32sai 気分循環性障害のルーツを考える

少しずつ涼しくなってきました。
今日は9月決算の我が家の家計簿をまとめて来年度の予算を算出しておりました。あと1か月ですが、おおむね予算差内での生活ができていた模様です。


「気分の調節がうまくいかない」
そう聞いたときに自分の中でハッとした気持ちでした。
ほんとにちょっとしたことで急に泣き出してしまうのです。
ちょっと自分のせいかもしれないと思うと、急に気持ちがブルーになって
誰とも話したくなくなる。

幼少期。
3人兄弟の真ん中で女の子。女の子なのだから!そう言われて
毎日生活していました。女で生まれたことを最悪と思って、一人称は
「オレ」好きな色は青。とにかくお兄ちゃんと弟と一緒に遊んでいました。
そんな生活を中学生までしていました。思えばこのころから親には本音が言えなくなっていました。

とにかく早く大人になりたくて、勉強を頑張りました。
その時は友達と遊ぶのも苦手。ましてや女の子が興味のあるようなことは何もわからなかったので、女友達なんてうまく作れませんでした。
中学校の先生にも毎日一人でいることが多いと2者面談で言われるほど。
中学までにかかわる人とずっとかかわるわけではないという感情でした。
それくらい人を信じられず、一人で立っていたくて、仲良しメンバーのケンカであぶれると都合のいいように声をかけて利用してくる周りの女子に嫌悪感でした。友達なんてそんなもんと思ってしまっていたのがいけなかったのかなと。

私はやはり周りとの関係を構築することが苦手で、衝動的で、一貫性がなくて、普通が何かわからない。大学の部活では、部活のルールを守ることができませんでした。その時自分が大事だと思うことへ全力投球。自分の価値観を押し付けてしまうことが増えていきました。
今思えばなんてガキなのかと思います。でもこの時から普通の人とは違う?周囲の感じと自分って何か違うと思いました。

社会人になっても、自分の本音を隠して、何とか仕事に食らいつき、
出世頭になりました。それでもどこか自分がどんどん乖離していく感じがあって、頑張れば頑張るほど、しんどくなっていく日々でした。

昇格が決まってすぐ、結婚して妊娠して、子供が生まれました。でも自分は本音で家族としゃべったことなかったので、今でも悩みます。どう子供と向き合っていけばいいのかわからないのです。
やな思い毎日させてしまっている気がして辛い。

だからこそ、安定していたい。子供たちとゆったりとゆっくりと、でも私が思った自分らしい自分でいて、毎日元気に過ごしたい。ただそれだけなのに、なんて難しいことなんでしょうか。

すべてがうまくできないことばかり。答えがないのに答えを探してしまう。誰かと比べることで安心する術を身に着けてしまって、自分の軸がなくなってしまった10年間でした。ただ6歳の自分が強くイメージしてきた自分にはなれたけど、でもそれが30歳までの自分で。それがなくなった今、ぽっかりと空いた穴を埋めることができなくなってしまった。

好きなこと、趣味もない。仕事がすべてだったのに、子供の病気や自分の体調不良で仕事を全うすることもできない

そんな苦しい2年でした。心と体が空中分解してしまった。そんな言葉がぴったりです。まずは整えていきたい。それだけが私の今の目標です。

今までずっと我慢してきた分、自分の感情を大切にして、やりたいことをやってみようと思います。
そうすれば晴れやかに穏やかな気持ちになれるかなと。

少しネガティブでしたが、自分なりに今やるべきことをはっきりできたかなと思います。

ここまでありがとうございました。


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