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クマの妻、第4話「絵本と猫」(209文字編)と(640文字編)


夫が死んで数年が経つ。
今朝、遺品は見つかった。物置に三冊あった。
それは彼の母と前妻と娘にあてた絵本だった。表には「クマの妻」なるタイトルと熊の姿をした私が描かれていた。絵本は開かなかった。
「にゃお」
夫がかわいがった猫が、私をよぶ。私は大きく成長した猫を、両手にさげて、物置の裏まで連れて行った。
「にゃお」
猫がまた、鳴く。
彼が眠るりんごの木の根元でしゃがむと、
「にゃお」と猫は一段、高く鳴いた。
猫をおろして三つの絵本を埋めた。



夫が死んで数年が経つ。屋根裏から遺品は見つかった。
ある晩、猫が咥えてきたそれは、死んだ夫が生前に書いた絵本だった。裏に「愛猫へ」と記してある。猫にあてた遺品だ。私はそれを読むのは控えた。

猫は荒れ狂いはじめた。
「みゃあああ」
猫は夜毎に、乱暴で凶暴な猫になった。しつけはすっかり忘れ、所構わずに排泄をした。鳥や小動物や隣の家の金魚を殺生した。私にむかって牙を剥き、配達人や通行人に襲いかかった。猫は、夫が最も嫌がる猫に変わった。

ある晩、みゃあみゃあとあばれる猫を両手にさげて、物置の裏へと連れて行った。そこには夫の墓があった。猫はりんごの木の根元を睨(にら)む。
「にゃおおおお」
私の胸の中で猫は狂ったようにあばれて鳴く。
「にゃおおおお」
目の前に、死んだ夫が立っていた。
私は猫を抱いたまましゃがみ、夫の幽霊の前で猫に宛てた絵本をひらいて読み始めた。

「…猫は幽霊になった主人に会いたかった。だから悪い猫になった。しつけの良い猫だと主人は成仏してしまいます」
と、そこまで私が語ると猫は一段と高く、悲しそうに鳴いた。
「ありがとう早苗。これで僕は成仏ができるよ」

そう言って夫は、りんごの木の根元から消えた。
夫はなぜ、私に猫を遺して猫に遺品を残したのか。一度だけ、考えたことがある。がいまは生活が忙しい。今日で私は四十五になる。みゃあ。
猫が鳴いた。みゃあ。
「え? なに?」
私は、猫が見つめるほうをふりむく。

早苗、誕生日おめでとう。

あ、そうだった。今日は猫の爪切りの日だ。

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