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「帝都椿物語 椿の君の行く処には」 第一話 椿の君

あらすじ

主人公は庶民の国語教師、織山修吾。舞台は大正時代の日本。
修吾の母・八重は源氏物語を愛していた。六条御息所に憧れ、華族のお嬢様ぶっている。
修吾が十一歳のとき、八重が交通事故で死亡する。八重の遺品は、血まみれのワンピースにバッグ、そして、抱きしめられていた源氏物語だった。
なぜ源氏物語を愛し守ったのか、母の想いを知るため源氏物語を研究し始める。
いつしか国語教師になったが、ある日、庶民教師を求める華族椿家創立の《帝都修道学園》に教員として招かれる。
修吾は学園で、椿家の庶民出の庶子・大志と出会う。大志と共に、椿家周辺で起きる幽霊事件を、源氏物語にヒントを得て解決していく。
椿の闇を紐解くバディミステリー。

登場人物

織山おりやま修吾しゅうご
【主人公・24歳・男性・国語教師】
庶民生まれ庶民育ちの国語教師。
性格は穏やかで、争いごとを嫌う。長い物には巻かれる主義のため、華族には絶対服従。
趣味は読書。古典文学を中心に、小説全般を好む。死んだ母の影響で源氏物語を愛読しているが、好きだからではなく、母を知るために読んでいる。
西洋文化への憧れはなく、昔ながらの日本らしい生活に満足している。

椿つばき大志たいし
【主人公・17歳・男性・高校三年生】
庶民生まれだが、10歳のときに庶民の母が死亡して、華族椿家に引き取られた。
性格は狡猾で計算高い。支配欲はないが、目的のためには躊躇せず人を利用する。
趣味は紅茶。学内で飲み比べをする紅茶サロンを実施している。
とんでもない美形。学園では『椿の君』と呼ばれ、女子生徒も女性教員も虜にしている。


記述方式
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モノローグ:〈〉で指定



《プロローグ部分》
■場所:織山修吾の自宅(回想・勝次11歳・昼)

・修吾は、両親が立って言い合いをしてる様子を、丸い座卓で食事しながら眺めている。
・八重は高級な白いワンピースで、勝次と修吾はぼろぼろの着流し。

修吾〈子ども時代の記憶は、両親の揉めている場面が多い〉

修吾〈あの日も両親は揉めていた。なにひとつ変わらない、いつものことだった〉

勝次「なんだその服は! また勝手にいくら使ったんだ! 華族気取りはいい加減にしろ!」
八重「うるさいわね! うちのお金を使ってなにが悪いのよ!」
勝次「農家の嫁としてなにもやらないくせにか! 馬鹿いうな!」

・夫婦喧嘩をしながら夜になる。

■場面転換:織山修吾の自室(夜)

・布団を二組並べて寝ている。
・枕元には源氏物語が積んであり、八重は背表紙をトントン、と一冊ずつ触れていく。

八重「今日はどの帖にしましょうか。桐壺はもう覚えたでしょう?」
修吾「覚えてない。だって似たような女の人ばっかりなんだもん」
八重「じゃあ葵にしましょう。登場する六条御息所は才色兼備の貴婦人。愛情深い素晴らしい女性なのよ」

・八重は積んである源氏物語の、一番上に置いてあった第九帖『葵』を手に取る。『葵』の下には第四十帖『若菜上』があり、『葵』を取った拍子に落ちてくる。
・八重は『葵』を拾い、表紙を撫でる。

八重「私は若紫なの。でもいずれ紫の上になるわ。その時はあなたも一緒よ」

・修吾は意味がわからずきょとんとしている。
・八重は修吾の頭を撫で、『葵』を開いて音読を始める。修吾はすぐにうとうとして眠ってしまう。

■場面転換:織山修吾の自宅(昼)

〈――数日後〉

・織山家の玄関に警官が二人立っている。

警官A「織山八重さんのご自宅でよろしいですか」
勝次「はあ。あいつ警察の御厄介になるようなこと、しでかしましたか」
警官B「八重さんは東京で事故に遭われまして、三日前にお亡くなりになられました。ご自宅の調査に時間がかかり、ご連絡が遅れて申し訳ございません」
勝次「は?」
警官B「事故当時に着ていた服になります。お間違いないでしょうか」

警官Bは、持っていた紙袋から、八重が冒頭で着ていたワンピースを取り出し勝次に差し出す。ワンピースは血だらけ。
警官Aは、持っていた紙袋から、源氏物語『葵』と『若菜上』を取り出し勝次に差し出す。読み込んであるが、血や泥などの汚れはない。

