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「高橋源一郎の飛ぶ教室」大友良英さん回を聴いて

NHKラジオ「高橋源一郎の飛ぶ教室」12/22放送分、大友良英さんゲスト回が、とても面白かった。

大友:やっぱ音楽って、一人でやるってやっぱハードル高いっていうか。ただ、下手だったら下手なだけになっちゃうんだけど、人数が集まると、すっごい下手な人もいても気にならないっていうか、むしろ面白いっていうかね。
高橋:多様性ってそういうことだよね。
大友:そうだと思う。
高橋:つまり、いろんな人が集まっちゃった結果、何か変なものが
大友:生まれる。
高橋:生まれるんだよ。
大友:で、それが多分面白くないと終わっちゃうけど、面白いとなんか続いてくんですよね。
高橋:その時だから、できない人が必要なんだよね。
大友:必要です。あの、みんなできる人だけでやっても発見にならないというか。

NHKラジオ「高橋源一郎の飛ぶ教室」12/22放送

この部分、本当にそうだよなぁ!と強く共感しながら聴いた。
ここでは音楽の話がされているけれど、私がこういったことを強く感じるのは演劇だ。最近、子どもの園で劇を発表する行事があり、観にいった時も本当に面白かった。まだ未就学児なので、皆ありのままというか、素の個人と劇の境目が曖昧というか、予定調和じゃなさというか、そういうのが本当に面白かった。
学生時代に、イッセー尾形さんと二人三脚で芝居を作っていた、演出家の故森田雄三さんの芝居づくりに関する本やワークショップに行っていたことがあるけれど、それも素人が数日間で芝居を作るというもので、すごくここでの話に通じるものがあった。
私は「人が演じる」という行為そのものに興味があって、主に10代から20代前半まで演劇に関わっていた。演技が上手くなるということに関心がなかったこともあり、演劇とのちょうどいい関わり方みたいなものをうまく見つけられず、なんとなく演劇から縁遠くなってしまったけれど、この話を聴いて久しぶりに、音楽にしろ演劇にしろ、多様な人たちが皆で取り組むって面白いよな〜!とワクワクした。

この番組は、いつも高橋源一郎さんのメッセージで始まるけれど、この回は年末の最終回ということで、いつもとは違い、最後にメッセージが寄せられた。それもまた印象に残るメッセージだった。

かつて僕たちはお盆になると田舎に戻り、祖先を供養しました。
民俗学者の柳田國男によれば、僕たちの先祖は亡くなると霊になってふるさとの山々から子孫達を見守り、正月やお盆になると帰ってくるとされていました。
彼らが戻ってくるために、家には仏壇があり、墓を守る必要がありました。僕たちにとって彼らは死んでいなくなるだけでなく、優しくいつも語りかけ、そばに寄り添ってくれる存在だったのです。
だから僕たちは、遠くに散らばっていても、少なくとも一年に一度は、ふるさとの実家に集まって、仏壇の前で亡くなった人の思い出を語り合ったのです。
けれども、僕たちは過去を捨てるようになりました。
墓を守るものは姿を消し、先祖たちは忘れ去られます。
僕たちは今を生きることに汲々として、過去を忘れる。
けれども結局、僕たち自身もすぐに忘れ去られる存在になるのです。
だから僕は、こうやって時々、ラジオの番組を通して、あるいは文章を通して、亡くなった人たちのことを語るようになりました。
現実の世界でふるさとがなくなってしまったのなら、僕たちはどこかにふるさとを作らねばなりません。僕たちを優しく見守ってくれる誰かがいる場所に。

NHKラジオ「高橋源一郎の飛ぶ教室」12/22放送

生と死。弔い。死者との関わり方。親戚や家族との付き合い方。
様々な要素がある話で、うまく言語化できないけれど、色々と感じた。
私はもともと都会生まれ、都会育ちなこともあり、親戚とは正月に会うくらいだったけれど、親戚との交流って少ないよなぁとか、墓参りも法事の時にしかしていないし、祖父母の仏壇は引き継がれずにいるなぁ等々。
私に限らず、死者と向き合う余裕がない世の中なのだろうという気もする。

ここ数年、大切な友人達が亡くなることも続き、今年もまた一人、大切な友達が病気で亡くなった。
先日、図書館の新刊本コーナーで見つけた「遺族外来: 大切な人を失っても」という本を借りてみた。
まだ序盤だけれど、死別は日常生活で最も大きなストレスの一つであること、死別後のうつ病になりやすさとして、うつ病は通常、人口の3〜7%にみられるが、遺族では死別後7ヶ月目で23%ということや、55歳以上の男性で配偶者を失うと、配偶者のいる人に比べて死別後半年間で死亡率が40%近く上昇し、死因の3分の2が心疾患であることなどを読んで、死というもののショックの大きさを改めて感じたりもした。

また、最近「お〜い!竜馬」という坂本龍馬を主人公として描いた、明治維新の時の話を読んでいると、もちろんフィクションではあるけれど、史実に沿った部分に関しても、改めて、本当にどんどん人が死んでいく。
しかも、みんなとても若い。10代や20代、坂本龍馬にしても、31歳で亡くなっている。
さらに明治維新はほんの150年前の事だと思うと、本当にこんなに短い年月で、国も、世界も、何もかもが、こんなにも変わってしまったのだなぁと、なんとも言えないけれど途方もない気持ちになる。
中高生の時に歴史を学んでいていも、どのくらい前に起きた事なのかというのは実感できなかったけれど、自分自身が40歳になろうという時に読むと、本当に、ほんの少し前の出来事なのだなぁという気になる。
太平洋戦争もそうだけれど、たくさんの若者が、未来の日本のためにと亡くなっていって、その犠牲を礎にして今の私たちがいるということを、普段の私たち、少なくとも私はほとんど意識せずに過ごしている。亡くなっていった人たちの事を思うと複雑な気持ちになる。時折歴史を振り返ると本当に凄まじい事ばかりで、感謝だったり、尊敬だったり、自分は後世の人たちのために少しでも何か出来ているだろうか、というか普段はそんな事全然考えられておらず、自分の身の回りの小さなことばかり考えているなぁなど、改めて視野が広がるというか、気づかされる気持ちになる。
きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記」を読んだ時にも同じようなことを思ったけれど、久しぶりにそんな気持ちになった。

そんなことを考えながら過ごしていると、「TUDER TRAVELLINGWITHIOUT MOVING」という野村訓一さんのラジオでは、海外に行く中で感じる円安が進んでいる状況、海外では物価上昇と共に賃金も上がっているが、日本では賃金がなかなか上がらないという話、日本は今後どうなのだろうかという話から、明治維新の廃藩置県の話などを引き合いに、今こそ抜本的な改革が必要な時期なのではないか?47都道府県もあってチマチマやっている時代ではないのでは?という話なんかが挙がっていて、なんだかリンクするなぁと思ったりした。

ウクライナやロシア、ガザのことも、よくわかっていないので、もっと知りたい。

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