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五感をフルに使って会議する /ファシリテーション一日一話 22

週末は、東京都美術館を拠点に活動するアート・コミュニケーターのみなさんと過ごした。とびラーと呼称されるこの人たちは、アートの扉を開くべく集った3年間の期間限定でボランタリーに活動する人たち。様々な世代・職業・得意技を持つ人が集い、研鑽しあい、アートを介したコミュニケーションや企画を次々と展開していく個性あふれる面白い人たちだ。

僕はこの方々に「グッドミーティング=よい会議につくり方」を伝えに毎年伺っている。今回はちょうど視覚障害を持ったとびラ〜さんがいたので「会議では五感をフルに使うといい」というお話しをした。

五感というのは、聴覚、視覚、触覚、嗅覚、味覚のこと。

言わんとするところを「聴く」

まずは「聴く」。これは会議の基本だ。どう「聴く」のかで、話し合いの進め方は大きく変わってくる。例えば犬猿の仲の相手の話は「どうやって、こいつに反論してやろうか」と思ってきいてしまったりする。そうすると生産性のある話し合いも、相互理解も深まらず、何時間話し合っても、なじりあいになってしまう。「聴く」コツは、どう反論しようかとか身構えずに、「言葉尻をとらえるのではなく、相手の言わんとするところをとらえよう」と思って聴くことだ。お相手の発した言葉や情報だけでなく、どのような気持ちや感情をもっているかを、受け取りながら「聴く」。これを意識するだけで、だいぶん変わってくるものだ。研修では3−4人ひと組を組んで「あなたは何をしに、とびラ〜へ応募しようと思ったの?」という話を聴き合ってもらった。すでに西村佳哲さんによる「聴く力」の講座を終えた皆さんは、瞬時に深く聴きあえるモードに入った。すごい。

皆が見えるように「書く」

つぎに「見る」は、議論の見える化について紹介した。話し合いで出た発言を板書する。相手の話をよくきいて、その要点を、みんなが見えるように書き記す。すると「あ、こんな意見が出ているんだな」と見てとることができ、それに加えて次の発言を出しやすくなる。そんな実験を少々行った。自分の意見をきちんとくみ取って書いてもらえることは、心地よい。文字だけでなく、イラストなんかを交えて書かせてもらうのも、またよい。アートコミュニケーターとだけあって、わいわい落書きは進む。

触れると心が動く


さらに「触る」に話題はうつる。通常の会議は、視覚と聴覚で進んでゆくが、そのなかに「触る」という要素をいれると、ぐんと話は深まってゆく。今回は、参加する皆さんに「何か、お気に入りの小物をもってきて」とお願いをしてあったので、それを活用することにした。「いまから、目をつぶってAさんのお気に入りの小物を回していただきます。自分の手のひらで触れてみて、どんな感じがするか?を味わって話してみてください」と。すると、小さなぬいぐるみを回す方がいたり、チェーンのついたキーホルダーをまわす人がいたり、かわいいキャラクターがついたホッチキスをまわす人がいた。はじめて触れるカタチに、人々は触発され、「なんか心地よい柔らかさがある」「たぶんこれ、実用性とユーモアが混ざった文具だ」とか当てっこしたりする。一通り回ったら目をあけて小物を眺め、それを持ってきた当人に、小物の由来や、お気に入りポイントを話しながら、自己紹介してもらう。当人のプロフィールをきくだけではない、何かを感じることができる。手で触れた感覚というのは、視覚や聴覚とはまた違う何かを触発する。アートコミュニケーターが行う会議は、触発するものが豊かなほうがきっと面白いだろう。

香りは記憶と直結する

続いて「嗅ぐ」時間に入る。ここまで進むと、部屋中に50名ほどの呼気があふれ、もんわりとしてくる。そこへ、淡路島から持参したヒノキのエッセンシャル・オイルを薄めたスプレーを散布してみた。爽やかな香りがただよう。だれかの文章で、「匂いは記憶に直結する」みたいな話を読んだことがある。懐かしい香りを嗅ぐと、その記憶がぐんと甦ってきたりもする。話し合いのテーマによっては、それに相応しい「香り」を用意するのも、ありだ。会議室に入った瞬間にいい香りがしていたら、気持ちよく話し合いをはじめることもできる。理屈ではなく「そうそう、それだよ」みたいなコトが交わしやすくなるかもしれない。

ともに味わう

そして最後は「味わう」だ。会議の達人は味覚を使う。僕の知っている方で、手作りの焼き菓子を会議に持ってくる人がいる。会議中に対立が起きてしまって抜け出せなくなったり、ちょっと雰囲気が悪くなってしまったな、という時に「そういえば、私、お菓子を焼いてきたんですよ」といって出してもらうと、それだけで場が和み、そのお菓子の話題をしながら、関係性がほぐれていくシーンを何度か見させていただいた。自分で焼いてこなくても、ちょっとした差し入れぐらいなら誰にも可能だ。今回はとびラ〜のみなさんに「何か差し入れのお菓子を持ってきてくれたらうれしい」と伝えたところ、様々なスイーツが登場した。それらをちょっとつまみながら「よい会議とは何だろう?」と話し合っていただいた。

よき食べ物の優れた点は、五感をフルに使えるということでもある。見て美しく、嗅いでかぐわしく、くちびるが触れて喜び、よき音を立て、心から味わえる。ある知り合いは「本当に大事な会議をするときは、信頼するシェフに料理を頼む」と言い切っている人もいた。美味しいものを囲んで話せば、トラブルにはなりにくい。だから外交官とか大使館職員は、晩餐会や食事会を開いているのかもしれない。まぁ、そこまで行かなくても、今日の会議に何か差し入れしようかな、と思いを馳せる人がひとりいるだけで、皆が気持ちよく話せる可能性は高まるように、僕は思う。

東京都美術館では、デ・キリコ展が開催されていた。彼が描く不思議な絵画のわきに、時折登場するブドウやスイカがみずみずしく、まるで生きているようだった。僕は巨大なスイカと鎧の絵が気に入って、しばし見入っていた。よき絵画も、よき会議も、五感をフルに使って楽しみたい。うん、今度、対話型鑑賞で巡る淡路島&食い倒れツアーもやろうかな。


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