警官A「八重さんが最期まで抱いていた本です。どうぞ」

・勝次はおそるおそる源氏物語を受け取る。右手に『葵』、左手に『若菜上』を持つ。

修吾〈第九帖『葵』は葵の上が死ぬ話だ。第四十帖『若菜上』は紫の上が絶命し生き返る。どちらも、母の憧れた六条御息所が犯人だ〉

・勝次は呆然と立ち尽くしている。
・修吾は『葵』『若菜上』をじっと見つめている。

修吾〈このとき、俺は警官の話を理解できていなかった。それよりも〉

・勝次の手から『葵』と『若菜上』を取る。

修吾〈母はなぜ六条御息所に憧れたのか、なぜ光源氏ではなく女性のことばかり説明したのか、なぜ『葵』と『若菜上』を持ち歩いていたのか――そんなことばかり気になっていた〉

・回想終わり

■場面転換(勤めている学校の図書館の本棚の前・昼)

・修吾は一人で本棚を見上げている。
・周りには子どもが数名いる。
・修吾は本棚に手を伸ばして、八重がやっていたように、背表紙をトントン、と一冊ずつ触れていく。

修吾〈その答えを知りたくて、僕は源氏物語を読み続けている〉

《本編開始》

■場所(織山修吾の実家・夜)

・修吾は勝次と二人で夕飯を食べている。

修吾「帝都修道学園高等科の教員に? 僕が?」
勝次「ああ。是非にと乞われていてな。どうだ」
修吾「どうって、断れることなのそれは。帝都修道学園といえば華族椿家のご当主、源之助子爵の肝いりじゃない」

修吾〈華族とは、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵からなる貴族階級だ。庶民の僕らは接することなどまずない。〉

修吾「爵位がなければ入れない学園だよ。まさかうちは爵位を持っていたの?」
勝次「そんなわけあるか。椿家は今大変なんだ。ご当主の源之助子爵が、ご病気で先が長くないらしい」

修吾〈椿家は複雑なお家事情をした華族だ。〉

修吾〈長男の雄太が跡継ぎの座を放棄し、現在は居所不明。跡を継ぐのは次男の優二郎になるだろうが、発表はない。第三子の長女一華は一度嫁いだが、大騒ぎをして戻り引きこもっている。〉

修吾「噂は聞いたことあるけど、それが僕の採用とどう関係するの」
勝次「跡目争いだよ。学園の全権と理事の座を、優二郎様へお譲りになったそうだ。だが相当揉めてるらしい」

・勝次は白米の椀を置いて、みそ汁の椀を取って一口飲む。

勝次「優二郎様は庶民も入学を良しとするそうで、教員にも庶民を入れたいらしい」

勝次「これが猛反発をくらって、『源之助派』と『優二郎派』に分かれたそうだ。源之助派は優二郎様を理事とは認めてないんだよ」
修吾「ふうん。でも周りがなんて言おうと、跡継ぎは優二郎様しか――……ああ、なるほど。あの子か」
勝次「そう。大志様は三年生。今年ご卒業なさる」

修吾〈椿家が複雑な理由はもうひとつある。第四子の大志だ。〉

修吾〈大志は庶民の庶子だ。源之助の正妻・絹子が病死した直後に椿家へ入った。源之助は自分の育てた三子よりも大志を溺愛していて、大志に跡を継がせるつもりなのでは――と噂されている。〉

勝次「優二郎様は味方がほしいんだよ。源之助子爵を敬愛する方たちは大志様を支持してるらしい」
修吾「よく華族の重鎮が庶民の庶子なんて認めたね。それほど大志に実力があるのかな」

修吾(それとも優二郎が嫌なだけか)

修吾「事情はわかったけど、なんで僕が呼ばれたの。どういうご縁なの?」
勝次「八重の実家に縁があったらしい。それでお前のことを聞いたんだと」

修吾〈僕は国語教師をしている。いずれは父の仕事を継ぐが、その前に、学術的な視点で源氏物語を学んでみたかった。〉

・八重がワンピース姿で源氏物語を持っている姿を思い出す。

修吾(……母さんの華族気取りは、その縁のせいだったのかな。下手に華族の世界を見てしまったから)

・修吾は苦笑いをして、勝次に頷く。

修吾「分かったよ。学校にどれほどで退職できるか聞いておく」
勝次「いや。意が固まれば、椿家で片してくれるそうだ。お前は挨拶だけすればいい」
修吾「それはまた、ありがたいことで……」

