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「宮廷妖鬼調査省 鳳凰の行く末」 第一話 ことばの歌姫と鳳凰の邂逅

あらすじ
舞台は架空の中華風の世界、四瑞国の一つである鳳凰国。
鳳凰国には妖鬼が出没し、人々の生活が脅かされている。
主人公は鳳凰国の片田舎で暮らすそうしーしゃん
音や声を聞くだけで楽譜に起こすことができ、楽譜を行動に照らし合わせて異種族の言語解析をする技能を持つ。
鳳凰国皇太子、しあるいは妖鬼対策のため『妖鬼調査省』を設けた。
夏睿は詩響に妖鬼言語の解読をさせるべく、家族を人質に取り詩響を妖鬼調査省へ引きずり込む。渋々妖鬼調査官として歩み始める詩響だが、最終的には皇太子妃候補として政権争いに立ち向かう。
田舎娘・詩響のシンデレラストーリー。


記述方式
セリフ:人物名「」で記入
モノローグ:〈〉で指定


■導入
特定のキャラクターが喋るのではなく、絵巻物を広げているイメージ。

ナレーション〈
この世界は四つの国に分かれている。『四瑞国』と称される鳳凰国と麒麟国、霊亀国、竜国だ。
四瑞とは四大瑞獣。鳳凰と麒麟、霊亀、それらを束ねる応竜を指すが、四瑞国は四瑞によって作られた国。
四瑞の目的は絶滅が危惧される生物の保護だと語られているが明らかではない。国の統治を人間に託して姿を消してしまったからだ。
いつしか人々は創世の歴史を忘れ、瑞獣は文字に残るだけの伝承になっていた。
しかし瑞獣の存在を信じてすがらざるを得ない事件が起きた。
百数十年ばかり前、鳳凰国沿岸部の集落を異形が襲った異形の姿は人間とは大きく異なっている。四つ足に刃物を通さない固い皮膚、どこが目なのかも分からないひしゃげた顔、赤黒くべたついた皮膚。突き出た物は角なのか牙なのかも分からず、耳障りな鳴き声は聞くに堪えない。
まるで物語に見る妖のような、神話に聞く鬼のような――正体不明の異形は『妖鬼』と呼ばれた。
妖鬼は集落を一つ占領してはまた次へ足を延ばし、少しずつ少しずつ大陸中心部へと侵略を続けている。〉

■本編開始。詩響の自宅・早朝六時頃

詩響は座って鼻歌を歌いながら、父の服を畳んで革製でぼろぼろの袋に詰め込んでいく。

詩響「~♪ ~♪」

父が入ってくる。

詩響の父「今日も絶好調だな、名もなき村の名もなき歌姫」
詩響「おはよ。褒めるのか嫌味なのか、わかりやすく言ってよ。着替えこれね」

詩響は立ち上がり父に袋を渡すと、後ろを振り向き部屋の奥へ行く。

詩響「れんしん! 朝よ! 起きなさい!」

廉心は寝間着姿。机に伏してたくさんの本に埋もれている。

詩響「また明け方まで本読んでたわね!」
廉心「今日長老様に返すから……」
詩響「また借りればいいでしょ。勉強もいいけど健康第一よ」
廉心「分かってるよ。けどこの村って書院無いから勉強は自分でやらないとさ」
詩響「はいはい。いいから支度して」

父は二人の会話を幸せそうな表情で聞きながら玄関へ向かう。

詩響の父「夜は母さんのとこ寄ってくるから夕飯はいらない」
詩響「ん。分かった」

詩響は父を見送るために小走りで玄関へ行き、外へ出ながら会話をする。

詩響「行ってらっしゃい!」

父は詩響に手を振り出かけていく。

詩響ナレーション〈我が家は四人家族だ。母が病気のため薬が必要なのだが、それが高額で生活は苦しい。それでも私たちは幸せに暮らしている〉

父の背を見送っていると、足元に野良犬がやって来る。

犬「わんわん!」
詩響「あ、今日も来てくれたのね」

詩響は嬉しそうに微笑みながら犬の前にしゃがみ、歌を歌い始める。
特定の歌詞は無く「あー」と歌うだけ。
歌で犬と会話をしている重要なシーンなので、犬に語り掛けるようにじっと見つめて歌う。
爽やかですがすがしい空気が流れているような壮大な描写。

