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自分がこうだと思うものは、自分で作るしかない

タサン志麻さんの「厨房から台所へーー志麻さんの思い出レシピ31」を読んだ。これまで読んだ志麻さん本の中で最も良く、とても感動した。通常のレシピ本とは異なり、メインは志麻さんの自叙伝で、合間にエピソードに出てくるレシピを挟む形で構成されている本だけれど、この自叙伝が熱すぎる。志麻さんは女性だけれど、少女漫画というよりは、もはやジャンプ漫画レベルでは?という熱さ。あるいは「ガラスの仮面」「キャンディキャンディ」「生徒諸君」「ライジング(宝塚をモデルにした架空の歌劇団で、主人公がスターに成長していく漫画)」的な、昭和のビルドゥングスロマン的少女漫画の王道路線ともいえるかもしれない。感想がありすぎてどこから書けばいいか悩むが、何はともあれ「感動できる力」、ある種オタク的に、周囲に関係なく一人で勝手にのめり込める力というのは、ものすごく大事な素養なのだろうなぁとしみじみ思った。志麻さんにとってのそれは「フランスの素朴であたたかな家庭料理」だったのだろうけれど、思春期に坂本龍馬やマイケルジャクソンにどハマりしていたという話の延長線上にあるのだろう。対象がなんであれ、何かに熱くなる事、「推し」がいる事はとても大事だなと。

また、「調理師」という職人的世界の話を読みながら、職人の世界の業のようなものも感じて、一人勝手に納得する事もあった。フランス料理に打ち込むあまり、やる気のない人と働きたくない、なんでもっと頑張らないのだろうと、周囲の人への視線が厳しくなっていく志麻さん。そんな様子を、シェフに「わがまま」「人を使えない」と言われ、苦しさを感じながらも変えられない自分への葛藤。一生懸命になればなるほど、他人を信用できなくなっていく過程が克明に描かれていて、まぁこれだけ頑張ってたらそう思っちゃうだろうなぁ〜としみじみ思った。厳しい環境でどんどん人が辞めていく中、「どうせこの人もすぐ辞めるんだろう」と他人を信用できなくなっていき、仕事の厳しさだけでなく、志麻さんのせいで辞める人もいる状況に「自分がイヤで、悔しくて、情けなくて、でも、どうすることもできませんでした」という言葉がすごくリアル。

私自身、福祉業界というある意味で職人的な世界の傍にいて、この本と同様に、人が次々に辞めていく事、先輩が厳しすぎて新しく入ってくる人をうまく指導できない問題などにずっと頭を悩ませてきた。うちの会社がおかしいのでは?環境を変えるべきでは?とずっと考えてきたし、その為に動いてきたつもりだけれど、この本を読んで、ある意味で諦められた気もする。職人の世界というものは、根本的にそういう世界なのだろう。もちろんチームワークは必要だけれど、個人の技能を追求していく世界で、熱心な人や熱心に打ち込める環境にある人と、そうでない人の間に溝が出てくるのは自然な事だ。あまりにも問題がある場合は手を打つことも必要だけれど、どうしても難しい部分は残らざるを得ないのだろう。そして、それは必ずしも悪いことばかりではないのだろうな、と思えた。

自分自身に重ねて読んでも、共感する事、憧れる事、学びがたくさんあった。私自身は、小さい頃から料理への興味関心があったけれど、両親は共働きで、家政婦さんが夕飯を作りに来る環境で、母から料理を教われる機会がなかった。「ハッスルで行こう」(料理漫画)の世界に憧れ、高校卒業時に調理師専門学校に行ってみたい気持ちもあったけれど、男社会かつ厳しい徒弟制的世界でやっていけるだけの体力、筋力、器用さ等を何も持ち合わせていなかった事は明白だったので、料理の道は断念した。志麻さんの調理師学校の思い出やフランス留学、三つ星レストランでの修行などを読むと、本当に大変だろうけれど、まさに憧れの世界。こういうことしてみたかったなぁ!という感じ。ただ、その後のプロの世界でのものすごく厳しい状況を見ると、どう逆立ちしても私には無理だっただろう。そんな環境で、朝から晩までがむしゃらに何年も働き続けてきた志麻さんに尊敬しかない。

とても印象に残ったのは、志麻さんが長らく感じていた時代の流行への違和感などの悩みを相談した時に人から言われた「自分がこうだと思うものは、自分で作るしかないよ」という言葉。これは本当にその通りでしかない。自分の思い描く世界を作れるのは自分だけ。心からそう諦めがつき、周りへの甘えを断ち切った時に初めて、周囲のことをあれこれ言っている場合ではなく、自分のやるべきことをやろうと思えるよなぁと思った。

最終的に、がむしゃらに働き続けたけれど、自分が何をしたいかよくわからなくなり、何かが違うという思いが消えず、レストランの料理ではなく、もっと家庭的であたたかい料理がやりたい、という気持ちが募り、これまでがんばってきた何もかもを手放し、新しい挑戦の為にゼロからスタートし始めた時に、運命的なパートナーに出会い、出産。新しい仕事のなかで手応えを掴んでいくあたりは、やはり自分を信じて、一つ一つのことに全力で向き合ってきたからこそ得られたのだろうなぁと感動。

自分自身、料理の道への憧れはあったけれど、それは決して料理人の世界ではなかっただろうと思うし、ではどういう形で実現したいか?と言ったら、自宅で、自分や家族が食べたいものを自由に作れるだけの力が欲しい、その為に色々と勉強したり、試していきたいなと改めて思った。

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