修吾(厄介な話につかまったな。そろそろ農業に専念しようと思ってたのに)

勝次「他にも何人か庶民を招いたらしい。一人きりよりは良いだろうよ」
修吾「どうだかね。辞表は常に持っておくよ」

■場所(帝都修道学園・会議室・午前中)

・座っている優二郎の後ろに大志が立っている。
・教員十二名と、修吾を含めた新任教師5名が座っている。修吾以外は女性。

優二郎「早々にお越しいただけて助かりますよ。理事の椿優二郎です」

優二郎「椿家は華族ですが、新時代を率いるのは庶民だと確信しています。庶民を理解することこそ、椿家をより発展させる。そのために、華族ではない先生方をお呼びしました」

・新任の教員は緊張の面持ち
・既存の教員は全員不満げ
・既存の教員の表情を見て修吾は察する

修吾(そうか。庶民を入れるのが嫌なんだな。理解不能な優二郎を立てるくらいなら、源之助子爵の溺愛する大志はまだまし――というわけか)

優二郎「新任の先生方には世話役を置きます。大志」

・大志は一歩前に出る

大志「生徒会会長の椿大志です。よろしくお願いいたします」

・大志の妖艶な微笑みに、女性職員がざわつく。
・大志は挨拶もなめらかで美しく、修吾も思わず見惚れる。

修吾(これが椿大志か。とても庶民の出には見えないな)

優二郎「大志には私の補佐をさせています。なにかあれば、これを使ってください」

修吾(補佐をやらせるのが理事就任の条件だったのかな。まさか仲が良いわけでもないだろうし)

・優二郎は立ちあがり、大志と目を合わせる。

優二郎「後は任せる。先生方に校内を案内してくれ」
大志「かしこまりました。」

・大志は頭を下げて、優二郎は部屋を出て行く。
・優二郎が部屋を出て行くと、大志は頭を上げて教員へ微笑む。

大志「それでは新任の先生方、ご案内をするのでこちらへどうぞ。他の先生方は業務へお戻りいただいて問題ありません」

・大志は扉を開けて廊下へ出る
・新任の女性は頬を赤くして大志に寄る。やけに距離が近い。修吾は呆れる。

修吾(おいおい……生徒だぞ、そいつは……)

・修吾は女性教師と少し距離をとって後についていく。

■場面転換(廊下・午前中)

大志「お一人ずつ案内役を付けます。女性の先生方は、女生徒がよろしいでしょう」

・大志が廊下で待機していた四人の女生徒を紹介する。
・女性教師はしょんぼりする。

修吾(大丈夫なのかな、これ。庶民の印象悪くなるんじゃ……)

・修吾は呆れて笑う。
・女性陣は退場。大志が近づいてくる。

大志「織山先生は私がご案内します。よろしくお願いします」
修吾「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
大志「先生。生徒に敬語はいりませんよ。一般の生徒と同等に扱って下さい」
修吾「え、でも、さすがにそれは失礼では……」
大志「優二郎理事は身分の境がない学園を望んでおいでです。どうか理事の意向を汲んでください」
修吾「分かったよ。それじゃあ、よろしく」

修吾(表面上は優二郎に従順を保つわけか。平和主義なのか度胸がないのか…)

■場面転換(校内・午前中)

・修吾は大志に連れられて歩いている。

女子生徒A「椿の君よ。いつもお美しいこと」
女子生徒B「本当。朝からご拝顔できるなんて運が良いわ」
女子生徒C「今日は良い一日になりそうね」

・女子生徒は全員、大志を目で追っている。大志は気にしていないし、応答もしない。

修吾(まるで光源氏だな。少年に恋するつもりはないけど、女性がときめくのは分かる)

・女子生徒三人組とすれ違う。

女子生徒A「聞きました? また出たんですって、図書館の幽霊」
女子生徒B「ええ。髪の長い女の人ですよね」
女子生徒C「またそういうお話!? お止めになって! 怪談は嫌いなんですの!」
女子生徒A「怖がりですのね。あ、そういえば椿緑櫻庭園へ入ると永遠の眠りにつくという怪談はご存じ? 幽霊が闇へ誘うそうよ」
女子生徒B「二階には隠されたお教室があるんですって。教室から女性の歌声が聞こえてきて、聞いたら二度と教室から出られなくなると」
女子生徒C「なんでそんなたくさん怪談があるんですの⁉ もういや!」