詩響「~♪ ~♪」

犬は詩響の歌に聞き入り、うんうんと頷いている。
会話が成立しているシーンなので、犬の回答を待ってまた歌うといったやりとりを描く。
家から外出着に着替え、自分と詩響の鞄を持っている廉心が出て来る。
廉心は「仕方ないな」というような表情で見ている。困ったような嬉しいような、入り混じった表情。
隣の家からにこにこの笑顔で絹ばあちゃんが登場する。絹ばあちゃんは大荷物。

絹「詩響ちゃんは今日も良い歌声だ」
詩響「絹ばあちゃん」
絹「こんな良い歌なのに犬しか聞く相手がいないなんてもったいないね」
詩響「これは歌じゃないよ。お喋りしてるの」
絹「ははは。犬は喋らないよ」
廉心「姉ちゃんは犬言語を歌にできるんだよ」
絹「何だいそれは」

詩響は鼻歌を歌いながら犬と見つめ合う

詩響「~♪ ~♪」
犬「わん! わわわん!」

犬と会話になっているので多少鳴き声多めに。

詩響「これは『白菜は飽きた。肉をくれ』って言ってるの。こーの贅沢者」
絹「ふうん。何でそんなの分かるんだい」
詩響「音階と統計だよ」

廉心が自分の鞄から楽譜を出す

絹「なんだいこれは」
廉心「姉ちゃんはどんな音でも聴くだけで楽譜にできるんだ。で、俺が楽譜の鳴き声でどんな行動を取るかの統計を取って言語解読をする」
詩響「それを歌って返せば会話になるの。贅沢者、はこう」

詩響は口を尖らせて鼻歌を歌う。

詩響「~♪」
犬「わわん! わわん!」

犬は詩響をにらみながらもすり寄ってくる。

詩響「攻撃的だけどすり寄ってくる。これは要求を訴えてるの。肉、肉って言ってるのよ」

廉心は弁当箱から白菜を取り出し詩響に渡す。
詩響は白菜を犬に差し出す。

犬「く~んく~ん」

犬は悲しそうに二回鳴く。

詩響「これは白菜か~ってがっかりしてるのね」
絹「はあ……?」
犬「わぁんわ~ん……」
詩響「この間延びした感じは飽きた時ね。多分もうどっか行くよ。あ、ほら」

犬はしょんぼりしてとぼとぼと歩いて行ってしまう。

絹「ふうん。なんでそんなの分かるようになったんだい?」
詩響「音楽が好きなんだ。前に旅の歌謡団が来たじゃない? あれすっごく素敵だった!」

詩響は目を輝かせ、舞ながら歌う歌謡団の舞台を思い出す。
きらめく衣装と美しい化粧を強調する。
しかし詩響はすぐに肩を落とし苦笑いをする。

詩響「でもこの村って音楽の勉強どころか楽器すらろくにないじゃない? ならせめて音をたくさん知りたいと思ったの」

詩響(あんな綺麗な服で歌って踊るだけでお給料が出るなんていいな……)

廉心が詩響をじっと見ている。
廉心は大きな街で音楽の勉強をさせてあげたいと思ってるので、詩響が夢を語る時はいつもじっと見つめている。
詩響その視線に気づくが廉心の意図は分かっておらず、きょとんと首を傾げる。

詩響「なに?」
廉心「ううん。それより絹ばあちゃん、その大荷物どうしたの?」
絹「病院へ手伝いに行くんや。宮廷あたりに妖鬼が出たとかで逃げてきた人がぎょうさんいはってな。怪我人でごったがえしてる」
詩響「宮廷? 宮廷なんて一番安全じゃないの?」
絹「さあね。うちには分からへん」
詩響「宮廷の兵士は意外と頼りないのかしらね。うちの義勇軍はずっと無傷だもの」

詩響は小さい妖鬼しか見たことがないので、不思議そうに首を傾げる。
廉心は真剣な顔をして詩響から目を逸らす。実は妖鬼には様々な大きさがいて、義勇軍は必死に戦っているが村人を不安にさせないよう内緒にしている。
廉心は詩響に黙って義勇軍軍師として働いているので、妖鬼の話題になると真剣な顔をして黙る。

絹「そやけどこのとこ義勇軍もせわしなくしてる。廉心。妖鬼退治には気ぃ付けるんやで」
詩響「廉心は医療団だから戦わないよ」
絹「医療団も義勇軍だ。万一の備えはしといたらええ」
廉心「うん。有難う」

