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ひたひた

 むかしむかし、まだたくさんのお殿さまがいたころのお話。ある村にカズ坊という子どもがいました。いたずらが大好きで、よく両親からしかられていました。この日も、カズ坊は近くの子どもを落とし穴に落として、カンカンになったおっ母から逃げ出し、道ばたにぼんやりとすわっているのでした。落ちこむことなく、カズ坊はいろいろないたずらを頭にえがいてウキウキしていました。
 ひたひた、ひたひた。何かが近づいてきます。まわりを見ても誰もいません。すると、ソレがいきなり目の前にあらわれて、口を大きく開いて舌をベロベロとしたものですから、カズ坊はおどろいて後ろに飛んで尻もちをつきました。ソレはベゴ牛くらいの大きさでしたが、ちゃんと二本の足で立っていて、目も鼻も口も大きいマンマルで、いちばんびっくりしたのは肌の色が桃色で、うっすらと後ろがすけて見えていたのです。
 「お、お前、もしかしてユーレイってやつなのか? ユーレイなんて怖くないぞ」
 そう言いながらカズ坊のひざはふるえています。ソレは何だかうれしそうに踊りはじめました。カズ坊は腹がたってきて石っころでも投げつけてやろうとしたときでした。
 「庄屋さんのところへみんな急げ! 」
 大声をあげながら村人が走っていったのです。気がつくともうソレはいませんでした。とにかく庄屋さんの家へ行こう、カズ坊はかけだしました。
 庄屋さんの家にはたくさんの村人たちが集まっていました。カズ坊が村人たちをかきわけるように庭へ進んでいくと、その真ん中に庄屋さんともう一人、きれいな羽織袴を着ている身分の高そうなお侍が立っています。きれいな、と言いましたがお侍さんの袴のひざから下が泥だらけになってよごれていました。
 「誰が落とし穴なんか掘ったのじゃ! 」
 お侍が顔を真っ赤にしてどなっています。カズ坊はハッとしました。もしかして……。
 「お殿さまがお怒りなさるのも無理はありませんが、おそらく村の子どもがしたこと。どうかお許しを……」
 「子どもだろうが許せぬ! もし見つからねば庄屋、お前が身代わりになるか? 」
 庄屋さんの顔が真っ青になりました。お殿さまの顔を初めてみたカズ坊でしたが、罪をおった人を見つけると、あることをするのは知っていました。それは二つのお椀に入ったお茶をもってきて、どちらかを飲めと言います。どちらかには毒が入っている、助かったら許すというものでした。しかし両方のお茶に毒が入っているらしいのです。
 「茶をもて! 二つだぞ! 」
 お殿さまはどこか楽しげに言いつけました。
 「なに、毒の入っていないほうを飲めばよいだけではないか」
 家来はすぐに庄屋さんの前に二つの茶碗を置きました。庄屋さんの顔はもう真っ白になって顔から汗が滝のように流れています。
 「やったのはオラだ! 」
 夢中になってカズ坊は叫んでいました。誰だ? お殿さまがあたりを見回すまでもなく、カズ坊の前にいた村人たちがよけて、カズ坊はお殿さまと向き合っていました。引っ立てい! お殿さまが家来に命令すると、家来は怖くて歩けないカズ坊を引きずるようにして庄屋さんの横に座らせました。
 「お前が飲めないなら余がじきじきに手助けしてやってもよいのじゃぞ? 」
 お殿さまがゆっくりと近づきます。ええい! とカズ坊が茶碗を持ったそのとき、ひたひた、ひたひた、とカズ坊に近づいてくる音がしました。そうです、さっきの桃色のソレが茶碗を持つと、お茶を飲み込んでしまったのです。そしてカズ坊に茶碗を持たせました。
 今度はお殿さまがびっくりする番でした。両方に毒が入っているはずなのに、ピンピンしているではないか。こぼしたのかと地面やカズ坊の服を確かめましたがまったく濡れていません。どうやら村人たちにもお殿さまにも、ソレは見えていないようでした。
 「うぅむ、奇妙なこともあるものじゃ。天は二心を許さず、じゃの。わしも心を改めたほうがよさそうじゃ……。いや、この子は運がいい! あっぱれ! あっはっは」
 はじめはくやしそうなお殿さまでしたが、空を見上げて高笑いをしながら去っていきました。ソレはまだカズ坊のそばに立って大きい目をカズ坊に向けていた……と思うと目玉がクルクルと動いてばたり、たおれました。
 「おい、お前、どうしてかわりに毒なんて飲んだんだ、死んじゃうんだぞ! 」
 カズ坊は泣き出してしまいました。
 ひたひた、ひたひた。あおむけになったソレの口からその音が聞こえてきました。足音ではなく、ソレの笑い声だったのです。カズ坊が怒り出したのを見て、ソレは大きな口をもっと大きくして、笑いました。もういたずらはやめよう、カズ坊は心にちかうのでした。


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