・微笑ましくて修吾はくすっと笑う。

修吾「怪談は庶民も華族も共通だね。図書館というのはどれだい?」

・大志は図書館を指さす。

大志「あの建物です。塀の側は老朽化しているので近づかない方がよろしいですよ」

修吾〈この調子で初日は終了した。でも校内の勢力図は、よくわかった。〉

修吾「……目立たないように気を付けよう」

■場面転換(授業中の教室・午前中)

〈――翌日〉

・修吾を含め、新任教師五人は教室の後ろに座って見学をしている。

修吾〈今日から一週間は新任教師の研修期間だ。各授業の見学を中心に、先生方から生徒と接する際の注意や、校内の規則を習い〉

■場面転換(会議室・放課後)

・会議の参加者は、優二郎と大志、新任教員五人、他既存の教員

修吾〈放課後になったら、教員全員の会議がある。〉

大志「それでは、教員会議を始めます」

修吾(教員会議の進行を大志がするのか。これは生徒ではなく、椿家としてだな)

優二郎「今回の議題は、図書館解体の日程です。改築後は西洋風にするので、業者選びに時間を」
安藤「待ってください! 解体は決定していません。今日は、残したいという意見も考慮すべきでは――という議論です」
小金井「そうです。源之助前理事は、図書館は歴史的財産だとおっしゃってましたよ」
優二郎「……私が理事に選ばれた理由を、まだ理解なさってないようだ」

優二郎「父のやり方は古い! だから入学希望者が減り、赤字経営の一歩手前に追い込まれた!」

修吾(えっ。華族も赤字ってあるのか。いや、そりゃあるか。財産は有限だ)

優二郎「私の任は、新時代を牽引する学園作り。歴史に固執することではない!」

修吾(……その割には、会議をしてくれるんだな。問答無用で解体すればいいのに)

優二郎「そのためには、目に視える建物を変えるのが第一歩。そう思いませんか、新任の先生方」

修吾(うわっ。優二郎派になるか確かめる質問だな、これ)

小林「私は優二郎理事に賛成です。世は西洋文化が広まり始めていますしね」
吉田「私も理事に賛成します。西洋風の学校なんて、庶民の憧れです」
木村「私もです。子どもを新時代の担い手に成長させる! これは教師としてもやりがいがありますよ!」
清水「私も賛成です。制服はいち早く西洋風になってますし、建物だけ古いのは格好が悪いですもの」

修吾(ま、優二郎理事が呼んだんだから優二郎派だよな。でも……)

・修吾はポツリとこぼす

修吾「落ちつかないけどなあ、西洋風」

・その場の全員が修吾を見る。

修吾「あ、いえ、なんでも」
優二郎「興味深いご意見です。落ち着かないですか」

・修吾は誤魔化すように笑う。

優二郎「詳しく聞かせてください。織山先生がどう感じたのか」
修吾「えっと……これは華族と庶民の違いもあると思うんですが、私の家は土いじりの農家です。農作業に必要ないんですよ、西洋文化」

修吾「僕の勤めていた学校の生徒も、泥で遊ぶ子どもです。勉強も遊びも、西洋文化はなくてもできます。慣れないから落ち着かないんです」
優二郎「それでも求める子どもはいるでしょう? 西洋文化は魅力的だ」
修吾「でも、どうせ農家になるんだから必要ないですよ。西洋風の建物があるだけじゃ、庶民の誘致にはならないかと」
大志「では織山先生は、図書館の解体は反対ですか」
修吾「そんな極端なことじゃなくて、たとえば」

・修吾は筆箱からボールペンを取り出す。

修吾「私の勤めていた学校備品に、ボールペイントペンが数本ありました。西洋の珍しい文具ですよね。泥まみれの子も興味を持ち、便利だから欲しがっています」

修吾「でも動きにくい襟付きシャツや、裾を気にしなくちゃいけないワンピース。これは遊びにくいし農作業に必要ないので、欲しがる人は少なかった。なくてもいいからです」
大志「魅力の有無と必要性は別ですか。万人に利のある解体は賛成、無意味な解体は反対――ということですね」
優二郎「ではどうしたら意味ある解体になると思いますか」
修吾「優二郎の目的によると思います。西洋風にして、なにをなさるんですか?」
優二郎「学園を世に知らしめる象徴にします。なにごとも旗印が必要だ」
修吾「広報ですね。では老朽化してる個所を、多目的の集会場に『改築』するのはどうでしょう」
優二郎「集会場?」
修吾「はい。僕の近所では、町全体でやるお祭りの準備とか、災害時の避難場所として集会場を使います。だから集会場は優先的に改築して、より良い状態にしていました。庶民にも絶対必要な施設です」

