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カップケーキちゃん地球をすくう

 当たりまえに続くと思っていた毎日は、当たりまえに壊れてゆくものです。マルガメの古墳からいきなり現れた「イノクマ」がひきいる臭いマスク軍団は、人々に恐怖と混乱をもたらしました。
  ウゥゥゥゥー!
「今夜も空襲警報か。ちかごろ攻撃が激しくなってきやがった。このパン工場はビクともしないがな。」
  Gカップちゃんがメンソールたばこを胸の間にはさみました。するとばらばらと何かが屋根に落ちてくる音がして、すぐに嵐のなかにいるように激しさを増しました。
「今日はワサンボン爆弾が多いな。良いビートを刻みやがる。Singin' in the Rainだぜ」
 降り止まない爆弾のせいで地面がふるえ、たばこが小刻みに揺れました。
「もうガマン出来ない!」
 カップケーキちゃんがフォークを持って勢いよく立ち上がります。
「どうした?」
 Gカップちゃんの胸の先がピクリとしました。
「戦わなきゃ!レベルも上がってきたしみんなを救いたい!愛するもののために」
「運命に逆らうのはシェークスピアだけにしときな。デンプシーヌマにはかなわねぇ。その細腕じゃ、マスク軍団のマスクすらはがせやしない」
「運命とか神とか、あきらめる言い訳にしたいだけじゃないか。正しいことをしなきゃ!」
 「強く生きよと母の声、死ねと教えし父の顔。何のあてなき人生なり、死に場所探して生きるもよし…ってか。それも良いかもな」
 そのときです! ホコリが滝のように降ってきたかと思うと、天井がバリバリと崩れ、二人は逃げ出すヒマもなくたてものの下敷きに……


『GAME OVER』という文字がテレビ画面でついたり消えたりしています。
「何だよつまらないゲームだなぁ。変な歌が流れてるし」
  ハヤトくんが怒って言いました。
「それは讃美歌って言うんだよ。とっても大切なものを思い出すための歌なんだよ。つまらないって、ハヤトが欲しがったから誕生日に買って上げたんじゃないか」
 ハヤトくんのパパが、なだめるように言いました。
「違うよ!ボクが頼んだのは『地球防衛軍』だよ! 地球しかタイトルが合ってないじゃないか!」
  ハヤトパパは指をパチン!と鳴らしました。
「そうだったんだ。ごめんねぇ。じゃあそのゲーム買ってこようか?」
「いいよもう、野球しに行くから」
 出かけるハヤトくんの背中を、ハヤトくんのパパは誇らしいような、寂しいような顔をして見送りました。


  ハヤトくんはそのうちに、そんなゲームがあったことすら忘れてしまいました。友だちと一緒に野球するのがとても楽しかったのです。
 ある秋の日でした。空はとても高く、ピッチャーの投げるボールを見ながら打つ順番を待っているハヤトくんを優しく風がなでました。
「おいハヤト! お母さんから連絡があったから病院へ行きなさい」
 監督がハヤトくんに向かって大声で呼びかけてきました。
 やっと自分の番になったところだったので一度はバッターボックスに立とうとしたハヤトくんでしたが、しぶしぶ病院へ向かうことにしました。
 ハヤトくんのパパはこの3ヶ月ほど入院していました。けれどハヤトくんがお見舞いに行くとパパは元気そうに指を鳴らして迎えてくれるので、どうして病院にずっといるのか、ハヤトくんにはわかりませんでした。
その日もハヤトくんが行くと、パパはゆっくりと微笑んで、手を弱々しくあげました。パチン! ハヤトくんが指を鳴らしました。
「ほら、パパがいつも鳴らすから、ボクも出来るようになったんだよ」
 ハヤトくんがそう言うと、パパは嬉しそうに頬をゆるめました。
「だから早く家に一緒に帰ろう? ね? もう帰ってもいいんでしょ?」
パパは口をほんの少しだけ開けて何か言おうとしました。そして笑ったような顔をしたまま、首を横に振りました。後ろにいたハヤトくんのママが、慌てて病室を出る音がしました。
 
 それから何日かして、ママからパパが死んだとハヤトくんは聞きました。木の箱に横たわる真っ白なパパの顔を見ても、ハヤトくんにはそのうち当たりまえにパパが自分の前に立つような気がしてしょうがありませんでした。
冬が来て、春を迎え、夏休みが終わり、夕方に吹く風が半袖半ズボンのハヤトくんには寒く吹き始めたころのことです。学校からの帰り道、ハヤトくんが友だちと別れぎわにパチン!と指を鳴らした、そのときでした。

主よ、みもとに 近づかん
登る道は 十字架に
ありとも など 悲しむべき
主よ、みもとに 近づかん……

パパが教えてくれた、あのゲームの讃美歌、という音楽がハヤトくんの頭の中に流れました。相変わらず何を歌っているのか分かりませんでしたが、なんだか居たたまれない気持ちになって、ハヤトくんは駆け出しました。
「きっとパパは、地球を救うために戦って死んだんだ。そしてボクが、その戦いの続きをしなきゃいけないんだ」
ハヤトくんが見上げた秋の空はにじんで見えたけれど、その高さと青さは気持ちよいものでした。変わらずに。

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