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私は神木だ。千日の瑠璃(丸山健二)上・P16 / 0014

私は神木だ。
誰もが知っているのに正式な名称をあまり知られていない神社、そこに亭々として立つ神木だ。神の尊厳を汚し、神の高慢の鼻を挫く不吉な風が吹いてきたと思ったら、案の定、私が最も恐れている人間、正邪の区別を知らない少年、得手勝手に過ぎる世一が、またもや闇の底から現われた。彼は、狛犬や鳥居や大刈り込みや石灯籠に遠慮会釈なく病める肉体をぶつけながら、立ちこめる瑞気のなかを泳ぐようにして近づいてきた。そしていつも通り、私に何か宿っているかを人々に示すための太いしめ縄を力任せにぐいと引っ張って安全を確かめ、蝙蝠(こうもり)のように逆さにぶら下がり、けらけらと笑った。
ついで世一は、あの破廉恥な道具をおもむろに取り出した。荘厳なあまびこ神社の杉を代表する私ほどの巨木になると、手回しドリルで穴をあけられたくらいで枯れはしなかったが、木を超越した気であることを自他共に認めている者としては、そうした仕打ちは我慢ならなかった。生まれながらにして掣肘(せいちゅう)を加えられており、法に照らしても処分の対象にならない相手とはいえ、許せるものではなかった。あけた穴に唾を吐き、そのうえ小便まで注ぎ込こむのだから。
今夜遂に私は、もっと酷い目に遭うだろうという詛(のろい)の言葉を浴びせた。だがそのときはもう、誰もが知っているのに名前をほとんど知られていない少年は立ち去った。

(10・14・金)

千日の瑠璃(丸山健二)上・P16


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