修吾「学園祭や避難訓練に使ったり、歴史的財産である蔵書を用いた講義を一般に公開すれば、広報の役に立つのではないでしょうか」
大志「ですが、庶民の利益になりますか。農業の足しにはならないでしょう」
修吾「頑丈な建物だったらありがたいですよ。災害があっても、車なんてない、走って逃げるしかない庶民には『安全な場所』はなによりも魅力で必要だ。子どもの安全が保証されるなら、それだけで入学の価値はあります」

・ほお、とざわつき始める
・大志と目が合い微笑まれ、見惚れてしまい、つい目をそらす

修吾(なんか妙な気分になるな、この子……)

大志「織山先生の意見に賛成です。それなら身分関係なく活用できる。旗印に相応しいですよ」

修吾(へえ。中間を取るのか。平和主義なんだろうな。温和だし、正面切って戦うのは苦手そうだ)

優二郎「素晴らしい! そう、そういう建設的な意見が聞きたかったんです!」

修吾(こっちも意外だな。無理を通さず双方を立てる。立てるために、会議なんて面倒なことをしたんだな。意外と平和主義なのか?)

優二郎「ではその方針で進めましょう。草案を作っていただけますか、織山先生」
修吾「えっ!? 私がですか!?」
優二郎「なにか問題でも?」
修吾「いえ、ええと、学園を熟知している方の方が良いと思います。新参者の私ではどうしても情報が偏ってしまうでしょう」
優二郎「織山先生は客観的な分析のできる方ですね。それなら」

・優二郎は大志にアイコンタクトを送り、大志は一歩前に出てくる。

優二郎「大志に手伝わせましょう。これは昔から図書館に入り浸りでした。いいな、大志」
大志「もちろんです。織山先生の分析力を学びたいと思っていたところです」
修吾「そんなそんな。でも、うん。君がいてくれれば心強いよ」

修吾(って言うしかないじゃないか、これ)

優二郎「それでは、新時代を担うに相応しい案をお願いしますよ。では解散。勤務時間内に帰宅するように」

・会議終了。優二郎は退出し、優二郎派の教員数名は小走りに優二郎を追っていく。源之助派は残って不満げな顔をしている。

修吾(面倒なことになったな。黙ってればよかった……)

・大志が近づいてくる

大志「素晴らしい運びでした。前の学校でもさぞご活躍だったでしょう」
修吾「ただの貧乏性だよ。大きなことをやって、失敗したらまたお金がかかるだろう? うちの畑はそれで一度大変な目に遭ったんだ」
大志「異なる事業の反省を活かせるのは、大変素晴らしいことです。やはり分析力の高い方だ」

大志「よろしければ私のサロンにいらしていただけませんか。もっと話をしたい」

・全員がざわっとする

修吾(なんか、嫌な予感するな~……)

修吾「君のサロンというだけで恐れ多い気がするけれど、なんのサロンだい」
大志「文学サロンですよ。先生の分析力なら、新鮮な議論ができるに違いない」
修吾「過大評価だよ。ありがたいけど、庶民が紛れるなんて、気分を悪くする方もいらっしゃるだろう」
大志「そんなことは問題になりません。なにしろ主催者が私なんですから」
修吾「ああ、君は半分庶民だも――あ、いや、違う。ええと」
大志「ははっ! 正直な方ですね。好きですよ、そういうほうが」

・大志は修吾の手を握り、修吾の顔を覗き込み妖艶に微笑む。修吾はどきっとする。

修吾(どきっ、じゃない! なんだこの色気放出!)

