沢山の感情を味わおう

親はいつから親になるのだろう。
命はどこから来るのだろう。
親とはどのような存在なのか、
子供とはどのような存在なのか。
親とはどうあるべきなのか、
子とはどうあるべきなのか。
親としてどう在りたいのか、
混沌とした世界でおやこのみちを考える親子道を提唱しています。

はじめましての方もふたたびの方も
お立ち寄りいただきありがとうございます♪

新しい年になりました。嬉しい人もそうでない人もいると思います。それでも一日一日と過ぎていき、三ヶ日が終わります。明日から仕事初めという方もいらっしゃることでしょう。

初詣…。氏神様へのご挨拶に行かれましたでしょうか?
私は、年の瀬に一年間の感謝をお伝えに、年の瀬詣をしてきました。
古事記や日本書紀を読み解くと、神社に祀らている神様は、私達日本人の遠い遠い遠い古い古い古いご先祖様だとわかります。
すなわち、神社にお参りをするということは、ご先祖様にお参りに行くことと同じだということが言えると思うのです。
天皇家がその事を証明するかのように存在していますよね。万世一系の家系。世界で一番古くからある家系。神話の時代から現在まで繋がっている…。

日本は八百万の神が住まう国として2600年以上の歴史が語り継がれています。ありとあらゆるものに神が宿り、その神々を大切に生活の中に馴染ませて今に続いて来ています。
日本には自然に生かされているという考え方があります。
私達人間も自然の一部であり、稲も、犬も、カエルも、小鳥も、皆同じ。自然に生かされている仲間であると、共存共栄の関係を大切にしてきた歴史があると聞き学びました。

母は私に言いました。
子供は授かりもので、大人になるまで神様から育てることを許されて預かった命だと思っている。そのことを心に留めて子育てをしてきたつもりだと。
確かに。子供は授かりものかもしれません。何かを許されて授かったのかもしれません。だって、どんなに望んでも、授からないときは授からない。どんなに望まなくても、授かるときには授かってしまう。
そこに人の意思は関係ない…。とさえ感じてしまうこと。沢山聞くと思うのです。

与えられた命。生きていることは今を生きることを自然の神様に許されているということ。楽しくても辛くても嬉しくても悲しくても関係ない。
生きることを、今日を、今を、感じることを許されている…。

人間の致死率は100%。どんなに生きたくても、どんなに死にたくても自分では決められない。決めているようでも実は、全てが自然の神様の采配の上…。だと思うのです。
おそらく決められたときがこれば、何をしたって結果は同じことになるのだと思うのです。右に行っても左に行っても同じことに。

終わりがいつ来るのかは誰にもわからないこと。だからこそ今日をいっぱい感じて、味わってみることも悪くないと思うのです。どんなことにどう感じるのか…。嬉しい。悲しい。哀しい。楽しい。愉しい。悔しい。愉快。嫉妬。憧れ。尊敬。人間だからこそ感じる感覚を、精一杯感じることそれこそが生きることなのではないかと思うのです。
どんな感情もあなたにとって、私にとって、どれも大切な感情であることは間違いありません。いっぱい感じましょう。感情を味わいましょう。立場が違えば感じることも変わっていきます。
だからこそ

そのために、子供としての立場、親としての立場、孫としての立場、祖父母としての立場、様々な立場が用意されているように思います。

最後までお読みいただきましたことを感謝申し上げます。ここまでお読みいただいた皆様に幸あれ…。充実した1年が送れますように…。願っています。

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