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壊れたピアノと、音を見守るしかない僕。

最近キーボードが長かったんだ。


だからそろそろくると思ったんだ。「あおい」って。


いつもタイピング音で目が覚めて、寝たふりをして音に揺られていた。心地よいタッチでとんととっと物語が生まれ、時折殺すように消される。その抑揚が絶妙で、彼女はやっぱり作家で、プロで、小説を書くのが大好きで、いつも楽しそうに文章で踊っていた。

だからか、異変には敏感になった。

リズムが崩れ、ぎこちなくなった。そして、朝までそれが続くことも増えた。やっぱり「きて」いる。

彼女の病気のことはよく知らないし、調べないでと言われている。だから知らないし、「あおい」と呼ばれるまで手を繋がないし手を差し出せない。

苦しそうに、でもそれと同時にタガが外れたように行動的になった。

ひたすら喋り、感情の振れ幅が大きくなり、買い物が増え、眠らなくなり、苦しそうに小説を書いていた。自分をコントロールできていないようだった。

いつの日だったか彼女は言った。

「”あの時”はとにかくしんどい代わりにアイディアが止まらない。だから無理やり書かされている感覚になる」と。

ずっと眠らない。眠れない。見ているだけで苦しくなる彼女は畳1枚分しか離れていない。それが余計に。

壊れたピアノが永遠に、夜のキッチンで鈍く鳴る。僕はその音を見守ることしか許されていない。

それを破るのはとても簡単だったけど、それ以上に何か大事なものを一瞬で破壊してしまいそうで怖かった。


だから、待つ。


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