絹ばあちゃんは二人に手を振り去って行く。

詩響「さ。私たちも行こうか。鞄ありがと」
廉心「うん」

■詩響と廉心が二人で村の中を歩くシーン

詩響は廉心から自分の鞄を受け取り、二人で並んで歩き出す。詩響は廉心と手を繋ごうとするが振り払われる。
詩響は廉心を可愛がっているので常に距離感が近いが、早く一人前になりたい廉心にはうっとうしがられている。
常に詩響からのボディタッチは多い。

詩響「妖鬼かぁ。皇太子殿下は何してるのかしらね」
廉心「殿下は凄い人だよ。国土が広すぎるんだ」
詩響「凄いの?」

詩響は廉心に顔を近づけるが、廉心はその顔を押しのける。

廉心「敵だらけの宮廷を束ねて妖鬼退治まで手掛ける時点で凄いよ。皇太子妃になる人は大変だろうね」
詩響「宮廷は殿下の家でしょ? 何で敵がいるのよ」

詩響は廉心の頬を突き、廉心は詩響の手をぺしっと軽く叩く。

廉心「政治に興味持った方が良いよ。生活に直結してるんだから」
詩響「なによ。最近生意気よあんた。それより医療団はどうなのよ。ついていけてる?」

詩響は後ろから廉心に抱きつく。廉心は諦めたようにため息を吐き、そのまま歩く。

廉心「俺首席だよ。新しい教本貰った」
詩響「え? この前もらってなかった?」
廉心「応急処置のやつ? そんなのとっくに覚えたよ。同期はまだやってるけど」
詩響「まだ一か月も経ってないじゃない」
廉心「もう一か月だよ。ま、野菜炒めるだけで天井焦がした姉ちゃんには難しいだろうけどね」
詩響「廉心!」

廉心はするりと詩響の腕から抜け、笑いながら走り去る。
廉心の向う先は義勇軍のため、武装した成人男性を背景に描く。
詩響は頬を膨らませて不満げな顔をする。

詩響(まったく)

詩響はくすっと微笑み、振り返らずに走り去る廉心の背に向かって手を振り、見えなくなってからくるりと背を向け自分の職場へ向かって歩き出す。

■詩響の職場「東雲飯店」に到着

店の外観を描き『東雲飯店』の看板を入れておく。
後半で文字の読みが問題になってくるため必ず文字を入れる。
詩響は店内に入ると、机を拭いている叔母の愛莉がいる。

詩響「おはよう、あい叔母さん」
愛莉「叔母さん!?」

愛莉は怒りに満ちた顔で詩響の顔を覗き込む。
詩響は慌てたように後ずさる。

詩響「あ、愛莉お姉ちゃん……」
愛莉「よろしい」

愛莉は満足げに大きく頷き、詩響は苦笑いをする。

詩響ナレーション〈愛莉お姉ちゃんは村一番の美人で料理上手。私の憧れだ。もちろん男性の憧れでもある。女性が少ないこの村ではお姉ちゃんに求婚する人は多い。〉

詩響はうっとりと愛莉を見つめ、幸せそうに微笑む。

詩響「今日も綺麗だね」
愛莉「なに言ってるの急に」
詩響「本心だよ。皇太子妃くらいなれちゃうんじゃない?」
愛莉「玉の輿? いいな~。楽できそう」

愛莉は軽く笑い流し、再び机を拭き始める。
詩響は荷物を下ろして布巾を手に取ると、愛莉と一緒に机を拭き始める。

詩響「今日から仕出しの量増えるんだよね、義勇軍」
愛莉「うん。新人入ったらしいから」
詩響「作るの手伝いおうか?」

愛莉はぎろりときつい目つきで詩響を睨む。

愛莉「野菜炒めるだけで天井焦がしたあんたが何を手伝うって?」
詩響「すみませんでした」

詩響は逃げるように目を逸らし一心不乱に机を拭き、愛莉はそれを見てくすっと笑う。

愛莉「詩響に料理は求めません。それに義勇軍の仕出し行ってくれる方が助かるし」
詩響「それは私も助かるよ。廉心の様子見れるもの」
愛莉「廉心~? 他にもあるでしょ~?」
詩響「他?」

愛莉はからかうようににやにやしながら、自分の肩と詩響の肩を軽くぶつける。
愛莉は義勇軍にいる詩響の幼馴染・朱殷と詩響は両片思いだと思ってるためちょくちょくからかってくる。
だが詩響にその気はないため愛莉の意図が分からず、きょとんとしている。

