろ結婚するって言ってたのに何で…」とポロっと口に出してしまいました。
そうすると突然、後ろにいた若い女性がワァーっと大声で、泣き出してしまいました。
その女性は父親らしき人に支えられてかろうじて立っている感じでした。
状況から考えて彼の彼女としか思えませんでした。彼女がいる事は良く聞かされていましたが顔は知らなかったのです。
何でこのタイミングでそんな事を思い出して口に出したんだろうと自分でも反省しました、かなり声も小さかったのに…。
彼女はたまたま私の真後ろに立っていたのでした。さっきまでいなかったと思います。近づいてきたタイミングで、まるで彼に言わされたかのような感覚でした。
何も出来なかったという無力感
式では彼のお兄さんから父親を事故で亡くしたのに続き、弟まで亡くす事になったと知らされ愕然としました。残された家族の方の想いは察するに余りあるものでした。
そして彼の上司が家族の前で土下座をして泣きながら何度も何度も謝っていました。
そんな事をしても誰も嬉しくないですし、誰も救われません、家族もやめて下さいと言うしかありません。
それしか、その上司も出来る事がなかったのだとは思います。
事故が本当に防げなかったのか、悔しくてたまらなかったです。
自分に出来る事は無かったのか?何度も問いかけましたが、何もやれる事はなかったという無力感しかありませんでした。
そしてこの仕事をしなければ、彼はもっといい人生を送れたんじゃないだろうかと思いました。
別れの時
式も終わりに近づき出棺の際、彼と同じ職場の先輩が彼の名前を叫んで棺に泣きつきました。それを皮切りにみんな棺に駆け寄り、最後の別れをした時でした。
突然、雨が激しくなり、会場に激しい雨音がしばらくの間、響き渡りました。
彼が涙を流して最後の別れを告げている様な不思議な出来事でした。
そして式が終わり無力感に囚われそうになりましたが、それではダメだ、彼が何かを伝えようとした筈だとまた考え始めました。
今からやれる事
今から私が出来る事は何か?
それは事故防止で彼と彼の家族、そして彼女のように、悲しい想いを二度とさせない事!それしか自分の出来る事は無い!
その結論に至りました。
そこから自分の職場で不安全に感じる事は徹底して対策をすることを心掛けています。
現場から危険との意見は聞き漏らさないようにしていますし、現場を回る際に危ない箇所は無いか確認を欠かさないようにしています。
予算が無いなら貰うように周囲を説得しました、時には階段からの転落防止のため倉庫にエレベーターを設置した事もあります。
人の命のための対策費用は本当に安いです。
100万、200万円で人の命が買えるか?
絶対に買えません。
しかも安全対策でそんなに高額になることも少ないです。
ラインを引く、保護柵を設置する、注意喚起の看板を貼る、保護具を必要分揃える、マニュアルに安全対策を盛り込む、どれも大した費用でなく出来る事ばかりです。多少の工事をしても知れてます。
そこを出し渋って職場の仲間の命が失われるのは本当にバカバカしいです。
物流基本要求仕様書にも、最初に安全を最優先に対応せよと謳っています。私の安全の想いを物流パートナーに伝えたいからです。
こうして安全にはかなり気を遣っている事もあり、自分の管轄する場所では何とか死亡事故ゼロでここまで来れています。
しかし、実際にはこの事故ゼロは本当に難しいと思います。
物流は何トン、何十トンもする貨物を日常的に持ち上げ、吊り上げ、移動させる、しかも繰り返す仕事です。
やはりミスもありますし、ミスがなくとも機械の故障や天候によっても事故は起こり得ます。可能性のある原因は日々取り除く習慣が必要です。
忘れる意味
いつしか安全対策を徹底する事が私の中で彼との約束になっていました。
そして彼の命日の日を毎年忘れています。
敢えてカレンダーにも入れません。
覚えていない訳でもありません。
彼から
「俺の事はいいから前に進めよ!」
と忘れる度にそう言われてる気がするのです。
そう感じたいのかも知れません。
必死に仕事をして、安全を守り、
今年も彼との約束を守れたなと。
死亡事故ゼロ!
全ての職場で目指して欲しい
そんな願いです。
https://x.com/aomina101/status/1783165043611406728?s=46&t=nOOkzlLKLw7ab2HskDUgcA
最後に
今回の話は残念ながら小説ではなく私が体験した本当の話です。もちろん私が勝手に思っているだけの内容も多く含まれています。ネット上でこれを記載すべきか悩みましたが、彼との約束でもある安全への願いを多くの人に共有したいと思いました。
物流に関わる方達に、同じ悲しい経験を絶対にして欲しくないと思います。被災した本人だけでなく、その家族や周囲の人に辛い想いをさせないためにも、安全には妥協せず対策をして欲しいと思います。
1人でも悲しい想いをする人を減らすためにも。
ご安全に!
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