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本『50歳からの孤独入門』齋藤孝/変化を受け入れる時に残るもの

※内容の記述が多少含まれまています。

1.見られ方の変化に気づく
 私はこれまでに何度か、再雇用となっている管理職と話す機会があった。正確には、年下の管理職の私が、年長者である再雇用管理職の人事評価をためのヒアリングを行った。組織のやむを得ない仕組みとはいえ、評価する私はやりにくく、まして評価を受ける年長者は、気持ちの上で納得し難いものだろう。

 その人は、組織の雇用のあり方に怒っていた。これまでの実績があり、組織に貢献してきた。更に持っているノウハウがあるにも関わらず、定年年齢を期に、給料が半分に減った。この待遇は、あまりにも人を馬鹿にしていると。
 別の再雇用管理職の人は、業務実績があったにも関わらず、若い女性職員への言動がセクハラとみなされ、組織からの調査と警告があり、組織に幻滅したと言っていた。
 私も、発病以来、退職を意識するようになってきたので、自分にいくらの値がつくのか、自分を高く評価してくれるところがあるのであれば他に移ることも考えてもいいか、等と思い始めていた。

 この本の第一章には、まさにこれらの待遇をどう考え、どう社会と自分との折り合いをつけていくのかが書かれていた。簡単に言うと、再雇用の制度は会社の新陳代謝なので、組織としての制度と個人への評価を混同して考えない方が良い、ということらしい。そして客観的な現実に対してアジャストしていく力が、人生の最終盤の時期を後悔や自責等の否定的な気持ちで過ごさないコツ、と提案されている。

2.変化に適応する

 この折り合い力は異性関係についても同じ、というところが可笑しかった。男は中年になったらモテるはずがない。四十代になると仕事上はある程度の地位に就いているので部下からは尊重されているはずで、何か自分が重要な人物であるような勘違いをしがちだが、仕事を離れれば、五十代は男性としては全く人気があるはずもない。そこを勘違いするとセクハラになったり、イタい中年になってしまうので気をつけるように、と書いてある。「生物としての人気は40歳で相当落ちているが、45歳で急激に下落し、50歳になったらもはや生物的人気は残っていない」とまで言い切っていて気持ちが良い。私も時々勘違いしそうな時があるので…、言葉で説明されて納得した。

3.自分を客観的に見る

 年齢に比例した自らの変化を客観的に見るのが難しいことが、この年代の一つの課題なのだろう。特に社会の中での自己評価が過大になりがちな男性にその傾向が強く、加齢による思考の頑なさが、この傾向に拍車をかけるのだろう。

 最近高齢者の免許返納や事故のニュースが多い。先日ラジオで、何人かの人にインタビューしていた。「何歳になったら免許を返納しますか?」の問いに、多くの人が「70くらいかな」と答えていた。中には「65歳」と答える人、「80くらいまで大丈夫」という人もいた。
自分で危ないなと思うようになったら、運転をやめようと思っているようなのだが、果たして自分で気づけるものなのだろうか。60代でもかなりの人が「運転には自信がある」と答えていた。

 私は、難病を発症してから、反射的な動作が以前と比べて一瞬遅くなっていると感じている。ほんの一瞬なのだけれど、遅い。

この一瞬が運転だとどれくらいかというと…
 時速40㎞くらいだと安全に止まれるので、おそらく安全が問題になるのは、法定速度をやや超過した時速60㎞くらいだろう。
時速60㎞=60,000mでは、一時間に車は60,000m進む。これは1分で1,000m、1秒で16.7mということである。
 つまり0.1秒の反応の遅れで1.67m進むのだ。0.1秒というと、手を叩こうと思ってから叩くまでの間くらいしかない。気づいてから咄嗟に急ブレーキを踏むのが0.5秒遅れた場合には、その間に8.35m走ってしまう。この制動距離では、避けられずに衝突するに違いない。

 毎日通勤で乗っていて、やっと自分のわずかな変化に気づく。時々用事があって運転する人が気づくのは難しいだろう。ここに、高齢になると自らを客観視しにくくなる心理的特徴が加われば、なおさら自ら気づくのは難しいように思う。「大丈夫」と言っている人こそ、意識できていない分危険だろう。責任行為を行う場合には、自らに気づけないことが、人に危険を及ぼすことがあり得る。

4.残るもの

 ただ、私たちはこれらのことを、簡単に「老害」と揶揄はできないと思う。なぜなら、加齢に伴う変化を受け入れられない背景には、誰もが持つはずの、アイデンティティと自らの存在意義を喪失する恐怖があるから。仕事の中で輝いていた自分や、運転によって得られた素晴らしい体験が記憶の中に強く残っているからこそ、「変化」はそれらを失うことを意味する。その時に何が残るのか。何を残せるのか。


 変化を受け入れる力、自分の中に残るものは、高齢期ではなく、そのずっとずっと手前から、私の目の前にある問いなのだろう。

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『50歳からの孤独入門』 齋藤 孝  朝日新書 2018
本稿&画像 Ⓒ2019 青海 陽

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