詩響「何それ。何も無いよ」
愛莉「へ~? ほ~?」

詩響は机を拭くのを終わりにする。

詩響「それより早く準備しよう。旅人多いらしいから一般販売もやろうよ」
愛莉「あっそ。じゃあ余り物お惣菜にしようかな」

愛莉はつまらないというように口を尖らせる。

■昼時になる
店内は満席。
接客担当の女性がもう一人いるが、男性客は愛莉に注文を取りに来てもらうため手をあげるタイミングを見計らっている。
詩響と女性店員・しゅんれいは壁際に立ちこそこそと小声で話をする。横の机にはお弁当が積み上げられている。

春麗「水有料にしてやろうかしら」
詩響「みんな愛莉お姉ちゃんと話したいだけだもんね」
春麗「味わってくれるの義勇軍だけよ。仕出し一人で平気?」
詩響「平気。手伝ってくれる人いるから」
春麗「あ、噂の恋人だ」
詩響「違うわよ。幼馴染」

がらりと店にしゅあんと、台車を引いている廉心が入ってくる。
二人はまっすぐ詩響の元にやってくる。

朱殷「よ」
詩響「朱殷。お疲れ様」
春麗「恋人」
詩響「幼馴染よ」

詩響ナレーション〈朱殷は幼馴染で、二つ年上だから私と廉心にとってはお兄ちゃんのような存在。義勇軍の軍団長をやってるから仕出しの運搬をてつだってくれている〉

詩響「早いね。まだ講義中じゃないの?」
朱殷「終わった。廉心が新人の座学見てくれるから俺は楽できるんだ」
詩響「え? 廉心も新人じゃない」
朱殷「他とはできが違うんだよ。頭一つも二つも違う」
詩響「欲目はやめてよね。ちゃんとやらせて」
朱殷「お前こそ弟だからって甘く見てんなよ。廉心がきてから残業減った。早めに母さん迎えに行けるから助かるよ」
詩響「あ、おばさんの体調どう?」
朱殷「大分良いよ。けどいつまでも長老様に預けきりってのは悪いし」

朱殷は申し訳なさそうに苦笑いをする。

詩響〈朱殷の家はお父さんが早くに亡くなっていて二人暮らしだけど、お母さんも体調がよくない。長老様が面倒を見てくれてるのは、朱殷が軍団長として活躍してるから特別にだ〉

廉心は弁当を袋に詰め込み台車へ乗せていく。

廉心「なにもっともらしいこと言ってんの。兄ちゃんは姉ちゃんに会う時間増やしたいだけだろ」
朱殷「べ、別にそんなんじゃ」
詩響「いい加減にしなさい。そういうこと言うから女の子が朱殷に声かけにくくなるのよ」

詩響は「めっ」と廉心の額を突くが、廉心と春麗はため息を吐いて朱殷の肩をぽんっと叩く。
朱殷が詩響を好きなのは周知の事実だが詩響だけが気付いていない。

廉心「苦労するね、兄ちゃん」
朱殷「うるせえ。さっさと弁当積め」

■義勇軍内の広場
詩響はあらかじめ用意されていた机に弁当を並べていく。
気付いた義勇軍の団員がわらわらと集まり、自主的に列を作っていく。
詩響は机の内側に立ち、やって来る団員に弁当を渡していく。
詩響は弁当を渡した団員が腕や顔にたくさんの怪我をしていることに気付く。

詩響「今日は怪我が多いですね」
義勇軍の男A「ああ。最近どうも妙でね」
詩響「妙?」
義勇軍の男A「森の中で奇妙な声を聞いたんだ。まるで世界が震えるような地響きで、なんだったんだろうなありゃ」
義勇軍の男B「空に不思議な光も見えた。燃えてるみたいな、あれも何なのか」

男達は困ったような顔をしてため息交じりに話をする。
これは巨大妖鬼が現れる前兆。この時点で夏睿は戦闘を行っていて、村に妖鬼が入る前に倒そうとしている。

詩響(そういえば絹婆ちゃんが宮廷にも異変があるみたいって言ってたよね。関係あるのかな)

廉心も難しい顔をして詩響の袖をくんっと引っぱる。

廉心「姉ちゃん。後で鳥の声聴いてもらえる? 北の方が様子おかしいんだ」
詩響「いいけど、なんで医療団のあんたがそんなことしてるのよ」
廉心「それは」
村の女性A「きゃー!」
詩響「何!?」

突如響いた悲鳴にその場の全員が驚く。
ずしずしと足音が響いていて、人々はざわつき始める。
しばらくその音を聞いていると巨大な二足歩行の妖鬼が出て来る。
妖鬼はずんずんと歩いて来る。進行速度は人が走るのと同じくらいで移動する。