大志「身分も性別も隔てないサロンですが、爵位のない方はやはり遠慮なさる。でも織山先生がいらしてくだされば、気を許す者も増えます」

修吾(心底行きたくないけど、僕は長い物に巻かれる主義なんだ)

修吾「こんな光栄なことはない。喜んで参加させていただくよ」
大志「良かった。嬉しいです。では早速行きましょう。ご案内しますよ」
修吾「えっ、今日やるのかい? 今から?」
大志「ええ。私のサロンは日時も場所も問わず、気分次第で常時開催です」

修吾(日が開けば断る準備もできたけど、これは先手を打たれたな)

高田「大志様がご自分のサロンに人を招くなんて、初めてね。年の近い方でもないのに」
丸山「庶民に負けるなんて悔しいわ。私も参加したいのに」

修吾(女性は招かないだろうな。妙な噂になるといけない。けど僕はちょうど良い。同性で、優二郎理事が良しとした教師だ)

・修吾は女性教員から一斉に睨まれる。

修吾(針の筵とはまさにこのこと)

修吾(庶民は高貴な方の気まぐれに振り回されて生きるのみだ)

■場面転換(図書館・放課後)

・図書館内を歩いている。
・棚がごちゃごちゃしていて歩きにくい。
・利用者は女生徒も多くいる。

修吾(へえ。勉強に熱心な女性というのは珍しいな。茶道や華道ならともかく)

修吾「サロンって図書館でやるんだね。他の参加者はどう招集するんだい?」
大志「いませんよ。私のサロンは、私が一人で勉強するだけです」
修吾「一人? それはサロンというのかい?」
大志「相応しい者がいないんですよ。がっかりしましたか?」
修吾「いいや。安心したよ。こんな服で華族のかたがたに混じるのは気が引けるからね」
大志「おや。私も華族椿家なのですが」
修吾「その前に生徒だ。制服を脱いで、椿家の三男として立っている場なら別だけれどね」
大志「では脱がせてみますか? 和装と違って脱がしやすいでしょう」

・大志は学ランの詰襟に指をかける
・修吾はスンッと落ち着く

修吾(……ここまでくるといっそ冷静になれるな)

・修吾は大志の手を掴んで下ろさせる。

修吾「学園内でそういう振る舞いは感心しないね。ここは学ぶ場だよ」
大志「学園を出れば良いのですか? では次のサロンは学園の外にしましょう」
修吾「君の私生活には踏み込まないから、自己判断で頼むよ。ただし、僕は椿家の方と私的な交流を持てる身分ではないから、学外サロンの参加は優二郎理事へご相談してからにするよ」
大志「優二郎ですか……」

・大志は、ふうと息を吐く

大志「冗談ですよ。先生がどんな反応をするか、見たかったんです。色仕掛けに靡く程度の人は、いざという時に信用ができませんから」
修吾「子どもが色仕掛けなんてしちゃ駄目だよ。僕がその気になったらどうするんだい」
大志「思うことをしていただいて構いませんよ。その後に先生と、先生のお父上がどうなるか分かりませんが」

・大志は無邪気にくすくす笑う

修吾(性格悪いんじゃないか? こいつ)

大志「今は生徒会の活動もありますし、なかなか交流を広げられないんですよ」
修吾「そういえば、生徒会はどういうものなんだい?」
大志「生徒代表の集まりですね。学校行事の運営を行ったり、先生方のお手伝いをする雑用係です。また後日、先生にもご紹介しますよ」

修吾(生徒代表ってことは、華族のご子息ご令嬢だろ? それはもはや大志派じゃないか)

・大志が修吾の持っていた源氏物語『葵』を見る

大志「随分と読み込んでるんですね」
修吾「これかい? これを読み込んだのは僕の母だよ。母の形見なんだ」

・大志驚き、頭を下げる

大志「失礼しました。知らないとはいえ、踏み込んだことを」
修吾「気にしないでいいよ。もう十年以上も前だからね。感傷に浸ることもない」
大志「感傷ですか。国語教師になったのは、お母様の影響で?」
修吾「そうとも、違うとも。源氏物語に限っていえば、母が源氏物語にこだわった理由を知りたいだけだよ。でも」

・修吾は大志をちらりと見る

修吾(大した理由じゃないのかもしれない。地味な生活に飽きてたとか、数多の女性のように光源氏に恋したとか)

修吾「椿の君はどう思う? 君なら違う分析ができるかもしれない」
大志「止めてください。その呼び名は好きじゃないんです。椿姓は何人もいるのに」

修吾(まさか遠慮してるのか? そんな殊勝な性格には見えないけど)

女子生徒「きゃー!」

修吾「何だ!?」

・大志は即座に走り出す

修吾「待ちなさい! 君は先生方を呼んで!」

・大志は聞かずにどんどん走って行く

修吾「ああもう! なんてお坊ちゃんだ! 待ちなさい!」

・修吾も大志を追って走る
・騒ぎの場所が見えてくると、暗がりで白い布が巻き取られるようになくなる。

修吾(消えた! なんだ今のは…!)

(第一話 終了)


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