見出し画像

「牧野富太郎」博士はこんなにすごい人だった/NHK朝の連ドラ「らんまん」のモデル

みなさん、こんにちは。ファシリテーターの青木マーキーです。森野案内人・三浦豊さんとやっている「みんなの森のサロン」では、毎月1回、ゲストをお招きして、森に関する知見を深めています。2022年12月のテーマは「牧野富太郎博士と森」。高知県にある牧野植物園の藤川和美研究員に登場していただき、牧野博士の魅力をたっぷり伺いました。


高知県立牧野植物園につとめる藤川研究員/植物分類学の博士なのにとってもフレンドリー


草木を愛した人

正直いって、牧野博士はすごすぎます!いやーびっくり。何がすごいって「江戸の終わりに生まれて、昭和の戦後で没するまで、草木を愛し、描き、名付け続けた人」だからだろうなと思います。もともと、高知の酒屋さんの跡取りとして、裕福な家に、生まれたそうなのですが、草木の研究のために蔵書を買ったり、調査にでかけたり、標本を山のようにつくことに没頭したことで、その家の財産をほとんど使ってしまったそうです。

笑顔がステキな牧野博士。キュート、かわいい!と好評でした


実家の財産を使い切ったのちも、東京大学の助手としていただく給金以上に植物研究にお金をつぎこみ、山のように借金を背負いながら研究を続けたお方。何か、ひとつのことに打ち込むエネルギーがハンパない方。

小学校は2年で自主退学し、独学で草木を学びます。なかでも、僕が衝撃を受けたのは、牧野博士が18才か19才のころに残した研究の心得です。


赭鞭一撻

「しゃべんいったつ」とよばれるの心得は、15項目あります。

短文で、言い切る文体がステキ。

植物学を志すには「忍耐が必要」「精密さが必要」といった基本的なことから「洋書も読もうね」「顕微鏡とか図鑑はお金かかるけどケチじゃダメだよ」とか「とにかく山をあるこう」「自分の植物園を持とう」「いろんな人と意見交換しよう」「偉い先生の言葉だけを聞くのではなく、子どもや農夫や女中をしている方たちの声に耳を傾け、記録をしよう」といった意味合いの言葉が並びます。うん。これ、おじいさんになってからではなく、二十歳の前に言ってたのがスゴい。まじでビビります。志のある青年だったんだなぁ。

赭鞭一撻については、こちらのブログり↑ に詳しく解説されています。

すぐれた描写


とにかく、牧野博士が素晴らしいのは、植物を愛し、何度も山に通って観察し、その姿を一枚の精細な絵に収めるという技術の高さです。私たちが通常見ている植物図鑑は、写真のものが多いですが、牧野博士は、自身の筆や墨で植物を微細に描いてゆきます。何度も何度もその植物をみているので、その草の特徴をとらえて、花も実も葉っぱも、季節ごとに見せる姿も一枚の絵に書き込めるのは、牧野博士をおいて、右に出る人がいないレベルだそうです。なんでも、牧野博士の手元には植物を描くための特別な細かな筆があったそうな。うーん、すごい。



ピンチもあれば救いもある

高知の男性は「いごっそう」と呼ばれ、猪突猛進というか、やるときめたら周りを気にせずとことんやる、という方が多いそうです。牧野博士は、植物の研究のために一切をなげうち、たとえ相手がどんなに偉い先生であろうと、植物に関する記載の間違いがあれば正しにゆくところがあったので、あちこちでトラブルや衝突もあったようです。東京大学への出入りを許されていた牧野博士に「もう、研究室には出入りしないでほしい」というノーがつきつけられたのが28才のころ。日本に絶望して、ロシアの先生を頼って渡航しようと思ったが、その先生が亡くなって断念したのが29才のころ。膨大な借金をかかえて、にっちもさっちもいかなくなったのが54才のころ、など、何度か大きなピンチを迎えます。が、必ず誰かが助けにきて、借金を肩代わりしてくれたり、標本をあずかってくれたりしたそうです。大きな志をもって、真っ直ぐに突き進んでいると「牧野さんを応援したい」という気持ちに、人はなるんだろうなと思います。僕でさえ、そう思うので。


最愛の妻を亡くす

記録魔として知られた牧野博士は、どこの森にいって、どんな植物と出会ったか。その日の天気や、山の様子など、ことこまかに記録していました。日本中の野山をかけめぐり、植物採集用の胴乱をかついで、標本を集めては自宅に送付します。家では、妻の壽衛さんをはじめ、家族一同で、その植物の標本をつくる日々。借金も多く、苦労を重ねたうえで、最愛の妻が亡くなります。牧野博士66才のころ。

美人のすえさん。亡くした妻を思ってササの命名につなげるあたりが牧野博士

何があっても記録を続けた牧野博士ですが、妻が亡くなってしばらくは、ぱたりと筆を止め、記録が残っていないようです。心にぽっかり穴があいたのでしょうか。そういう気持ちになるの、わかるなぁ。とてもつらかったんだろうなと推測します。

世の中の あらん限りや スエコ笹

牧野博士が亡くなった妻を思って詠んだ歌


万人に植物を伝える晩年

妻の死を乗り越えた牧野博士。このころから明るい表情の写真がたくさん残っているようです。研究者のための研究ではなく、万人が植物を解するための普及活動に力をそそぎます。日本中の植物愛好家と交流し、植物研究の裾野を広げます。日本各地で観察会をひらきます。子どもだろうが、素人だろうが、どんな人の質問にも答えてゆくというスタイルだったそうです。そして、数多くの図鑑を残すのです。藤川研究員にお奨めいただいたのは、この図鑑。買いやすい値段で、山にも持って行けるサイズらしい。我が家にも一冊、置こうかな。

朝の連ドラに!

そんな牧野先生をモデルに来春からNHKの朝の連ドラ「らんまん」がはじまるようです。神木隆之介くんがどんな演技を見せてくれるのか、牧野博士の生涯をフィクションをまじえて、どのように描くのか、とても楽しみですね。主題歌はあいみょんか!

というわけで、「牧野富太郎と森」のお話しを聞いたよ、のレポートでした。牧野植物園の藤川研究員による2時間のトークはあっという間でしたが、ステキなお人柄で、かつ牧野博士の志をついで、今、ミャンマーの植物を網羅する研究もしているお姿が素晴らしかったです。アーカイブも購入視聴できますので、ご興味ある方は、以下のリンク「シーズン3十五話 牧野富太郎と森」をポチってください。自宅でゆっくり楽しめます。


最近、こんな本を読んで「どうやったら、わたしたちは、よき祖先になれるのか?」なんて話を友人達としています。


思えば、牧野博士のように「日本中を回って、日本の植物を網羅する図鑑をつくりたい」という志をもった祖先がいてくれて、本当によかったな、と思います。おかげで、私たちの手元には図鑑があり、日本にどんな木や草があるかを知ることができるのです。植物は私たちの暮らす地球や大気をよい状態に保ってくれます。牧野博士、ありがとうございました。高知の牧野植物園や、練馬区の牧野記念庭園にも、行ってみようっと! それでは皆さん、よい一日を。

おまけ


当日、視聴していた友人のまーちが、こんなメモを残してくれました。ナイス板書!2時間の話をA4で1枚にまとめることが特技らしいです。わお、才能!


まーちは徳島県の木頭にすんでいます/板書の才能あり!

きっとくらす というnoteも書いてます


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?