詩響「妖鬼!?」
廉心「しまった! 遅かった……!」
義勇軍の男A「なんだありゃあ! 妖鬼は四つ足だろ!」
義勇軍の男B「ああ。こんな速く動ける妖鬼はいねえ」
義勇軍の男C「んなことより大きすぎる! 妖鬼なんて大きくても犬くらいだろ! ありえない!」

逃げ惑う村人。
義勇軍は避難誘導を始めるが、詩響はじっと妖鬼を見上げて鳴き声に耳を澄ます。

妖鬼「おおおう、おおおう」

妖鬼は繰り返し鳴きながらきょろきょろしている。

詩響(同じ音階。固有名詞かしら。なんだろう。音は少ないわ)

詩響は妖鬼を観察している。
妖鬼は立ち止まり、まだきょろきょろしている。

詩響(襲わずに一人一人の顔を見てる。誰かを探してる? 『おおおう』は人の名前かしら)

妖鬼「おおおう、おおおう、おおいいうんあおおおう、あうえああえおおおう」

妖鬼の正体は人間で「鳳凰、鳳凰、どこにおるんや鳳凰、助けなはれ」と叫んでる。
妖鬼は鳳凰に助けを求めて来ている。
これは物語り後半で明かされるため、ここではただ鳴いているだけ。

詩響(妖鬼に言語なんてあるのかしら。犬言語は通じるかな)

詩響はとりあえず歌ってみる

詩響「~♪ ~♪」※誰を探してるの、という意味

詩響(さあどう?)

妖鬼は止まらず歩き続ける。

詩響(犬とは言語が違うんだわ。鳥言語はどうかしら)

詩響は再び歌ってみる

詩響「~♪ ~♪」※誰を探してるの、という意味

やはり妖鬼は止まらない。相変わらずきょろきょろしながら歩いている。

廉心「駄目?」
詩響「駄目。言語が違うんだわ。でも誰かを探してるように見える」
廉心「妖鬼と知り合いの人間なんていないよ」
詩響「けど襲う気はないみたいだし、とにかく避難しよう。愛莉叔母さんとこなら地下倉庫があるし」
廉心「そうだね。子供とお年寄りを優先して入れるよ」

妖鬼が鳳凰を宿している夏睿がいることに気付き、急に走り出し家が潰されていく。
その崩落に女性が巻き込まれる。

廉心「危ない!」
詩響「廉心! 駄目よ!」

ここがプロローグで切り取って描いた場面の繰り返し。
女性に駆け寄った廉心は、落石から守るように女性に覆いかぶさり足を怪我してしまう。
詩響は廉心の元に走り寄る。

詩響「廉心!」
廉心「姉ちゃん! 来るな!」

詩響は廉心の肩を支えて立ち上がろうとしたが、詩響と廉心の周りだけが妖鬼の影で暗くなる。
詩響が恐る恐る後ろを振り向くと、そこには赤黒くぬめり輝く巨大な妖鬼がいた。

妖鬼「きぃぃぃぃ!」
詩響「ひっ!」

詩響は妖鬼の鳴き声に腰が抜け地に転がる。
妖鬼は詩響と廉心の目の前までやってくると、大きな足を詩響たちの真上まで振りかぶる。そして一呼吸すると妖鬼はその足を振り下ろした。

詩響「きゃあああああ!」

詩響はぎゅっと目を瞑って廉心を抱きしめる。
しかしその時、詩響の肌がじりじりと飛んで来た火の粉で焼ける。

詩響「熱っ!」

痛みを感じて顔を上げると、真っ赤な火の粉がたくさん舞っている。
詩響はきょろきょろと周囲を見回すが、地上のどこも燃やしていない。
詩響は火の粉が落ちてくる頭上を見上げて目を大きく見開く。

詩響「……え?」

空中に鳳凰がいる。火の粉は鳳凰から舞い落ちている。
詩響(鳥じゃない。あれはまさか)
詩響はぽかんと口を開けていると、後ろからばさりと大きな布をかぶせられる。

詩響「きゃっ!」
夏睿「そんなんじゃ燃えるぞ」

詩響は被せられた布を剥ぎ取ると夏睿がいる。
夏睿は艶やかな黒髪。毛先は炎に溶けたように赤く輝いている。瞳は黄金に光っていて、その鋭い目つきは鳳凰によく似ている。
夏睿は右手を高く掲げ、すいっと妖鬼を指差した。

夏睿「舞え、鳳凰!」

詩響と廉心はびくりと震え、二人でお互いを強く抱きしめる。
鳳凰は妖鬼に向けて炎を放つ。眩い輝きを放つ炎が蛇のように妖鬼へ絡みつく。

詩響(鳳凰陛下! ではあの方は……!)

