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〜ブルー・ストーン〜第三話   「引力と重力」

もう後戻りは出来ない状況だった。僕は覚悟を決めてスロットルを全開にした。

そこからは一瞬の出来事だった、激しい衝撃音と共に空中に投げ出された僕の体。ゆっくりと伝わる鈍い痛み。背中と尻を強く打った。意識がぼやけていくのが分かる。体を動かすのが辛い。このままじっとしていたかった。でも、何としてでも地下まで行かなくちゃならなかった。始めはほんの好奇心と探求心だけだった。しかし、今では義務感を感じ始めていた。

「立て…立つんだよ!僕の…僕の体…動け!!動くんだ!!」

涙と涎と血液が重力に従って我が儘に垂れていくそれはまさに、痛みと暴力を象徴するようだった。

僕は、全身の筋肉を奮い立たせ、ゆっくりと確実に体を起こす。

奴の方に目を向けた。

奴は、僕のマグネティックバイクの下敷きになり動けない様子だった。よく見ると、奴の体からはケーブルが剥き出しになっていた。奴はメカニカルのボディを持つロボットだったのだ。戦闘用にしてはボディがメカ的に貧弱だし、機敏性も低い。唯一評価できる特性は、粘着質な追跡だ。

少しづつ立ち上がる。両手で足を押さえながら、歯を食いしばりながら立ち上がる。背中が痛くて痛くて涙が出ている。足を引きずりながら、地下へと向かう。まるで阿鼻地獄に落とされたような気持ちだった。消えない痛みと、地下までの長い道のり。人生で初めて味わう最低な気持ちだった。

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地下への入り口は、分かりやすい所にあった。

全身痛かったが、僕は堪えて地下へと続く薄暗い階段を降りていった。階段は、ひと昔前に流行った、キャタピラータイプのもので、今の僕にはかなり歩きやすかった。そもそもキャタピラータイプの階段が普及したのは、ひと昔前のロボットがタイヤ走行型で、階段の段差を彼らが上がるには、やや難があったからなのだ。いわゆるバリアフリーのようなもので、機械生命体論の普及と同時にロボットへのバリアフリーも広がっていった。しかし、今のロボットは僕たち人間と同じ足を持っており、キャタピラータイプの階段は不要となったのだ。

階段を下まで降りていった所で、左手に狭い通路が続いていた。

通路を真っ直ぐ20m程進んだ所で、広がったフロアになっており、その前方には銀色の所々錆びてしまっている鉄扉があった。僕はその扉の方まで歩いて行き、鉄扉に触れてみた。だんだんと僕の体温が鉄扉に吸い取られていく。やがて鉄扉は、僕の体温と殆ど同じ温度になっていった。心地よい気分だった。全身の痛みがほんの少しだけ和らいだ気がした。

鉄扉は、その質感と肌触りから、ステンレスで作られたものだとわかった。ステンレスはその表面にミクロンレベルでの薄い膜を形成しており、その性質から空気や水との接触を防ぐことができる。それゆえ基本的に錆が発生しないはずなのだが。長い間閉ざされていたのだろう。扉の隅の方には小さな錆の斑点がコロニーを形成し、無秩序な文様を描き出していた。

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扉の中央部には、キーパッドが取り付けられている。配線は剥き出しになっておりアルファベットのボタンが横三列に配置されている。恐らくこのキーパッドにパスワードを入力し、扉を開けるのであろう。僕は扉に体重をかけながら体勢を整え、恐る恐るキーパッドへ『M O B I U S』と打ち込み、そして開錠ボタンを強く押す。

反応が無い。

リセットボタンを押し、もう一度パスワードを打ち込む。そして開錠ボタンをさらに強く押してやった。

しかし、扉はだんまりを決め込んだまま。

僕は怒りを感じていた。SOSを求める誰かを助けるためにここまで来たのに。僕の方が助けを求める立場になってしまっている。当たりどころの無いこの苛立ち。

僕を見下ろすかのような鉄扉に思い切り蹴りを入れてやった。物に当たるのは本当は良く無いが、この時ばかりは物に当たっていて正解だった。

動かなかった鉄扉は衝撃によりゴーゥンと音をだして開き始めた。錆によって、扉の可動部が固着してしまっていたようだ。

扉が半分くらい開いたところで僕は中の様子をチラリと覗き見た。中は白い部屋だった、一見したところ誰も見当たらない。部屋には、机と椅子と本棚が置かれているだけのシンプルな部屋だった。扉が全て開き、中に入る。すると今度はギィッと高い音を出しながら扉が閉まっていった。

白い部屋に机と椅子。あとは本棚。それがあるだけで、その他には特に何も無い部屋だった。しかし、変だ。この広い部屋の面積に対して置かれている家具の数がこれだけって、不自然じゃないか?それに、地下へと辿り着いたのは良いが、誰もいないじゃ無いか。

「はぁ…」

ため息をついた。今日は散々な1日だった。体の至る所が痛む。なにより、もの凄く疲れ果てていた。

僕は部屋の中央に配置された机と椅子と本棚の方へと向かう。そしてどうしたかというと、椅子に腰掛け、机に置かれた『引力の証明』というタイトルの本に目をやり、それを手にとって栞が挟まれたページを開いた。

"引力は確かに存在するのだ。我々は我々によって引き合わされた後、少しづつ互いは溶け合い…すっかり融合してしまい、やがては一つになる。引力に抗うことは我々にとっては不可能という事だよ。"

黒いインクの波打った線が、この文章を囲っていた。特にどうというわけでは無いのだが、僕はこの文章に惹かれてしまった。しばらくその文章を眺める。

「少しづつ互いは溶け合い…すっかり融合してしまい、やがては一つになる…か。僕には難解だ。」

ぼーっと眺める。その不可解な…宇宙的な文章とノスタルジア。どこか深い所へ静かに引きずり込まれるような感覚。これは、この感覚は重力だ。

僕は心地良さを感じながら瞼を閉じた。

"重力" 僕はその見えない力によってすっかり寝かし付けられていた。

『眠り』というのは『螺旋階段』ではないか。眠り始めると、僕の意識はこの無限の螺旋階段を下り始める。僕が望めばどこまでもどこまでも下へと向かっていく。今はただ、ずっとこの階段を下りて行きたい。そのほうが楽だから。吸い込まれるように、重力に包まれるように僕は深い眠りについた。



登場人物

コノハ・イサム:分解屋で機械生命体論者。

スイ:NoDate...

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