夏睿は踊るように両手をはばたかせ、それに合わせるように鳳凰も空を舞う。
詩響は夏睿をじっと見つめる。

詩響(鳳凰国皇太子、夏睿様!)

座り込んでいる詩響に朱殷が駆け寄ってくる。

朱殷「詩響! 大丈夫か!」
詩響「うん。それよりあの人って」
朱殷「夏睿様だ。鳳凰をこの目で見る日がくるなんてな」
詩響「本当よ。実在したんだ……」

朱殷は眉をひそめて苦々しい顔をする。
反して廉心は期待に満ちたわくわくした表情で夏睿を見ている。
次話で明らかになるが、実は夏睿を呼んだのは廉心。想像していたスケジュールより早かったけれど、想定通りのため廉心は焦らない。

詩響「けどどうして殿下がいらっしゃるの」
朱殷「視察だろ」
詩響「こんな名前すらない辺鄙な村に? 他に見る土地もあるでしょ。宮廷は妖鬼被害もあるって噂だし」

廉心気まずそうな顔で黙ってる。実は廉心が呼んだのだが詩響には秘密にしていたため。
睿の戦闘シーン。
武器は剣だが、主な攻撃は鳳凰によるもの。
鳳凰に指示を出す動きが美しい舞のようで、服がひらひらとはためく。
恐怖に満ちた状況なのに詩響は思わず見入ってしまう。

詩響(綺麗……これが皇太子殿下と鳳凰陛下……)

妖鬼は攻撃を仕掛けてくることはないが、それには気付かず夏睿は攻撃をしてたたみかける。

妖鬼「おおおう、おおおう、おおおう」
夏睿「叫ばれてもわらないって!」

妖鬼と戦い続ける睿。
剣を使って戦う時は先程と打って変わってかなり乱暴。
妖鬼の声を聴き続ける詩響と観察する廉心。

廉心「……変だ」
詩響「なにが?」
廉心「奴の動きが遅い。さっきまでの速さがあれば逃げられるはずだ。なのに逃げようともしない」
詩響「そういえばそうよね」

妖鬼「おおおう、おおいえあうええ、うえ、あいお、おおおう、おおおう」

詩響(また『おおおう』だわ。やっぱり誰かを探してるんじゃないのかしら)

廉心に言われて妖鬼を見ると、妖鬼はじっと夏睿を見つめている。
その様子を見て、今朝見つめ合った野良犬を思い出す。

詩響(そうか! 殿下に頼みがあるんだ!)

詩響は飛び出て夏睿に向かって叫ぶ。

詩響「待ってください殿下!」
廉心「姉ちゃん! 下がって!」
詩響「殺さないで! その子は」

詩響が叫びきる前に夏睿は家の屋根に飛び乗って妖鬼に飛び乗ると、剣で妖鬼の目を潰す。
妖鬼は泣き叫び暴れるが、夏睿は再び両手を広げて鳳凰を呼び寄せる。

夏睿「要求は人語で言ってくれ」

夏睿が鳳凰を妖鬼を放つと、妖鬼はあっという間に黒焦げになり炭と灰になってしまう。
詩響はがっくりとしゃがみ込む。

詩響「ああ……」
廉心「姉ちゃん。どうしたんだよ」

廉心が心配して詩響の顔を覗き込むが、詩響は夏睿に話しかけようと立ち上がる。
しかしそれと同時に夏睿はがくりと膝をつく。

詩響「殿下!」

夏睿はズボンのポケットから小さな袋を取り出し、入っていた錠剤を一粒飲み込む。
その様子を廉心はしっかりと見ている。
錠剤を飲み込んだ夏睿はどさりとその場に倒れ、詩響と廉心は慌てて駆け寄る。

詩響「殿下! しっかりしてください殿下!」
廉心「落ち着いて。安全なところに運ぼう」
詩響「う、うん」

駆け寄って来た朱殷が夏睿を抱き上げ、義勇軍の建物に運ぶ。
詩響は炭になった妖鬼を見つめる。

詩響(巨大な妖鬼に皇太子殿下。鳳凰陛下までお出ましになられるなんて尋常じゃない)

風が吹き妖鬼の灰が飛び散っていく。

詩響「一体なにが起こってるの……?」

(第一話 終わり)


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